感情挟まぬ科学的取材 推理小説のように展=増島 みどり評
「スポ-ツライタ-になりたいのですが」「どうしたらスポ-ツノンフィクションを書けますか」こんな問い合わせをよくもらう。私は、スポ-ツ新聞の「運動記者」だったが、独立すると「スポ-ツライタ-」とカタカナで呼ばれた。書いているのはずっと換わらない「スポ-ツ記事」だが、これもいつの間にか「スポ-ツノンフィクション」と呼ばれるようになった。カタカナには洒落た感覚や都会て的な響きは漂う。しかし、やっていることはずっと変わらない。雑然としたスポ-ツの現場で悪天候の中も立ち尽くし、泥と汗にまみれた選手と握手したり抱き合ったり、「万が一」は日常茶飯事で、1日取材してもコメントも収穫もなし。感動する時間もなく、駅で、車中でパソコンを開けて原稿を打つ、そんな日々の繰り返しである。そういう仕事を、若者の「憧れの職業」に変えてくれたのが、スポ-ツメ-カ-「ミズノ」による「ミズノスポ-ツライタ-賞」ではないかと思う。今年で19回目となるそうだ。以前紹介した「デッドマ-ル・クラマ- 日本サッカ-改革論」(中条一雄著、ベ-スボ-ルマガジン社)も優秀賞を受賞した。際優秀賞は「ケニア!彼らはなぜ速いのか」。中鉢信一氏は朝日新聞ロンドン支局駐在中に、陸上競技中長距離で五輪メダル、世界記録の樹立と圧倒的な強さを誇るケニアランナ-に興味を抱き、大学教授の論文、科学的な仮説を手がかりに未知の分野に踏み込んでゆく。まるで、「推理小説」のようなスリリングさと組み立てか゛特色の作品だ。焦点は、9回の五輪で54個のメダルを獲得した「カレンジン族」の速さに当てられる。水分補給が少ないことや、遺伝、高地生活などについて感情を挟まない徹底し「科学的取材」でアプロ-チを試みた点に、従来のスポ-ツものと違った輝きがある。しかし、この読み物をあえて「推理小説」と捉え、結論=結末はここに書かずにおく。
ケニア! 彼らはなぜ速いのか |
これと対照的に、人々の温度が伝わる「人物取材」を積み重ねた優秀賞が、「吉田沙保里 119連勝の方程式」である。昨年、北京五輪でメダルを獲得した選手の多くが、今年を休養にあてる中、女子レスリングの金メダリスト、吉田1人が「ロンドンで金」を明言し、早くも三連覇への街道を歩き出している。本書の題名は当初「不敗の方程式」だったがくしくも2008年1月19日、119連勝で止まったことで「119連勝の方程式」に変更された。予期せぬ敗戦に、筆者は大幅な書き換えを余儀なくされたのではないかと想像する。しかし、どんな困難にも立ち上がろうとする姿に並走しながら、選手を見ることもまた、スポ-ツを描く醍醐味のはずだ。スポ-ツの読み物に特化される賞の価値は大きい。同時にこれは書き手を評する「スポ-ツライタ-賞」であり、取材力こそ問われるものだと、「スポ-ツライタ-」として気持ちを新たに-。(スポ-ツジャ-ナリスト)
吉田沙保里―119連勝の方程式 価格:¥ 1,470(税込) 発売日:2008-07 |
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