秘書にゃんこの夏の旅も最終日。
帰京する前に、愛知県 犬山市にある「明治村」に立ち寄りました。
江戸時代の優れた伝統を継承しつつ、欧米の文化を取り入れた明治という時代。
それは建築の世界にも言えることで、歴史的、文化的に価値ある建物が生まれた明治。
それぞれの場所で存在し続けることが出来れば何よりでしょうが、
時代の流れと共に保存が困難となり、姿を消して行った建物も数多くあります。
そんな中、この明治村に移築されて、第二の人生を穏やかに過ごす建物たち。
時間の関係で広大な敷地を回ることが出来ず、旧 帝国ホテルだけを訪ねてきました。
今日も気温が上がりそうな朝、名古屋テレビ塔に見送られて出発
旧 帝国ホテルの中央玄関部
アメリカのフランク・ロイド・ライトの設計から、「ライト館」と呼ばれています。
大正12年(1923年)開業披露宴が催される9月1日に関東大震災が発生。
しかし大きな損傷も無く、震災に耐えた建物として世界的な評価を得ます。
被災者に客室を、各国大使館やメディアにスペースを提供するという幕開け。
玄関部分のみとはいえ明治村最大の建物は、平等院鳳凰堂の影響を受けたとか。
写真の左上に、鉄橋を渡る SL がご覧になれますか?
吹き抜けのあるメインロビー
当時の日本人にとっては、想像を超えた空間だったことでしょう。
婦人用休憩室
六角形の背もたれが特徴的な椅子
ライトは建物だけでなく、インテリアや食器のデザインも手がけていました。
貴婦人たちはここに座り、どんな話に花を咲かせていたのでしょう。
かつて、実際に走っていた蒸気機関車
村内の とうきやう(東京) ⇔ なごや(名古屋) を走ります。
三等客車
本当に網で出来ている網棚
明治時代後期に製造された京都市電
こちらも本物の革製の吊り革
余韻に浸りつつ後日訪れた、現在の帝国ホテル(東京都 千代田区)
気品と風格が漂うメインロビーに、ライトの面影を探してみました。
(こちらの画像は、帝国ホテルの HP より拝借しました)
エントランスのガラスに装飾された市松模様に見つけたライトの名残り。
そういえば、いつぞや利用したこちらの Bar にもライト館の趣が。。
猛暑の中、暑くて熱い旅を満喫して、秘書にゃんこは日常へと戻って参りました。
心残りは、新幹線で往復とも 側のお席でしたのに に覆われていたこと。
でも旅って、何か小さな課題を残した方が、次への楽しみにつながりますよね
お読みくださいまして、ありがとうございます
帰京する前に、愛知県 犬山市にある「明治村」に立ち寄りました。
江戸時代の優れた伝統を継承しつつ、欧米の文化を取り入れた明治という時代。
それは建築の世界にも言えることで、歴史的、文化的に価値ある建物が生まれた明治。
それぞれの場所で存在し続けることが出来れば何よりでしょうが、
時代の流れと共に保存が困難となり、姿を消して行った建物も数多くあります。
そんな中、この明治村に移築されて、第二の人生を穏やかに過ごす建物たち。
時間の関係で広大な敷地を回ることが出来ず、旧 帝国ホテルだけを訪ねてきました。
今日も気温が上がりそうな朝、名古屋テレビ塔に見送られて出発
旧 帝国ホテルの中央玄関部
アメリカのフランク・ロイド・ライトの設計から、「ライト館」と呼ばれています。
大正12年(1923年)開業披露宴が催される9月1日に関東大震災が発生。
しかし大きな損傷も無く、震災に耐えた建物として世界的な評価を得ます。
被災者に客室を、各国大使館やメディアにスペースを提供するという幕開け。
玄関部分のみとはいえ明治村最大の建物は、平等院鳳凰堂の影響を受けたとか。
写真の左上に、鉄橋を渡る SL がご覧になれますか?
吹き抜けのあるメインロビー
当時の日本人にとっては、想像を超えた空間だったことでしょう。
婦人用休憩室
六角形の背もたれが特徴的な椅子
ライトは建物だけでなく、インテリアや食器のデザインも手がけていました。
貴婦人たちはここに座り、どんな話に花を咲かせていたのでしょう。
かつて、実際に走っていた蒸気機関車
村内の とうきやう(東京) ⇔ なごや(名古屋) を走ります。
三等客車
本当に網で出来ている網棚
明治時代後期に製造された京都市電
こちらも本物の革製の吊り革
余韻に浸りつつ後日訪れた、現在の帝国ホテル(東京都 千代田区)
気品と風格が漂うメインロビーに、ライトの面影を探してみました。
(こちらの画像は、帝国ホテルの HP より拝借しました)
エントランスのガラスに装飾された市松模様に見つけたライトの名残り。
そういえば、いつぞや利用したこちらの Bar にもライト館の趣が。。
猛暑の中、暑くて熱い旅を満喫して、秘書にゃんこは日常へと戻って参りました。
心残りは、新幹線で往復とも 側のお席でしたのに に覆われていたこと。
でも旅って、何か小さな課題を残した方が、次への楽しみにつながりますよね
お読みくださいまして、ありがとうございます
私も大好きです。
何度か行ってますが、帝国ホテルの移築したものやっぱりいいですね。
明治時代の建築物は、洋館も少し和のテイストもあったりして大好きです。
お金があれば戦前の洋館のようなおうちを建てたいところです。
友達は、夏目漱石旧居がよかったと言ってました。
東京の帝国ホテルは行ったことないのですが、やっぱりライト建築の面影を少し残しているのですね。
私、ホテルのレストランで給仕された時にいつも「どうもありがとう」と言うのですが。←言わんでいいらしいですね。
以前同行者さんに指摘されたことが!「そんなの東京の帝国ホテルで言ったらおかしいよ」と。
その方、海外でも東京でも仕事でよく利用されてるらしいのですが。
ありゃりゃあですね。
えへへ!
>私も大好きです。
hirorin さんなら、きっと行ってらっしゃると思っていました。
>明治時代の建築物は、洋館も少し和のテイストもあったりして大好きです。
オリンピックのエンブレムにもなった市松模様を、ライト館の幾何学模様の中に発見しました。
>友達は、夏目漱石旧居がよかったと言ってました。
千駄木にある旧居「跡」に行った際に、「跡」だけでなく旧居も見たいと思っていました。
漱石と鴎外が時期は違えど同じ家に住んでいたなんて萌えます
>東京の帝国ホテルは行ったことないのですが、やっぱりライト建築の面影を少し残しているのですね。
移築の際に大谷石を掘ったモニュメントのような彫刻が飾ってありました。
>私、ホテルのレストランで給仕された時にいつも「どうもありがとう」と言うのですが。←言わんでいいらしいですね。
私も必ず言います
>そんなの東京の帝国ホテルで言ったらおかしいよ」と。
私が帝国ホテルのスタッフだったら嬉しいと思いますけどね。
お金を払っていても、感謝の気持ちが自然と言葉や動作に出るのって、とっても素敵です
暑い日が続く中でのご旅行、大変だったことでしょう。
最後に新幹線について触れられてますが
昔の新幹線って楽しく移動できたと思うのです。
食堂車やビュッフェ、、子供だった自分はワクワクしました。今も思い出の中の旅の1ページとして残っています。
合理化と共に時は金なりと言わんばかりのスピード競争。。
もう一度、国鉄時代の長所を見つめてほしいって気もするわけですよ。。(^_^;)
>昔の新幹線って楽しく移動できたと思うのです。
私が初めて新幹線に乗ったのは修学旅行でしたが、ワクワクしたのを覚えています
それ以来、仕事や旅行で利用しましたが、このたび久しぶりに乗って、もはや通勤列車という印象を持ちました。
車内販売を待っているのも、富士山が見えないかと窓に顔をくっつけているのも、どうやら私だけ??
ネットなど無い昔、仕事柄、国鉄の時刻表を調べるのが、これでも結構上手だったんですよ
ブログをご覧くださいまして、ありがとうございます。
暑い暑い夏の日でしたが、建物の中のひんやりとした重厚な雰囲気を思い出します。
東京の帝国ホテルでは、今頃きっとクリスマスのムードに包まれていることでしょう