実名と現住所のほとんどを晒しているバカチンゆえ、あまり詳しく記すと誰のことなのか一部のひとには分かってしまうだろう、
だからモヤモヤした感じ? で書いてみるが、同じ棟に住むひとに、いわゆるヤンママが居る。
最初は「ヤンキー」と「ママ」を合わせた造語だったはずだが、今では単に「ヤング」な「ママ」という程度の意味合いなんだね。
ただそれでは対象範囲が「あまりにも」広過ぎるので、ここでは「ヤンキーママ」の意味で使用したい。
ともかくそのヤンママは、あまり家に居ない。
階段を上り下りするだけで、きょうは在宅か否かを一瞬で判断出来る。
・・・って、いや、まぁ確かに美人だが、べつにストーキングをやっているわけじゃない、「香り」で分かるのである。
そのくらいの芳香。
いや批判じゃない、この匂い、個人的に好みだから。
いってしまうが、自転車担いで階段を上る最中にこの匂いを確認出来ると、それだけで勃起してしまう。
繰り返しいうが、ヘンタイであることは認めるものの、ストーキングしてないからね。
しかしきょうのテーマは、そんなPerfumeではなく、Sound―音声のほう。
このヤンママ、なかなか豪快なひと、、、というか、生活音などがどのくらい周囲に響くのかとか、あまり気にしないようで。
階段、ドタバタ!
ドア、バシーン!!
食器を落として、ガラガラガッシャーン!!!
・・・いや、って、さっきから否定ばかりしているが、これまた批判ではない。
不思議なことだが、ちっとも不快ではないのである。
もっといえば、なんだか微笑ましいのである。
同世代の男子であったとして、同じような印象を持てるかどうかは疑問である、
じゃあ結局は顔なのか・・・と問われたとしてもすぐには答えられないが、無神経も一線を超えれば可愛く捉えられるものなのかもな、、、などと思ったり。
なにがいいたいかというと、いろいろ気にし過ぎる自分は見習うべきなんじゃないかと。
団地で単身のオッチャンというのは珍しく、それだけで浮いた存在であるため、少なくとも団地内では「可能なかぎり目立たないよう」過ごしてきた、、、つもりである。
ライフワークと化した? AV鑑賞も周囲への悪影響を考え「かなり」小さめのボリュームで流していた。
・・・のだが、
ヤンママによる豪快な生活音の数々が、
五感で楽しんでこそのAVなのに、それで満足なのかオメーは? というツッコミのように聞こえてきた。
ゼッタイに「ちげーよ!」ということばが返ってくるだろうが、自分はそのように解釈する。
というわけで。
昨日、そこそこの音量でAVを鑑賞してみた。
途端に玄関を叩く音がして抗議かと身構えたが、新聞屋さんの集金だった。
きっかり釣り銭なしで用意しているのに、パンツを上げて、ズボン穿いて、ナニをナニしていた手を洗ってからドアを開ける―これに要する時間、さらに音も漏れているわけでね、自慰してますよといっているようなものだから、けっこう恥ずかしかった。
ヤンママさんよ、あなたのように生きるには、まだまだ時間がかかりそうですわ。
ところで先日―自転車駐車場前で愛車を磨いていると、ヤンママとその友達ヤンキー女子が子ども連れでジベタに座り、コンビニ弁当を食べ始めた。
こんなに寒いのにジャージひとつでジベタっていうのが、いかにもヤンキーで面白い。
弁当を食べ終えた子ども(5歳くらいの男の子)が飽きたのだろう、自分に興味を示して近寄ってくる。
「ガム食べる?」と聞くと、コクンと頷く。
それで1枚あげたのだが、それを見ていたヤンママさん、
「どうも、サンキュー♪」
ぜんぜん親しくないのに、この馴れ馴れしさ。
思わず笑ってしまったが、味方にしておいたほうがよさそうなので、仲良くすることにした。
※匂いつながりでPerfumeのナンバーから、そんな時期だものね『チョコレイト・ディスコ』のライブバージョンを。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『ふたりのり幻想』
だからモヤモヤした感じ? で書いてみるが、同じ棟に住むひとに、いわゆるヤンママが居る。
最初は「ヤンキー」と「ママ」を合わせた造語だったはずだが、今では単に「ヤング」な「ママ」という程度の意味合いなんだね。
ただそれでは対象範囲が「あまりにも」広過ぎるので、ここでは「ヤンキーママ」の意味で使用したい。
ともかくそのヤンママは、あまり家に居ない。
階段を上り下りするだけで、きょうは在宅か否かを一瞬で判断出来る。
・・・って、いや、まぁ確かに美人だが、べつにストーキングをやっているわけじゃない、「香り」で分かるのである。
そのくらいの芳香。
いや批判じゃない、この匂い、個人的に好みだから。
いってしまうが、自転車担いで階段を上る最中にこの匂いを確認出来ると、それだけで勃起してしまう。
繰り返しいうが、ヘンタイであることは認めるものの、ストーキングしてないからね。
しかしきょうのテーマは、そんなPerfumeではなく、Sound―音声のほう。
このヤンママ、なかなか豪快なひと、、、というか、生活音などがどのくらい周囲に響くのかとか、あまり気にしないようで。
階段、ドタバタ!
ドア、バシーン!!
食器を落として、ガラガラガッシャーン!!!
・・・いや、って、さっきから否定ばかりしているが、これまた批判ではない。
不思議なことだが、ちっとも不快ではないのである。
もっといえば、なんだか微笑ましいのである。
同世代の男子であったとして、同じような印象を持てるかどうかは疑問である、
じゃあ結局は顔なのか・・・と問われたとしてもすぐには答えられないが、無神経も一線を超えれば可愛く捉えられるものなのかもな、、、などと思ったり。
なにがいいたいかというと、いろいろ気にし過ぎる自分は見習うべきなんじゃないかと。
団地で単身のオッチャンというのは珍しく、それだけで浮いた存在であるため、少なくとも団地内では「可能なかぎり目立たないよう」過ごしてきた、、、つもりである。
ライフワークと化した? AV鑑賞も周囲への悪影響を考え「かなり」小さめのボリュームで流していた。
・・・のだが、
ヤンママによる豪快な生活音の数々が、
五感で楽しんでこそのAVなのに、それで満足なのかオメーは? というツッコミのように聞こえてきた。
ゼッタイに「ちげーよ!」ということばが返ってくるだろうが、自分はそのように解釈する。
というわけで。
昨日、そこそこの音量でAVを鑑賞してみた。
途端に玄関を叩く音がして抗議かと身構えたが、新聞屋さんの集金だった。
きっかり釣り銭なしで用意しているのに、パンツを上げて、ズボン穿いて、ナニをナニしていた手を洗ってからドアを開ける―これに要する時間、さらに音も漏れているわけでね、自慰してますよといっているようなものだから、けっこう恥ずかしかった。
ヤンママさんよ、あなたのように生きるには、まだまだ時間がかかりそうですわ。
ところで先日―自転車駐車場前で愛車を磨いていると、ヤンママとその友達ヤンキー女子が子ども連れでジベタに座り、コンビニ弁当を食べ始めた。
こんなに寒いのにジャージひとつでジベタっていうのが、いかにもヤンキーで面白い。
弁当を食べ終えた子ども(5歳くらいの男の子)が飽きたのだろう、自分に興味を示して近寄ってくる。
「ガム食べる?」と聞くと、コクンと頷く。
それで1枚あげたのだが、それを見ていたヤンママさん、
「どうも、サンキュー♪」
ぜんぜん親しくないのに、この馴れ馴れしさ。
思わず笑ってしまったが、味方にしておいたほうがよさそうなので、仲良くすることにした。
※匂いつながりでPerfumeのナンバーから、そんな時期だものね『チョコレイト・ディスコ』のライブバージョンを。
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明日のコラムは・・・
『ふたりのり幻想』