※※ ものすごいタイミングになってしまいましたが、脳内出血で倒れたみたいです。
復帰を、心待ちにしておりますです ※※
56年12月29日生まれ・現在56歳。
広島出身。
公式ブログ
「すごくイヤなひとでした」と、ぽつり。
伊丹十三の自死も、そうなってしまったと「される」理由も驚きましたが、
それ以上に驚いたのが、訃報を受けてコメントした桜金造(さくら・きんぞう)さんのことば。
最初、このひとならではのジョークかなぁ、、、と思ったけれど、じつはそうではないみたい。
よほどのことがなければ、こんなことはいわないはずで。
いや、よほどのことがあっても、フツーは口にチャックをするはずで。
それをいっちゃう大胆さが、金造さんにはあったということでしょう。
松尾スズキ曰く、「地味に過激なひと」。
あぁ、分かる分かる。
自分も大好きだった女優の安永亜衣と交際したり。
唐突に、都知事選に立候補したり。(結果は6位に終わる)
友達にするには面白いひとでしょうけれど、距離感を間違うと自分も喰われそう・・・みたいな怖さもあります―って、なんだか否定的なことばかり記しているようですが、嫌いじゃないですよ、ケツメイシの『さくら』のジャケットに登場(トップ画像)したりするところとか。
ただ俳優としては、その面白さを見抜いていた感のある伊丹さんが亡くなって以降、パッとしませんよね。
その代わりなぜか、怪談話の語り手として活躍するようになりました。
ちなみに「桜金造」と名づけたのは、優作なんだそうです。
※では折角だから? ケツメイシの名曲を。
このドラマ展開、イケてない映画小僧の夢よね。
再生回数の多さからいって、好きなひとけっこう居るのね。
<経歴>
バラエティ番組『ぎんざNOW!』(TBS)の企画「素人コメディアン道場」に出演したのがきっかけで、芸能界デビューを飾る。
そう当初は、俳優ではなく芸人志望だったのですね。
まぁ現在だって、俳優業一本というわけではありませんけれど。
自分が生まれた翌年の75年―アパッチけん(現、中本賢)などと「ザ・ハンダース」を結成し、変化球系? の笑いが受けて人気者となる。
自分が認識したのは俳優としての金造さんのほうが最初でしたから、元々は芸人さんだったことを知ったときは、驚きではなく、なぜか「あぁ、なるほど」と納得してしまいました苦笑
伊丹さんに発掘される以前より、俳優業にもチャレンジしていました―映画俳優デビュー作は、82年の『鬼龍院花子の生涯』―が、どうも印象に残らないというか、パッとしませんでした。
一部で神格化されている佳作『竜二』(83)を経た85年、伊丹映画のなかでも最高傑作とするひとの多い喜劇『タンポポ』で元ラーメン屋を好演、
つづく『マルサの女』(87)とその続編『マルサの女2』(88)で国税査察官を力演、俳優としてのオファーも多く入るようになりました・・・って、ここだけを切り取ると、とてもいい関係を築いていたように思えるのだけれどなぁ。。。
『極道渡世の素敵な面々』(88)、『君は僕をスキになる』(89)、高岡早紀の魅力が炸裂した『バタアシ金魚』(90)、『幕末純情伝』(91)、
93年には黒澤の『まあだだよ』にも出演し、80年代後半~90年代前半は、スクリーンで見かけることが多かった「映画」俳優だったのでした。
その他の作品に・・・
『怖がる人々』(94)、『一生、遊んで暮らしたい』(98)、『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98)、『のど自慢』(99)、最新作は佳作の『ポテチ』(2012)。
本人はあまり乗る気ではないのかもしれませんが、スクリーンで見かけないとなると、なんだかちょっと寂しくなります。
ああいう感じのお父さんだって居るし、警官だって居るし、部長だって居るはずですから、たまには映画に出てくださいね。
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本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『にっぽん男優列伝(183)佐々木蔵之介』
復帰を、心待ちにしておりますです ※※
56年12月29日生まれ・現在56歳。
広島出身。
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「すごくイヤなひとでした」と、ぽつり。
伊丹十三の自死も、そうなってしまったと「される」理由も驚きましたが、
それ以上に驚いたのが、訃報を受けてコメントした桜金造(さくら・きんぞう)さんのことば。
最初、このひとならではのジョークかなぁ、、、と思ったけれど、じつはそうではないみたい。
よほどのことがなければ、こんなことはいわないはずで。
いや、よほどのことがあっても、フツーは口にチャックをするはずで。
それをいっちゃう大胆さが、金造さんにはあったということでしょう。
松尾スズキ曰く、「地味に過激なひと」。
あぁ、分かる分かる。
自分も大好きだった女優の安永亜衣と交際したり。
唐突に、都知事選に立候補したり。(結果は6位に終わる)
友達にするには面白いひとでしょうけれど、距離感を間違うと自分も喰われそう・・・みたいな怖さもあります―って、なんだか否定的なことばかり記しているようですが、嫌いじゃないですよ、ケツメイシの『さくら』のジャケットに登場(トップ画像)したりするところとか。
ただ俳優としては、その面白さを見抜いていた感のある伊丹さんが亡くなって以降、パッとしませんよね。
その代わりなぜか、怪談話の語り手として活躍するようになりました。
ちなみに「桜金造」と名づけたのは、優作なんだそうです。
※では折角だから? ケツメイシの名曲を。
このドラマ展開、イケてない映画小僧の夢よね。
再生回数の多さからいって、好きなひとけっこう居るのね。
<経歴>
バラエティ番組『ぎんざNOW!』(TBS)の企画「素人コメディアン道場」に出演したのがきっかけで、芸能界デビューを飾る。
そう当初は、俳優ではなく芸人志望だったのですね。
まぁ現在だって、俳優業一本というわけではありませんけれど。
自分が生まれた翌年の75年―アパッチけん(現、中本賢)などと「ザ・ハンダース」を結成し、変化球系? の笑いが受けて人気者となる。
自分が認識したのは俳優としての金造さんのほうが最初でしたから、元々は芸人さんだったことを知ったときは、驚きではなく、なぜか「あぁ、なるほど」と納得してしまいました苦笑
伊丹さんに発掘される以前より、俳優業にもチャレンジしていました―映画俳優デビュー作は、82年の『鬼龍院花子の生涯』―が、どうも印象に残らないというか、パッとしませんでした。
一部で神格化されている佳作『竜二』(83)を経た85年、伊丹映画のなかでも最高傑作とするひとの多い喜劇『タンポポ』で元ラーメン屋を好演、
つづく『マルサの女』(87)とその続編『マルサの女2』(88)で国税査察官を力演、俳優としてのオファーも多く入るようになりました・・・って、ここだけを切り取ると、とてもいい関係を築いていたように思えるのだけれどなぁ。。。
『極道渡世の素敵な面々』(88)、『君は僕をスキになる』(89)、高岡早紀の魅力が炸裂した『バタアシ金魚』(90)、『幕末純情伝』(91)、
93年には黒澤の『まあだだよ』にも出演し、80年代後半~90年代前半は、スクリーンで見かけることが多かった「映画」俳優だったのでした。
その他の作品に・・・
『怖がる人々』(94)、『一生、遊んで暮らしたい』(98)、『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98)、『のど自慢』(99)、最新作は佳作の『ポテチ』(2012)。
本人はあまり乗る気ではないのかもしれませんが、スクリーンで見かけないとなると、なんだかちょっと寂しくなります。
ああいう感じのお父さんだって居るし、警官だって居るし、部長だって居るはずですから、たまには映画に出てくださいね。
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『にっぽん男優列伝(183)佐々木蔵之介』