Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

同じものは、ゼッテー創れない

2013-08-14 01:00:00 | コラム
ヨソサマのブログにお邪魔していると、けっこうな頻度で、

「投稿フォームに文字を打ち込んでいるときに、なんらかのキーを押してしまい、あるいは押していないにも関わらず、本文がぜんぶ消えてしまった」

という内容に出くわす。

あぁ分かる分かる。
そういうことって、あるよね。

だから自分はメモ帳機能を開いてそこに下書きをし、全文コピーから投稿フォームにペーストするようにしている。
いちどコピーしておけば、消えるという「事故」が起こったとしても繰り返しペースト可能だからね。


さて。
毎日毎日、よく飽きずに長文をアップ出来るよねぇ―と、友人にいわれることがある。

そういやブログは(引越し以前を含めると)10年を越えていて、帰省しないかぎり「ほぼ日刊」で更新を続けているのだった。
基本的な内容は10年前と変わらないが、昔はもっと短かった。
脱線も、敢えての遠回りもせず、直球で映画愛を綴っていた。
少し格好つけているところもあって、自慰やキチガイなんていうことばは現在ほど、、、というか、一切使用していなかったのだよねー。

友人に「日課だよ、自慰と同じ」と返すと、

「文章は、書く前から出来上がっている?」と聞かれた。

「ある程度はね。起承転結くらいは。でも、シナリオほどじゃない。シナリオは書く前にいろんな準備をする必要があるけれど、コラムは、格好よくいえば直感を大事にしたいというか」
「モニターとにらめっこする感じ?」
「でもねぇ、これまた格好よくいっちゃうと、モニターと対峙した時点で、勝手に指が動く感じがある」
「へー! よっぽど、なんだねぇ」

どう「よっぽど」かは気になるが、まぁ実際そんな風にしてモノを書いている。

で、冒頭の話に戻る。
基本は「メモ帳で下書き」だが、酔っているときはそれを忘れて投稿フォームに直接入力することがある。

するときまって(酔っているから)なにかのキーを押してしまい、本文が消える。

きぃーーー! みたいな。


ある程度は頭のなかで出来上がっていた文章+直感があれば、消えてしまった文章と同じものが再現出来る?

否。

それはゼッタイに、否。

ここで天才の台詞を引用するのは気が引けるが、『アマデウス』(84)のなかでモーツァルトもいっているじゃない、

「完璧なものを再現することは出来ない」って。


内容は同じでも、たぶん、ことばのチョイスまで同じというわけにはいかない。
リズム感にも変化を生じさせてしまうだろうし、句読点もちがってくる。

ただ消えてしまった文章のほうが優れているとはかぎらず、
さらにいえば、それでも消えてしまった文章は「消えてしまった」わけであり、比較することは出来ないため、ほんとうの優劣はつけられなかったりする。

もっといえば、「消えてしまった」がゆえに完成度が高かった「ように思えて」しまい、
可能なかぎり再現した文章でも「消えてしまったもののほうが、きっとよかったにちがいない」なんて捉えてしまうのだった。

メンドクセーなお前、、、と思いつつ、
人生だけじゃないんだな、一期一会というものは・・・なんて、大きなことを考えてみちゃったりもする。

そういうことも含めて、モノを書くって面白い。

だからきっと、10年後も20年後も同じようにモノを書いているのだと思う。

現在より、もっとアケスケな文章になっているのだろうか。
一周して、清廉潔白なスタイルになっていたりして。

・・・いやいや、それはないだろうし、自分にとっては、そっちのほうがはるかに恥ずかしいことだから!!


※『アマデウス』、貴重な字幕つきの予告編。アップ主さん、どうもサンクス!!




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明日のコラムは・・・

『にっぽん男優列伝(199)高嶋政宏』

コメント (4)
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