Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

シネマしりとり「薀蓄篇」(49)

2013-08-23 01:00:00 | コラム
おーるないとじょうえ「い」→「い」ど(井戸)

井の中の蛙大海を知らず―深い、深いねぇ。

なんか一瞬、自分のことを指しているようで、ちがうわい! これから広い世界を見るんだい!! などと反発したくもなるけれど、ちょっと二の句が継げないことばではある。

井戸はありがたい存在であるはずなのに、その全体像をこの目ではっきりと捉えることが出来ないからか、よいイメージで映画に登場することは「あまり」ない―ような気がする。

暗くて。
ジメッとしていて。

だから底のほうには、なにかが潜んでいるのではないかと。

カエルだったらいいけれど、死体が捨てられていたらどうしよう・・・なんて。


群馬(前橋育英、優勝おめでとー!)の片田舎で少年期を過ごしたが、周囲に井戸はなく、つまり生活と密接に結びついているものではなかった。

39年間生きてきて、実際に井戸を見たのは3~4回か。(ところでラブホテルの多くは、経済的理由から井戸水を使用している。ゆえに、ふつうの水道と飲み水用、ふたつの蛇口がついているところが多いんだよね)


深い、深~~い井戸―地上から底のほうを眺めていると、なんとなく吸い込まれていきそうになる。

なるほど、確かにこれは怖い。
生活に必要な水を蓄えているのに、なんかちょっと不憫だなぁ。

カエルが?

じゃないよ、井戸がね、井戸が。

池井戸潤(=半沢直樹)は大人気だが、単なる井戸はデートスポットになり得ないのだもの。

・・・と思っていたら、「明治神宮御苑」の「清正の井戸」がパワースポットになっていたりして、ちょっと驚いた。

まぁでもそれは、特例中の特例だろう。


さて、映画と井戸である。
やっぱり不憫な扱われかたをされている。

日本映画の井戸といえば、ほとんどのひとが『リング』シリーズ(98~)の貞子ちゃんを挙げるだろう。

しかし正直いって、最初のころは怖かったが、いまではネタのひとつとされている。
それはそれで映画のキャラクターとしては「おおいに、あり」だが、ジェイソンやフレディのような神格化? までの道のりは、そーとー長くて過酷だと思われる。

どれだけ作品が壊れても構わないけれど、貞子の怖さは不変であってほしい。
しかし見せかたに凝り過ぎるあまり、怖さではなく「おかしさ」が生じ、笑ってしまうのだよねぇ。

映画小僧が薦めたいのは、87年の中国作品『古井戸』。

映画監督チャン・イーモウが「撮影監督」を兼任しながら(!)主演した傑作であり、
井戸掘りの最中に生き埋めになった若者の「ある決意」を描く。

ミニシアターブームに沸いた90年代―日本でそこそこのヒットを記録したのが、豪州産の『女と女と井戸の中』(97)。
男の死体を井戸に放り込んだヒロインは・・・という具合で、やっぱり暗い物語。

仏産の傑作『愛と宿命の泉』(86…エマニュエル・ベアールが、イキモノと思えぬほど美しい!!)の井戸も不幸を呼び寄せるし・・・

しかし、暗くて悲惨なばかりじゃない―ということで、最後に日本産のショートムービー『酒の井伝説/孝行息子と不思議な井戸』を紹介。

十数分の作品なので、本編そのものを貼りつけておこう。

というわけで、本稿は短めに締めくくってみる。


こういう作品だってあるのだ、負けるな? 井戸くん!!






あすのしりとりは・・・
い「ど」→「ど」りー。

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明日のコラムは・・・

『シネマしりとり「薀蓄篇」(50)』

コメント (4)
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