私は、何に困っているのか、
分からなくなってきた。
おはようございます。
仕事中、私のスマホが鳴る時は、大体は事件が起きた時だ。
昨日は、かずこさんのデイサービスの日、
かずこさんは、時々「帰りたい」とごねることがあるが、
最近では、デイサービスに生き甲斐を感じ始めていたのだけれど。
「はぁ~、はぁ~、あのすみません、はぁぁ~、ぜぇ~ぜぇ~」
なに?
変態からのホットライン?
「かずこさんが、はぁはぁ、脱走しちゃいました。ぜぇ~ぜぇ~」
「だだだだ、だっそぉー?」
静かな職場内で、私は思わず悲鳴に似た叫びをあげた。
その叫びをあげながら、同時にデスクの上を素早く片付け始める。
そこは、さすが私だ。初動が早い。
と同時に、弊社の社長が、
「いいよ、行ってきていいよ」
というボディーランゲージをしている。
さすが、社長だ。話が早い。
デイサービスセンターのスタッフとの電話を切った数分後、
社を飛び出そうとした時、再びスマホが鳴った。
「はぁ~はぁ~すみません、ぜぇ~ぜぇ~・・・。」
一瞬の沈黙。
走って探し回っていたせいで、息がもたないのだろうと、
私は黙って次の言葉を待つ。
長く感じる一瞬だった。
「かずこさん、見つかりました。はぁ~はぁ~。
近くの中学校のぉ、ぜぇ~ぜぇ~・・・
駐車場でぇ、はぁ~はぁ~・・・」
そこまで聞いて、私は今度は、号令に似た叫びをあげた。
「かくほー?!」
かずこさんは、無事見つかった。
どうして脱走したのかは、かずこさんにも分からない。
謎は闇の中だ。
でも、帰宅したかずこが、
「なんやしらん、今日は特別に疲れたわぁ」
とケロッと笑っているものだから、
かずこの脱走の謎が、朝靄に包まれたように爽やかに思えた。
やれやれだ。
父さんは
「あのババァは困ったもんだ。」
と呟く。
なにかにつけ、父はかずこのことを「困った」と言う。
だけど、私はそれに同意はしない。
乗らない、乗らないっと小さな声で囁いた。
そう、困ってはいないのだ。
ハッキリって、面白かった。
かずこを探せと脳内に書いたら、「ウォーリーを探せ」より壮大に感じて、
滅茶苦茶ワクワクしてしまった。
そりゃ、困ってしまうという感情も湧いたが、
その時私は、その一心では無い。
まるで、ゲーム感覚の私も同時に浮かび上がる。
デスクを片付けながら、あろうことか仕事サボれるイエーイっとも思ったし、
そうだ、帰りにかずこと買い物して帰ろうとも思ったし、
スタッフさん、ごめんなさいと頭を下げる私もいた。
その私は、謝るイメトレも始まる。
と同時に、晩ご飯のための買い物のリストを考える私がいて、
最近推しの加藤雅也とのエロい妄想まで浮かんでくるじゃないか。
私の心は、なかなか一心に纏まらない。
苦しかった時を思い出す。
もし、私があの時、心全てが絶望で覆いつくされていたら、
きっと私は、今生きてはいない。
別のあの時だって、もうダメだっと思いながら、
実のところ、当時の推しだった吉川晃司とエロい妄想していたのだ。
その時ちょうど、酷い便秘だったとしたら、
私なら絶対、
「ああ、もう死にたい」と思いながら、
「ああ、うんこ出したい」と叫ぶ。
もはや、「死にたい」私以上に、「出したい」私がしゃしゃり出てくるだろう。
今生きているってことは、そういうことだ。
あの時、辺り一面に広がるコスモス畑に絶望を搔っ攫らわれなければ、
あの時、囁く風に耳を傾けなければ、
あの時、反町隆史が私にエロいことしなければ、
私は生きていないのかもしれない。
こういうのを纏めて、雑念と呼ぶのだろうか。
雑念は、大事だ。
少なくとも、私にとって雑念は救いになる場合がある。
現状を言えば、「困った」ことも多い。
そして実際、ちょっと前まで「困った」と言っていた。
父さんは肩の怪我に手こずり、かずこは春のせいで荒れている。
挙句に、今期は実家が自治会の役員になり、その代行を私が担う。
もちろん、そのおかげで忙しくなっているが、
心の中を探してみても、
「困った、困った」とウロウロしている私の横に、
「何に?ねえ、何が?面白くない?」と不思議そうに眺める私がいるし、
「何食べようかな~」と考えている私と同時に、
加藤雅也と反町が、私を取り合っている妄想が止まらない。
誰か止めて、おねがい。私を止めて。
そこで、ハッと気付く。
「困ったという感情を、わざわざ選んでいるだけなんだ、あたし。」
きくの時と似ている。
きくと共に生きた15年間、何度「困った」と言っただろう。
だけど、死んで居なくなった瞬間、
「あの子は、どう困った子だったのだっけ?」
と分からなくなった。
きくは、不安分離の傾向が強く、パニックを起こすほど神経質な猫だった。
だけど、一度だって私や他猫を傷付けたこともないし、
粗相さえ、死ぬまで一度もしたことがない。
巻き爪には困ったが、本気でお願いすれば、大嫌いな爪切りだってさせてくれた。
しっかり者で、自立心旺盛で、情のある、世界一美しい猫だった。
私は、きくが死んで、ようやく本質が見えた。
「困った子なんかじゃなかった。
私が勝手に、困ったと思いたいだけだったんだ。」
その時、私の心は、後悔の一心で覆い尽くされたのだった。
きくとかずこは、そっくりだ。
本当に、よく似てる。
きく「お前はほんと、どうしようもない色ボケスットコドッコイだな」
ほんと、口が悪いとこも、そっくりだし。
お久しぶりです、きくさん。
どうしようもない私、万歳だ。
そこを、大いに伸ばしていきます。きくさん、ありがとう!