昨日、ついに
会社のトイレの工事が始まった。
和式から、洋式にするには、
2週間を要するそうで、
その間、我々は、トイレを使用することができないのだ。
おはようございます。
それを聞いた瞬間、私は全身が震えた。
恐れおののいての事か、
これから始まる戦いに疼いての事か、
いずれのせよ、
厳しい現実が待っているだろう事は悟った。
そんな事は知ったことかと言わんばかりに、
工事業者のおじさんは、やけに懐っこい笑顔でやって来た。
本来ならば、私も笑顔で返したい。
笑顔には、とりあえず笑顔で返す、
そうやって、様々な難を逃れてきた私のはずが、
笑顔が返せない。
(トイレが使えないのは、この人のせいじゃない。)
分かってる。
分かっているのに、険しい目で睨んでしまう自分に気づいた。
いよいよ、数分後には、工事が始まる。
私は、己に問いかけた。
「これでいいのか?」と。
「これで終わらせちまって、いいのか?」と。
ここ数日、私はアイツに素っ気ない態度で接してきた。
どうせ、もう、別れると決まっているのなら、
あえて、
別にいいし、全然大丈夫だし、
コンビニとかあるし、余裕だしと、
そういう態度を示してきたのだ。
別れは、あっさりと行こうと決めたのだ。
その方が、私達らしいと、思ったからだ。
ところが、ここへ来て、
今まで抑えていた感情が、喉元にまで浮き上がってくる。
叫びたいと、喉を締め付ける。
「いーやーだーいやだいやだいやなんだー」と。
私は、叫ぶ代わりに、アイツの元へ走った。
いや、無意識に走ったといった方が正しい。
入ってすぐ、使い慣れたブラシで、
私は、アイツの背中を流した。
最後のトイレ掃除だ。
普段は、ケチっていたトイレ洗剤も、
ジャブジャブ景気よく掛けた。
流す涙の数だけ、容器を押した。
押すたび、ぴゅーっと出てくる洗剤のリズムに乗って、
ブラシを動かしていると、
思い出も、同じリズムで浮かんできた。
左膝が痛いから、左足だけ伸ばして、しゃがんだ、あの日。
(ロシアの踊りかよって笑ったよな。)
すぐ傍で、蜂が飛ぶ中、腹を決めて、しゃがんだ、あの日。
(勇気ってこういう事だって知ったよな。)
ちょびっと漏れたかもと、疑心暗鬼のまま、しゃがんだ、あの日。
(ちょびっと、漏れてたよね。)
しゃがんだまま、うたた寝した、あの日。
(眠かったんだ!)
どれくらい経っただろうか。
準備を済ませた、工事業者の人々の
足音が近づいてきた。
その頃には、アイツはすっかり、
まるで新品のように綺麗になっていて、
私の膀胱も、すっかり溜まっていた。
出社する寸前に用を済ませてきたのに、
もう、溜まっている。
小一時間で、この有様だ。
尿の量産工場だ。
私は、ため息と共に、呆れた顔でパンツに手を掛けたが、
すぐさま、その手を放した。
(もう、お前には頼らない。
頼っちゃいけないって決めたんだった。)
それを思い出し、私は業者と入れ違いに
トイレから飛び出して、社長に大きな声で叫んだ。
「コンビニ、行ってきます!」
せめて、
君達は、別れちゃいけないよ。
いや、もっと仲良くしたまえ!
あやさん?
かっこいいけど、
もっと、優しくしてやりたまえ!
だってさぁ、
見てよ、コイツの顔
もう、すでに、負けてますやん。
だから、優しくしてやりたまえ!
おっ?やるのか?
やっぱり、負けてますやん。
どさくさに紛れて、
しっぽ触ったりするけども、
末永く、仲良くしたまえよ!