土用の鰻は、
すでに昨日、片付けてやった。
おはようございます。
私は食べないが、我が家のおじさんには、
『しつまぶし風鰻の炊き込みご飯』を出した。
鰻のタレで米に味を付け、カットした鰻を乗せて炊飯器で炊く。
非常に簡単で、やっすい方の鰻でも、なかなか美味しくなるから、おススメです。
とはいえ、どうしても鰻の臭みが気になるから、私は食べない。
って、このレシピ臭いんかーい!
だったら、おススメすんなやー!!
私にも食べられるようにするには、
まず取り敢えず、蒲焼を50度の湯で洗い、
臭みの原因の皮をはぎ、身をショウガと共に茹ででから、
鰻のたれを付けて焼き、米と共に炊いてみるといいかもしれない。
そんなにこねくり回すなやー!
だったら、食うなー!!
ですよね。
ちなみに、かずこさんに、
「明日は土用の丑の日だよ」と言ったら、
「明日は水曜日やろ?」と真顔で反論してきた。
よしよし、かずこさんはまだ正気だ。
そして今日は、のん太の誕生日だ。
ここ実は、ハッキリ言いきれない。
23日の午後11時58分頃に産まれたか、
24日の午前1時5分頃に産まれたかは定かではない。
とにかく、24日に保護したから、保護記念日だ。
いつ見てもベソかいたような顔をしていた子猫も、
今や・・・
こんなにふてぶてしく育った。
おめでとう、のんちゃん!
しおちゃんも、他の兄妹も、皆おめでとう!
そして、産まれて来てくれてありがとう。
そして今日7月24日は、まだまだある。
チャー坊の命日だ。
チャー坊が逝ってから、今日で1年になる。
私は死を見送ることまで出来たくせに、
今もなお、チャー坊と出会ったことさえ信じられない。
あれはまるで、夢の中の出来事だった。
あんな猫、どこ探したっていない。
あんな猫が、実在してたなんて、嘘みたいだ。
それくらい、チャー坊は素晴らし過ぎた。
でも本当は、最期はボロボロだった。
エイズと白血病が発症した状態は、実に壮絶だ。
そんな中でも、チャー坊は繰り返す下痢と嘔吐を、
すべてトイレ内で済ませていた。
潔癖症に近い父さんでさえ、
「おい、お前。わざわざトイレまで歩かんでいい。」
と、チャー坊を説得したほどだった。
けれどチャー坊は、
どこも汚さず何の痕跡も残さず、そのくせ最後まで約束を守り抜いて逝った。
約束とは、「チャー坊、またね」の約束だ。
チャー坊がまだ野良猫だった頃、
私が「チャー坊、またね。絶対よ。」と言うと、
チャー坊はどんな状態であっても、必ず私に会いに来てくれた。
それは実家に保護してからも、毎日続いた約束だった。
最後の日も、
「チャー坊、またね。お昼に来るからね。」
と言って会社へ出かけたものだから、
チャー坊はお昼まで踏ん張って生きて待っていてくれた。
私は、静かに死んでいくチャー坊を膝に乗せ、
それでもあえて、
「チャー坊、またね。」とは言わなかった。
ボロボロになっても懸命に病と闘ってくれたチャー坊に、
それは言えなかった。
これは、7月23日のチャー坊だ。
毛は抜け落ち、体の内外あちこちに炎症が起こっていた。
触られるのも億劫だろうという状態であっても、
私が帰ると、チャー坊は
「大丈夫。僕は生きるよ。約束守るよ」と言わんばかりに、
私に寄り添ってくれたから。
いつだって「抱っこして」じゃなく「抱っこしていいよ」って
言ってくれてるみたいだったから、
だから私は最後だけは言わなかったんだ。
「チャー坊、またね。」と言わずに、晴れた空を見た。
私は今、
実はちょっとだけ後悔している。
あの時、「チャー坊、またね」って言わなかったことを。
チャー坊、ありがとう。