日曜日、
私とかずこは、スーパー銭湯へ行った。
おはようございます。
「母さん、大きなお風呂に行こう!
露天風呂もあるで~、天然温泉らしいで~、気持ちいいで~。」
そう言うと、かずこは、
「外で、大きな風呂に入って、ほんで、それが何やと言うんや?」
と返した。
私は、心の中で、たしかに~!と同感してしまった。
そうだ。
私は、天然温泉だろうが露天風呂だろうが、風呂に浸かる時間は家の風呂と変わらない。
わざわざ温泉宿へ行ったことだってあるが、入浴時間は5分だった。
そして、かずこもだ。
かずこも、そういう人だ。
だから、今までの人生で、スーパー銭湯へ行くという発想を持った事など無い。
5分のために、わざわざ移動して、お金を払う意味があるのか?
無い!
いやしかし、今回ばかりは意味があった。
かずこさんは、ここ最近、髪を洗うという概念を捨てた。
認知症のせいだ。
父に促されて、風呂に入るということはしているようだが、
体や髪は洗っていない。
とはいえ、デイサービスでは、促されても入浴は決してしない。
「不慣れな場所で、身ぐるみを剥がされたら、危険や!」
かずこさんは、そう感じている。
まるで、野良猫の身構えだ。
だから私が、銭湯で髪を洗ってやろうと思ったのだ。
かずこさんにとって、今や私は、マネージャー兼SPだ。
マネージャー兼SPとなら、安心して風呂に入れるだろうと考えた。
ところが、肝心のマネージャー兼SPが、銭湯へ行ったことが無いわけだ。
私は、かずこ以上に緊張した面持ちで車を走らせた。
結果は、ミッション成功だ。
私とかずこは、室内の大浴場の風呂に入り、髪を洗い、
なんと、露天風呂にまで浸かることが出来た。
この成功の立役者は、私じゃない。
銭湯で偶然会った、外国人女性だ。
入り口で下駄箱の鍵を持ち、受付でバーコード付きの鍵を渡され、
風呂の更衣室で鍵に出会った時、私の頭はパンクした。
「この鍵たちを、どうしたらいいの?」
こうなると、私はもうダメだ。
「わし、トイレ行きたい。」
と訴える、かずこさえ無視だ。
かずこのマネージャー兼SPが、かずこを無視だ。
私は、無言で3つの鍵を手に、呆然と立ち尽くしている、その時!
「トイレ? こっち。こっちよ。」
どこからか、女性の声がした。
はっと振り返ると、そこには「こっち、こっち」と手招きをする女神がいた。
バスタオルを巻いた、エキゾチックな顔をした女神だ。
その時、私の脳内には、アメイジンググレイスが流れた。
それ以来、困った瞬間だけ、女神が現れる。
シャワーの構造が分からない時も、
「ここ、押すの。」
と女神は囁く。
風呂の湯がぬるいとかずこが言った時も、
「外のは、熱い。あっち。」
と女神は、露天風呂を指さす。
風呂から上がって、かずこの髪を梳かしたい時だって、
「ブラシ、こっち。こっちにある。」
と女神は、私をブラシの前へ誘う。
私とかずこは、あの異国からやって来ただろう女神がいなければ、
「楽しかったね~、また行こうね」
と笑い合うことは叶わなかっただろう。
こうして、
この日本国で生まれ育った私達は、日本ならではの銭湯文化を
外国人に習ったのであった。
どういう訳か、私は時々、外国人に救われる。この国で。
そんな我が家のおじさんは、日本人だが、フランスかぶれだ。
そんなフランスかぶれ野郎に、たまに救ってもらう時もある訳だが、
「ねえ、おじさん?白ってフランス語で何で言うの?」
と聞くと、
「blanc」と囁く。
「ぶらん?ぶらんって言うの?」
と聞きなおすと、
「違います。blanc」
「いやだから、ぶらんでしょ?」
「違います。blanc」
と言い直されて、イラっとする。
我が家のブラン(白い)なシャ(猫)。
これを、開きにしてみましょう!
そーっと、なぜなぜ
さらに、顎をなーぜなーぜ
で、
白猫の開きの出来上がり~。
あっ、開きってフランス語で何て言うのかしら?
寝てるおじさんをたたき起こして、聞いておきます!