肩にカバンを掛けゴミ袋を片手に、
実家を飛び出すと、外は酷い嵐だった。
私は構わず飛び出そうとした。
ところが、その時、近所のおばさんに引き留められた。
「あんた、やだもう!そんな恰好でぇ。
この傘、貸してあげるから、傘さして行きなさい。
濡れたらどうるすのぉ、まったくもう。
うちは傘いっぱいあるから、急いで返さなくていいからね。」
私は、ペコペコと何度も頭を下げながら、傘を受け取った。
「いってらっしゃい。濡れんじゃないよ!」
「ごめんなさいごめんなさい、行ってきまーす。」
大きな声を出して、嵐に向かって走り出した私の心は、
凄まじく晴れやかだった。
こんな歳になって、
自分を疎かにして叱られるだなんて、どうしようもない。
どうしようもないくらい、嬉しかった。
おはようございます。
父の右肩の腱板断裂は、相変わらず痛いようで、
ついに手術を前提に、MRIで詳細の確定診断をした。
が、主治医が考えているより軽傷だった。
「あれ?完全断裂してると思ったのに、ほんの一部剥がれてるだけだね。
これは、手術しないほうがいい。」
これで治療方針が定まった。
とにかく保存療法で行く。
という事で、手術は逃れたが、
日常のことに関しては、逃げ方を考える隙が無いほど、
私が忙しくなっている。
お久しぶりの投稿です。
父の肩は、非常に治りが良くない。
訳はハッキリしている。
毎晩の飲酒を、一切控えないことだ。
怪我の治癒にとって、アルコールを接種することは
傷の治りを邪魔してしまう。
痛みが軽くなったなぁと安堵しても、
翌朝には、また炎症がぶり返す。
飲酒のせいで筋肉も脱水状態だから、二次傷害も起こりやすい。
2週間、父はこの繰り返しをしているばかりだ。
「だから言ってるじゃん?
お酒をちょっとの間でも控えないと、いつまでも痛いよ?」
そう諭そうにも、父は、
「ふん、ばかやろう。呑まずにやってられっかよ!」
と吐き捨てる。
呑まずにやっていられなくなる理由は、
痛い→イライラする→ヤツ当たる→腹が立つ→痛い
を繰り返しているせいだ。
絵にかいたような、負のループだ。
「俺は、昔っから痛い思いばっかりさせられとる。
なんのバチがあたってんだ?このやろうめ!」
とグチグチする父に、私はハッと気が付いた。
ああ、この負のループこそが、バチなんじゃない?
ねえ、そうなんじゃない?
そう気付いたら、私は今更大発見した気分になった。
私は心の中で、
「そのバチは断ち切ろうと思えば、いつでも断ち切れますよ。
それは・・・あなた次第なのですよ。」
と父に伝える自分をイメージしていた。
白い袈裟みたいな服着て、すっくと立ち上がり、
晴れやかな空を見上げ、穏やかに語るイメージだ。
だけど実際は、何も言わず俯いて、編み物を続けた。
私なんかに何を言われようと、父には響きやしない。
父さんにとって、私は「私なんか」か「私ごとき」なのだ。
こんな夜を毎晩繰り返しているおかげで、
ほら!
編んでいたカーディガンを編み過ぎた。
もはやワンピースの長さにまで編み過ぎた。
ついでに、袖も編み過ぎてる!
やっちまったーっと倒れ込むように眠りに落ち、
不意に目が覚めると、時刻は午前3時だった。
カーテンの隙間からは、欠け始める歪んだ月が覗いていた。
なんて素敵な午前3時だろう。
私は、月に見守られている気分で、再び眠りについた。
おかげで、その朝には小さな奇跡が起きた。
これ、奇跡的に美しい寝ぐせじゃない?
ここだけが、嘘みたいにぴょんってなってるー!
私は、どうにも勿体ない気持ちになって、
そのまま直さずに一日を過ごそうと決めた。
ところが、外は春の嵐だった。
実家へ行けば、父は相変わらず
「痛くて、何にも出来ん」とキレ気味だ。
かずこは、荒れた天候に影響されやすく、かずこの心も嵐だ。
「ねえ、見て、かずこさん?」
私は、ここぞとばかり、ぴょんっと跳ねた寝ぐせを見せた。
実家へ向かう際、雨に濡れたせいで、ぴょんの元気は半減していたが、
しかめっ面を決め込んでいたかずこは、堪らず吹き出した。
この、堪えて堪えて、でも笑っちゃう、かずこの間が天才的に面白い。
内心、私はガッツポーズだ。
ガッツポーズの勢いのまま、父に声を掛けた。
「父さん、痛いな?痛いね?昨夜もようけ呑んだもんなぁ。
こうなったら、じゃんじゃん呑んで人の倍かけて、
それでも治していこうな!頑張れ、クソしじぃ!!」
父が素っ頓狂な顔になるくらい、無駄に景気のいい声だった。
そして、
私は肩にカバンを掛けゴミ袋を片手に、実家を飛び出したのだ。
近所のおばさんに借りた傘を車に積んで、
私は会社へ向かった。
嬉しくって、有難くって、
せっかく濡れずに済んだのに、私の頬は涙で濡れていた。
父が怪我して以来、
私の心は嫌な感情で覆い尽くされそうになる。
そんな時、空を見上げると、
発見や感動や感謝が見つかるかもしれない。
荒れていた空は、会社に着く頃、
嘘みたいに晴れていた。
「あっ、ツバメだ!」
晴れた空には、ツバメが帰ってきた。
会社へ入れば、季節外れに花芽を付けた胡蝶蘭が、
ついに満開になっていた。
「ランさん、ありがとう。」
傘をかしてくれた近所のおばさん、
笑ってくれたかずこ、
歪んだ月、寝ぐせも酷い嵐もツバメも、ありのままの父までも、
なんだか有難いなって思える一日を、私は過ごしている。
そう思うかどうかは、自分次第なんだ。
さあ、のんちゃんは何に感謝してんの?
ああ、ガスファンヒーターの風ね?
のん「この風、あったかいんら」
なびかせてるね~。