水面の風景プラン

目標は金閣寺の池での制作。今はその為の実績づくりで頑張っています。by 平間雅己

生誕ー卯年

2011-01-24 23:26:18 | 制作記録

良い感じに仕上がりました!

 

 

 

アルミの表面処理も、独自の手法が見つかり

 

金属でありながら、真っ白な色合いを出す事に成功!

 

納得のゆく仕上がりになった様に思います。

 

モデルの子にもこの仕上がりなら喜んでももらえる気がします♪

 


よだん

2005-09-29 18:04:26 | 制作記録
「過去の制作より」という事で、比較的規模の大きかったインスタレーションを中心に紹介する方向で記事を書いてゆこうと思っています。

しかし、こうしてみて見ると、制作をするにあたって何時も物理的な障害というよりは人為的な障害のほうがハードルが高い感じがする。別に全てにおいて悪意があったとは思わないませんが、なんだか次から次へと大変でしたね。

色盲であるはずのコイが「赤い色をみて狂い死にをする」なんてクレームが出てきた時には、正直「そんな事言って、恥ずかしくはないのかな」と腹を立てた事もありましたが、今になってみると本当に狂い死にすると思って言っていたのかも知れんなと思えています。

まぁ、考えてみれば、こちらが当たり前と思って話をしていても、相手にしてみれば非日常的な話な訳だし、警戒されて当たり前な訳で、制作という私ごとの話を切り出したのは僕の方なので、やっぱり、自分に非があると考えるのが普通かな。

塗料の安全性なんかでも先方から指摘されなければ、あの当時、環境ホルモンなんて言葉も一般的ではなかったし「ホルモン」と言えば「焼き肉」を連想していた当時の僕も「赤い色をみて狂い死にする」と言っていた彼等に匹敵するおばかぶりなんで仕方が無い事なのかな。

だから、義務的な責任者の立場を擁護するような感覚で話をしてゆかんとアカンよね。

相手の立場に立って考える。言い方をかえれば、敵を知り己を知れば百戦危ぶからず。というところか。。

でも、それも本当にそれで良いのか?常に疑問を感じてはいるのだけど。。

過去の制作から3

2005-09-26 20:11:07 | 制作記録
       
題  名 無題
制作年月 1990年9月
制作場所 愛知県小牧市
(解説)
1988年に構想をしたものの無理かと諦めて、それから何度も諦めていたのですが
過去の制作から1を機会に少しずつ理解者を増やしていって、
学生の間、受講できる単位はそのほとんど受講し卒業単位の約2倍を取得したことや、相当な数の作品を制作しつづけたことを見ていてくれた人達が力を貸してくれて実現出来た作品です。
また、実現出来ただけではなくて、大学の開学式典で個展を行う事になり。生まれて初めての個展が沢山の美術系大学関係者の目に触れるものになり、二十歳そこそこだった当時の僕には相当なプレッシャーでしたね。

で、実際に作る事になったのですが、いろいろ問題が生じました。

■5年近く清掃をしていなかったため30cm近くのヘドロが体積しガスも発生。
台風接近に伴う警報の中で清掃作業を行いました。

■コイや金魚が色をみて狂って死んでしまうという指摘。
コイは色盲だと思いつつ事前に色を塗った板を浮かべ実証しました。

■折角の機会なのでグループ展にしてみてはという意見。
グループ展では意味が無いので全て断り、当初の計画のまま実行しました。それからその事に対していろいろと横やりもありましたが全て無視。

今にして思うと、正解だった。。




過去の制作から2

2005-09-11 23:37:45 | 制作記録
11月のグループ展ということてパネル展示をする訳だけど、1993年に行ったウエストベスギャラリー(名古屋)での個展で同様な展示を行っているのいるのね。

あの時を思い出してみると「予定じゃなくて実物を見せるのが個展だ」とか「現実みが無い」とか「こんなもん誰が欲しい」とかいろいろ言われたな。

でもこうした模型を展示した事が機会になって、岐阜県美術館でのインスタレーションとか話を聞いてもらう切っ掛けになったんだよね。

偶然、画廊に訪れた県美の学芸員さんに2時間近くお願いして、なんとか「一度、模型と企画書を持って来てください。話はそれからです」という言葉をもらって早速、模型を作って岐阜県美術館にいったんだよね。

本当に大変でしたよ。

また、その模型を作っていた時も、ニヤニヤされながら「美術界というのが分かっていないね」と一言いって立ち去る人とか。「そんな事に何の意味がある。どうしたいの。頑張ってみるといいよ。」と気にさわる事を何度も言ってくる人とか。いて

僕も僕で、「こうしたプレッシャーの中で、今、作っているこれが、本当に実現する瞬間を見せることができたら。誰にもできない最高の授業になるね」と授業中に学生達の前(黒板の前で)で堂々と作ってみせていたのだから、まぁしゃぁないのかな。

でも、本当に大変だったけど、近くで見ていてくれた学生達は好意的に見ていてくれたんで本当に嬉しかったな。

過去の制作から1

2005-09-05 21:09:27 | 制作記録
題  名 KAWARA
制作年月 1989年5月
制作場所 愛知県小牧市
(コンセプト)
水の都と呼ばれ親しまれる岐阜県大垣市の川や水面をモチーフに、絵画に静物画と風景画があるように彫刻にも風景画的な表現が出来ないかと思い模索し始めた頃の作品です。
(メモ書き)
大学での木,鉄、石の素材を選択し制作する実材実技の課題として制作。大学敷地内で穴を掘る作品という事で周囲からは無理だと言われ続けた制作でしたが、駄目で元々で話を進めていったら現状復帰を前提に研究室から許可を得ることができ実現する事に。
作品の特徴としては水の中に石を沈めていることで、河原に沈む石と河岸工事を施された水辺を表現したかった。周りに置いた黒い木の板は川に浮かぶ船のイメージです。
あのころはやってみなければ何も分からなかったので、ガムシャラだったかな。駄目だと言われるなら言われない様子すればいいだけだと思っていたので、とにかく準備、分からなかったら訊く、の連続だったかな。
途中、励ましと応援をしていただいたり、道具を隠されたり、「お前がそんなことをするから。。」と恫喝されたり、いろいろと勉強させていいただく機会にもなりましたが、それらもぜぇ~んぶひっくるめて僕の作品です(笑)
16年前の出来事。いい思い出です。