水面の風景プラン

目標は金閣寺の池での制作。今はその為の実績づくりで頑張っています。by 平間雅己

美術展のご報告とお礼

2007-12-29 22:12:08 | 中仙道ふるさとまつり美術展
美術展のご報告とお礼。

「春日井まつり」約20万人
「学びの森フェスティバル」約2万人
「中仙道ふるさとまつり」約5万人

わずか数週間に各地の「お祭り」をターゲットにした美術展を開催し、それらがほぼ新規事業とということで本当に大変でしたが何とか無事に終えることができました。

それで、関係者各位の皆様にお礼とご報告をさせていただきました。


春日井市役所へお礼とご報告


中部学院各務原キャンパスさんと各務原市役所へお礼とご報告





中仙道ふるさとまつり報告会



美術展の企画で主旨と方向性、展示計画については僕の方から指示しましたが、若手の作家が中心になって運営されていたからこそ開催できた美術展だったように思います。

特に、「春日井まつり」での野外美術展は鷲見広孝君が市役所ゆき話を進めてゆく中で引っ張りだした話しで、彼自身が本当の意味で一から立ち上げた企画となりました。

今回の成功は彼にとって大きな財産になったのではないでしょうか。

僕が大学に在籍していたころ提案していた総合造形としての構想計画の可能性は正にここの部分で、構想計画として立ち上げたプランを公の場に自ら直接提案、交渉することで、それまで関わることさえ出来なかった社会的な動きに接し、提案者(表現者)としての可能性を引っ張りだせるのです。



1989年頃、元毎日新聞社の記者をされていた平岡博先生から「作品を見れば全て分かると言われたものだが、現代の美術はコンセプトがわからないと理解できない。それは、作品の題名が少し変わるだけで作品自体の意味合いが変わってしまうことに似ていて、コンセプトのはっきりしない作品は画竜天昇の目が入っていないのと同じ。それゆえに現代の作家は積極的に発言してゆくことが重要」と教えていただきました。

また、提案書や企画書の書き方も教えていただきました。

平岡先生とは大学時代直接に授業を担当してもらえる機会はありませんでしたが、彫刻コースのアトリエに来てくださることが多くて、それを機会に授業とは別途に個人的に教えてくださり、美術界について何も知らなかった僕に画廊へのアポイントをとってくれたり、多くの人脈や窓口も紹介していただきました。

「それでこそ君だ!」
「僕にではなく、君に続く後輩に恩を返してくれれば良い」というお言葉が印象的で、今でも強く心に響いています。

今年は、ほんの少し、恩返しできたのかな。。。

中仙道ふるさとまつり・お手伝い

2007-12-29 21:32:57 | 中仙道ふるさとまつり美術展
中仙道ふるさとまつり・JRの景品抽選会と景品配りのお手伝い。

まつり開催中にスタンプラリーをこない抽選で景品が当たるという催し。

        

持ち込みで企画した美術展ということで、こうした形でボランティアとしてお手伝いさせていただけると、より地域の方々と親密な関係が築けるのではないかと期待しています。



大都市での活動の場を求めることは必要なことですが、自分のふるさと(出身地)から活躍の場を広げてゆく事はもっと重要なことじゃないかと思います。

大都市も地方から集った人たちの集りで、そうした集まりの中で、郷里との繋がりや、そこで育まれたアイデンティティーは人としての魅力です。

都会の他人の集り中でも、そうした人としての魅力は共感を得え仲間づくりを容易にしてくれます。

現代美術と言うと、一般社会と隔絶した部分と思われがちですが人に何かを伝えようとする表現である以上、人との交流を抜きに考えることはナンセンスです。

それぞれに、それぞれの作家達が自分の表現の居場所を見つける機会になればと思う次第です。

中仙道ふるさとまつり美術展・モアイと。。。

2007-12-29 21:30:47 | 中仙道ふるさとまつり美術展
「中仙道ふるさとまつり美術展」での一番ユニークな写真。

難しい政治の話しはわかりませんが、昨年、相当の苦境にありながら街頭で声が枯らしながら演説していた様子には好感がありました。

何となく「頑張らなきゃね」と思わせてくれる人柄って良いもんですね。

        

中仙道ふるさとまつり美術展・挨拶

2007-12-16 18:08:55 | 中仙道ふるさとまつり美術展
「中仙道ふるさとまつり」開催式。

岐阜都実行委員会 委員長 大庭正也 先生 挨拶。

        

岐阜市加納周辺は大庭先生がご幼少時代に生まれ育った場所ということで感慨深げなご様子。

大垣日大高校の美術の先生でもあり、今回の参加者には多くの美術部OBも参加していただいていたのですが、普段の気さくな雰囲気とは違うようすに、教え子の赤井教祐君から

「ちゃんと喋ることができるんだ。。。。」と違う意味での感動。

(o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハ

素顔の大庭先生は真面目な、そういう人柄なんだけどね。。。



昨年、他界された大庭先生のお母さんが、見に来られてたらきっと喜んでもらえただろうなと思いつつ。

感謝、感謝です。


中仙道ふるさとまつり美術展・当日

2007-12-13 21:37:44 | 中仙道ふるさとまつり美術展
「中仙道ふるさとまつり」でのワークショップでの様子です。

定番のハンコ作りです。
学生さんとか若手の作家のこたちも手慣れてきました。参加者を募り、難しい導入部分も各々にこなしています。一つのモデルケースとして成功したワークショップになったようです。

        

ただ、将来的には「自分の企画を」と考える子達も出てくると思いますが、そこからが難しいでしょうね。モノマネで行うなら容易いですが、独自のアイデアでプランを立てようとすると様々な困難が生じてくるでしょうからね。

しかし、このハンコ作りのワークショップもはじめは全て手探り状態だったんです。今でこそ有料で行っていますが、はじめた当初は「これでお金が取れるのか?」「お金をとって良いものか?」とか、手法に付いても「簡単すぎるのではないか?」などとと悩みましたし、判子の材料についても研究していました。

ですから、若手の子達がこれからプランを立ち上げたいのであれば、覚悟しなければなりません。そして、失敗して当たり前で、一つのプランが軌道にのるまでには試行錯誤とそれなりの時間が必要なのです。

また「時間=機会」でもあるので機会を求め続けることをやめてはいけないし、自他ともに心を折れないようにするにはどのように取り組むべきか「次に繋げてゆくには、今何をしなければならないか」常に考える姿勢重要なのです。

「芸術による街づくり」というスローガンもそこに集約されてくるのですから。



アートグッズ販売も今回で4回目。

収益を、野外美術展の費用に充てるということで開催しています。

        

助成金とかがあれば、正直、それを頼りたいと思う所ですが、助成金の意義は暮らしの中で、一般社会の中で、啓蒙的な役割を果たす活動に賛同し提供されるもので将来的には自立支援を目的に行われるものです。

ですから、できることならば、助成金を頼らず自活的に運営がなされることが望ましいです。

とはいうものの、客観的に観て即実現するには難しい目標でもあります。

しかし例え数百円でも、自分の精魂込めて作ってきたものが売れる喜びは若手に限らず作家にとって強烈なインパクトがあります。

要らなくなったものをリサイクルで販売しているフリーマーケットとは一線を画す部分でもあります。

リサイクル品のフリマは、市場においてある意味での「デフレ」への影響が強いのですが、アートグッズ販売では、確かに数百円では、制作費、材料費にもならないことが多いものの、その反面、付加価値のあるものにしたいという意欲が必然的に発生し、生産者、消費者の双方に市場のメンタル的な部分で活性化が期待できます。

アーティストが食べてゆけない現状を、ほんの少しでも改善させるとするなら、こうした形での生産者と消費者の関係に目を向け、消費者が「アーティストを育てている」「芸術文化を支えているのだ」と誇りに思えるようなPRを考えなければいけないような気がします。

中仙道ふるさとまつり美術展・野外展示作品

2007-12-13 21:32:16 | 中仙道ふるさとまつり美術展
11月10日

「中仙道ふるさとまつり」当日です。

美術展は一週間前倒しの展示でしたので見慣れた光景になりつつある頃に、大きなイベントが行われ新鮮な雰囲気に感じられます。

     

「春日井まつり」「学びの森フェスティバル」そして、今回の「中仙道ふるさとまつり」

何十万人もの人出で賑わう各地での「まつり」に、若手作家を中心に自主的に意欲的に美術展を提案し、ワークショップの開催、アートグッズの開催も実現できたことは、前代未聞の素晴らしい偉業となったのではないかと思えてなりません。

また、各地で行った一過性の表現を繰り返し行うことで、それぞれの作家が自分自身の作品の可能性について考える良い機会になったのではないかと思います。

また、公共空間での展示が寄り身近なものとして感じるれるようになったことで、皆さんが、それぞれに世の中と自分の作品とのあり方みたいなものを考えるようになってくれたら、うれしいですね。

18年程前、たった一人で交渉を行い孤独をあじわった経験を持つ僕には、やっと分かってもらえる仲間が増えたと思えるからね。

同じフィールドで芸術談議が語り合える日も近いかも知れません。

楽しみです。




ガスト会議

2007-12-09 22:08:12 | 岐阜県全域美術館構想
12月7日

久々のガスト会議を各務原で行いました。

参加者は大庭先生、鷲見君、オイラ。

議案としては来年に向けての活動内容の確認でした。



2月の岐阜駅での美術展については、映像による岐阜都実行委員会としても活動紹介を上映し主に「中仙道ふるさとまつり」でお世話になった方々へのお礼と報告会の意味合いのものとする。

「中仙道ふるさとまつり」だけの映像では、出展内容として弱いので途中に「学びの森フェスティバル」(各務原市)でお世話になった菅君の映像作品を紹介し、BGMを安藤真男君にお願いする予定。

中部学院大学各務原キャンパスでの映像と音楽のコラボ経験を生かして、というよりは、あのとき頑張ってくれたのでね。その恩返しということで何とか新たな機会を創出させてあげたい狙いです。

流す映像に付いては、中仙道まつりの時に撮影した美術作品展示、パフォーマンス、ワークショップ、アートグッズ販売のデジカメ写真をもとにiphotoでquicktime形式でスライドショーとして動画としてを作り、BGMを加藤真男君に作成してもらい、双方のデータを菅君に提出し、菅君の映像も交えて編集を行ってもらえるといいのかな。

とはいえ、その方向での出展が難しいということなら今回の参加は見送る予定。

3月には
鷲見広孝君より、3月22日に「第一回小牧市アートフェスティバル」(愛知県)と題したイベントが開催されるということで、その企画に参加してみたいということで提案がありました。

たぶん、2年程前に同じ小牧市で学生達が中心になって自主的に行われた小牧山での野外美術展が前身にあって、その翌年には大学の先生方が関わるようになり、今回のイベントになった感じかな。

僕は、作品であれ美術イベントであれ先駆者が評価されていないプランなんて砂上の楼閣を建てるようなもので、そのプランの威信と呼べるようなものは育ってくる訳がないと思っています。

仮に、今の現状でグループやリーダー的存在として頑張っている人たちがいるとしても、美味しいどこどりを考えている輩が結構多いのでね。

厳しく見つめてゆく必要があるのかな。

4月には
「各務原市桜まつり野外美術展」を昨年に引き続き構想計画を考えることに。

今年行った「学びの森」での美術展では中部学院さんにも関わっていただいたので、何かしらの形で来年の桜まつりでも交流を持てればと思います。

中部学院大学の学生さん達で行ったワークショップはかなり魅力的に思えました。特に福祉に力を注いでいる大学なので、そうした点にも考慮して関わっていただけるとかなり面白い様に思います。

将来的にはメイン会場である各務原市民公園とともに「学びの森会場」と題しての美術展へと展開できると良いのかも知れません。

なんせ、毎年20万人の人出がある「各務原桜まつり」中部学院大学さんのPR活動にも協力できると思いますし、芸術と福祉の二本柱からなる文化活動の位置づけを確立させれると美術展を行う意義や可能性も広がってくるように考えます。



そのほか、今回の最重要議題である「岐阜都実行委員会」としての忘年会(笑)

その席を借りて、来年の活動に向けて組織表を発表することに。
とりあえず、最長老の大庭正也先生を頂点に年功序列の並びで組み立てれれば良いのかなと思います。

組織表を作る理由は、この数年でそれぞれにそれぞれの活躍の場、活動の基盤が出来つつあり、来年以降は各々の作家が自主的にプランを立ち上げることも可能になってくるでしょう。

そうした時、単独で活動するには厳しい場面もでてきます。要するに肩書きが必要となってくると思ったからです。

とはいえ、僕自身は作家として組織力を頼るようなもたれ合いの構造を善しとはしません。

しかし、氏素性がはっきりしないから話しも聞いてもらえない現実的もよく知っています。だから、肩書きとして利用しやすい組織名があってもいいと思うわけです。

各々がそれぞれに独自の活動をはじめれば、それぞれにグループ名が必要にもなってくるでしょう。そうなれば、岐阜都実行委員会にという名前にこだわらず、新しいグループ名を作ってしまえば良いのです。

伝統ある組織名にこだわるよりも大切なものがあるのですからね。

中仙道ふるさとまつり美術展・JR岐阜駅室での打合せ

2007-12-08 14:38:53 | 中仙道ふるさとまつり美術展
11月9日

「中仙道ふるさとまつり」開催前日、6日の会議を行った際にご提案させていただいたJR岐阜駅のイベントのお手伝いの打合せということで、野口雄也君、赤井教祐君が若手の代表ということでJR岐阜駅の駅員室に行きました。

2003年の頃は、学校の先生方や岐阜県芸術文化会議の役員の方とか、ある程度社会的な肩書きのある方がお話しをしに行くような、敷き居の高さを感じていましたが、今回の展覧会は、JR岐阜駅周辺の自治体も関わっている話しということで、これまでと比べればかなり話しがしやすい状況が生まれました。

そこで、今回は若手の子たちで出席してもらうことにGOサイン。

彼らにとって、良い経験になったのではと思います。

       
                          (撮影 赤井教祐)

また、僕はとしては、こうした経験は早ければ早い程良いと考えています。

実際にこうした場に出席し関わってみれば、実社会で何が必要か、何を求められているか、作家自身がどうあるべきか肌身で知ることができるからです。

それが分かれば、作家として作品の数が絶対的に足りないこと。作品を作るだけなく、その記録をまとめこうした席で直ぐに見せれる資料作り(ポートフォリオ)が重要であることに気づきます。

なにより、目の前でチャンスが素通りしてしまうことに焦りも感じるでしょう。

同年代の子で同じ状況の時に横で自分の作品の話を切り出されて、ものにしてゆく姿を見れば、良い意味での切磋琢磨をはじめられるかも知れません。

もちろん、悪い意味での切磋琢磨も生まれてくる可能性も否定できませんが、僕は17年以上こうした交渉ごとに接してきたので、どのような状況が生じてくるか大体見当がつくので、そうならないうちに早め早めで対応してあげたいと思っています。


でも、まぁ、とにかく、よく頑張ったよね。^^v

中仙道ふるさとまつり美術展・打合せ会議

2007-12-03 22:20:16 | 中仙道ふるさとまつり美術展
11月6日

JR岐阜駅南口広場 壁泉での搬入を終えたこの日、夜7時からJR岐阜駅高架下関連施設のハートフルスクエアGで11月10日の「中仙道ふるさとまつり」実行委員会の打合せ会議がありました。

松井議員さんを委員長に町内会代表の方々、市役所の方、JR岐阜駅の方、JR岐阜駅高架下関連施設の方、装賀着物学院の安田さんと素晴らしい方々がご主席される中にご参加させていただきました。

       

打合せ会議には、清水英樹先生、大庭正也先生、野口雄也君、赤井教祐君(この時は出席していませんでしたが脊板紘子さん)の、学校の先生方と若手作家、美大の学生という組み合わせで出席しました。

半年程前に松井議員さんにお会いし、中仙道まつりへの美術展の参加をご提案させていただいて今日までご主席された関係者の皆様のお力添えを賜り何んとか実現のめどを立てていただきました。

そこで何とか、美術展示ということだけに限らず、何かしらお祭りの準備に若手の子達のお手伝いできる場を作っていただけないか清水英樹先生よりご提案したところ。

JR岐阜駅主催のスタンプラリーによる抽選会のアシスタントが欲しいということでご依頼が頂けました。



実を言うと、昨年の丁度その頃「学びの森」での美術展を終え、各務原市役所にご報告とお礼の挨拶をした後、清水先生とお話しして

僕からは
「清水緑地での美術展では中仙道まつりに参加してゆく形で真剣に考えています。できるなら、野口君が頑張っているので彼の活動の基盤になるよう話を進めてゆきたいです。それには、何かしらの形で中仙道まつりの実行委員会にお手伝いさせていただく形が良いと思っています。細く永く、関わってゆける関係を作るには、先方からのお願いをまず聞いてあげれるようになること。そこから始まる信頼関係が、野口君達の年頃の子達には一番必要なものなんです。」

清水先生から
「とにかく、ハデであることと、声をかけた方が、参加した後に「よかった」とよろこんでくれなければ意味がない。若手を育てるということならよろこんでやりましょう。ゴミの清掃とかでも良いのかな?何かしらの形でお手伝いできるように話をしてみます。松井議員さんと装賀着物学院の安田さんにも話をしてみたい。がんばるぞ~!」

というお話しになっていました。
それがJR岐阜駅さんのイベントと関われるとは思ってもいませんでしたので感動しました。