日曜日、友人の極道コピーライター・ススキダとパソコンで会話した。
モニターで見ると一層怖い顔だな。年に1から6回、職務質問されるのもわかる気がする。
「麗子(ススキダの奥さん)の友だちから話があってな。誰か小猫を貰ってくれないかって言うんだ。白黒のブチで、ハチワレだ。生後3ヶ月。セキトリに似ているんだ。画像を送ろうか」
いや、いい。見たら飼いたくなる。
「飼いたくないってことか」
飼いたくないというわけではない。ただ、いま俺の頭の中では「猫の思い出箱」にセキトリが充満しているんだ。
ノラ猫時代が7年、家猫になってから3年2ヶ月。セキトリは、俺にたくさんの幸せをくれた。
あんなでかい体なのに、とても穏やかで、俺はセキトリが他の猫と喧嘩したところを見たことがない。怪我をしたこともない。悠々と道や塀の上を歩いている姿は、神々しささえ感じたな。
家に来てからも穏やかで優しくて賢かった。シャーは言わない。猫パンチもない。爪も出さない。
猫に不慣れな息子も娘もすぐに、セキトリのことを好きになった。
娘のお友だちも毎週のようにやってきて、セキトリと遊んだ。抱き上げて、「セキトリ、重いなあ。普通の猫の倍だね。モフモフだね」と言って喜んだ。ただ、ひとつだけ欠点があるとしたら、顔がブッサイクだったことだ。
「確かに、セキトリは穏やかで人懐っこかったな。おまえの武蔵野のアパートの庭の段ボール箱に住み着いていたとき、俺が顔を出してもセキトリは、怖がりもせず俺に抱かれていたもんな。そして初めて国立のお前の仕事部屋に行ったときも、3分もたたないうちに俺の膝に乗ってきたからな」
セキトリには、お前が鉄砲玉だってことを教えていなかったからな。
「じゃあ、今回はパスか」
悪いな、気を使わせてしまって。
もし、次に猫を飼うとしたら、俺は自分の目で、生まれ変わったセキトリを見つけたいんだ。それはきっと、俺にしかできないことだと思う。
ところで、チャールズ(ススキダが引き受けた保護猫)は、元気か。
「ああ、ありがたいことに元気だ。おまえに色々と教えてもらったからな。もはや、完全な家猫だよ。セキトリほどではないが、物怖じしないいい子だ」
定期検査を忘れるなよ。
「もちろんだ。ところで、今週の9日で、2ヶ月だな。49日を忘れちまったから、その穴埋めに、ブリザーブドフラワーを送った。ついでにクリアアサヒを1ケース送った。セキトリの祭壇の前で語り合ってくれ」
おまえ、完全に俺を泣かしたな。
「セキトリを亡くしたあとのおまえは、尋常じゃない落ち込みようだった。いつもはバカばかり言っていたからな。戸惑ったぜ。今はマシになった。回復しているってことだ。新しいセキトリをゆっくり見つけてくれ。俺も麗子も、ずっと待ってる」
また、泣かしたあ。
得意先の中村獅童氏似の会社が、6月半ばから動き始めた。イベント会社だ。
このご時世、イベントはかなりハードルが高い。だから、最大限の注意を払って、少しも漏らさぬように対策を練っている。
獅童氏似の会社は池袋にあるのだが、いま事務所はほぼ機能していない。なぜなら、全員がテレワークだからだ。
「誰もが危険な池袋になんか行きたいと思いませんよ。夜の街には行きませんけど、ほぼ隣接していますからね。近づくのは、『バカの極み』でしょう」
ということで、獅童氏似との打ち合わせは、パソコン内で、ということになった。往復2時間半の電車移動がなくなった。楽ですわ。今どき、中央線と山手線には乗りたくないからなあ(乗っている人、申し訳ない。通勤電車、過酷ですよね)。
そういえば、4月初めに、獅童氏似に2人目のお子さんが生まれた。つまり、いま3ヶ月になる。ちょうど首が座ったころだという。画像を見せてもらったが、可愛いね、天使だね。
「あー、もう、こんなときに申し訳ないけど、幸せすぎて幸せすぎますよ。毎日が楽しいです」
獅童氏似は、生まれた直後から、週に一回数回頼みもしないのに、LINEでお子さんの画像を送ってくるのだ。まあ、人の幸せにお付き合いしたとき、こちらも幸せになりますからね。
打ち合わせが終わったあと、獅童氏似が突然言った。
「そういえば、Mさん、Mさんちにはでかい猫がいたんですよね。いま画面の近くにいますか。いたら見せてくださいよ」
いや、いや・・・・・こここここにはいないないんですよね(半分涙声)。
勘の鋭い獅童氏似は、即座に反応した。
「ああ、俺、やらかしちゃいました? やらかしましたか?」
いや、別に、やらかしてはいないけど。
「最近ですか」
5月9日ですね。
「ああ、やっぱり、やらかした。Mさんが最低気分のときに、俺、毎週得意げに娘の写真を送っていましたよね。ごめんなさい、本当にごめんなさい。Mさんの気も知らずに」
だって、こちらが教えなかったんだから、仕方がないよね。
「いや、ダメですよ。これはダメなやつです。本当にやらかしちまった」
頭をかきむしっていた。
いえいえ、本当に、やらかしていませんから。
赤ちゃんの写真を見て、俺はとても癒されたんですよ。命っていいなって思ってました。
「ああ、でもMさんの猫ちゃんも同じ命なんですよね。やっぱり、おれ、やらかしちまったんじゃないですか。ごめんなさい。俺、頭を冷やします。またあとで、連絡します」
その日、獅童氏似からの連絡は来なかった。
来たのは、すぐあとに、LINEで自分の頭を叩くゴリラのスタンプだった。
獅童氏似さん、何度も言うけど、やらかしてないですよ。
話は変わるが、大きな災害が起きたとき、いつも思うのは、自衛隊、消防、警察の方々のありがたさ。
頭が下がります。
いま人命の重さを一番知っているのは、この方々かもしれない。