杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

地酒ファンのコミュニケーションエンジニアリング

2009-07-15 12:14:46 | しずおか地酒研究会

 13日(月)は、昼間、東京の某ホテルで、ホテルの企画として『吟醸王国しずおか』パイロット版試写会&トークセッションを開催したいという有難い申し出をいただき、打ち合わせに行ってきました。静岡県出身で地酒ファンの総支配人が、テレビ版『しずおか吟醸物語』を観て、うちのホテルで応援したい!と名乗りを上げてくださったのです。

 

 地元じゃなくて東京からこういうお話が来たというのは、感慨深いこと。思えば、1年前のパイロット版初上映のときも、静岡よりも東京のギャラリーのほうが温かくて好意的で、情報量の多い大消費地で、生産量の少ない静岡酒の実力を認め、積極的にチョイスされる方々のモノの見方が、自分が目指す映像の方向性に合っていたことを確認できて嬉しかった…!。今回も、まさに、昨年来から続く在京静岡酒ファンのネットワークによって実現します。

 

 ビジネスベースで販売戦略や集金システムを構築しようとするギョーカイ人の方々からは、「なんでいきなり東京のホテルでそんなことができるの?」「酒造組合に頼んだの?」「どこの代理店の口利き?」なんて聞かれそうですが(実際に聞いてきた広告会社の人もいましたが)、ファンの口コミというのは、ホント、いざというとき大変な力になります。これも、静岡の蔵元が、ファンの気持ちを大事にした、ファンが自ら応援したくなるというような品質を築いてきた証拠であり、映画作りも、蔵元側のウリを押しつけるPRビデオではなく、ファンが見たい・知りたい蔵元の素顔を追っている=ファンの気持ちを代弁する思いで取り組んでいるからかなと思います。

 東京のファンのほうが、静岡の酒は「探し求めないと買えない」飢餓感を持っているからこそ、思いが深いのでしょうね…。

 

 開催は10月初旬を予定しています。詳細が決まったらご報告しますので、在京静岡酒ファンのみなさま、また昨年のパイロット版をご覧のみなさま、今回は東京では初披露の映像もふんだんに入った09バージョンですので、ぜひご期待くださいまし!

 

 

Imgp1190  さて、13日は夜、静岡へ戻って(社)静岡県ニュービジネス協議会中部サロンを取材しました。講師は㈱リクルートHR静岡グループ・ゼネラルマネージャーの大黒光一さん。リクルートって、1960年に大学新聞専門の広告会社として創業し、就職情報、住宅情報、旅行、中古車、生涯学習、結婚情報、子育て、タウン情報等など、あらゆる生活情報を網羅し、紙ベース・ネット・イベント研修などさまざまな方法で発信していますよね。

 グループ会社がいくつあって、社員が何人いるのか、把握できないぐらいだそうですが、グループ内では転職異動は本人の自由意思だそうで、上司は命令できないとか。社員に出て行かれた会社は、魅力のない組織だというレッテルを貼られるので、上司はウカウカしてられない…つねに「クライアント先(の組織風土や社員のモチベーション)と、自社を比較し、自社の市場価値を確認する」…そんな社風のようです。

  

 Imgp1189_2順風満帆に成長したように見えるリクルートさんですが、大黒さん曰く、「新規事業の成功率は1勝9敗です」と苦笑いします。新しく挑戦したものがすんなり当たればラッキー。失敗しても挑戦しないよりはいいと、いたって明快です。

 

 

 さて、大黒さんのお話の中で興味深かったのは、静岡県出身の学生の就職動向です。この春、県内の高校を卒業した18000人の進路を調査したところ、県内大学・短大に進学したのは約4500人、東京へ進学したのは約8300人、東海圏に進学したのは約2500人、関西へは約1300人でした。

 

 県内に進学した人はそのまま地元へ、県外に出た人もUターンしてくれれば県内企業としては申し分ないわけですが、実は静岡県はUターン率が25%ぐらい。7割以上の学生は、県外へ出て行ったまま、戻ってこないのです。とくに県東部出身者はUターン率が低く、有名進学校のひとつN高などは、ほとんどが首都圏の有名大学に進み、そのまま就職、というパターンだそうです。

 

 かつて、静岡県はUターン率の高い県として知られていましたが、県内大学→地元企業の人も5割ぐらいしかいないというから、Uターン優秀県なんて言ってられない状況です。

 今、東大や早慶などのトップクラスの学生のもとには、米国グーグルやマイクロソフト、韓国サムスンといった海外企業が、3年生のうちから奨学金を出して研究活動を支援し、卒業後はそのまま就職…などというパターンも。「うちは静大や県大の学生さえ採れればいい」なんて言っている県内企業は、優秀な人材が県外・海外へ吸い上げられている現実に早く気づくべきだと、大黒さんも注意喚起します。

 

 

 サロン終了後は、さすがリクルートさんだけあって、本やマガジンなどお土産資料をどっさりいただきました。

 その中に人材開発トレーナー大川修二氏の『人材価値による経営の時代』(幻冬舎刊・1400円)がありました。サロンImgp1192 は1000円の参加費なのに、ビール飲み放題・軽食付きで、1400円のお土産が付くなんてラッキー!と思って帰宅後、パラパラとめくってみたら、ケーススタディで紹介されていたのが、業務用酒類卸日本一の㈱カクヤスでした。1年365日毎日配達、ビール1本でも無料配達、都内23区内ならビール1本2時間以内、契約外の店にも夜9時までに注文があればビール1本から届けて現金支払いOK等など画期的なサービスで、大卒の3代目社長が、社員16人のこじんまりした典型的な酒類業務卸販売の店を、社員650人・売上630億円の急成長企業に育てました。

 

 「ディスカウント酒屋の成功事例か、どうせ品質重視のメーカーや蔵元とは縁のない酒屋だろうな」と思いつつ、読み進めると、これがなかなか面白い。成功の秘訣とは、私もよく知る酒の業界の旧態依然とした世界で、スタッフをいかにやる気にさせるか、スタッフ自身で判断し動かせる組織を作るかという経営手法=コミュニケーションエンジニアリングを機能させたこと。著者の大川氏が挙げた、この会社の5つの特徴が印象に残りました。

 

つねに顧客の立場に立って考えようとする姿勢が明確で、顧客の声によく耳を傾けている。

意思決定の基準が確立され一貫している。

相当に困難なことであっても、良いと思えることや、必要なことはまず実践。その上で結果を検証し、当初の仮説を常に修正・補強していこうとする姿勢が浸透している。

 「やりたい」という思いに突き動かされた提案・実践がなされている。

階層や役割に縛られない本音のコミュニケーションが交わされており、そのことによって上記4つの特性が顕在化している。

 

 

 私は組織で働いた経験がほとんどないので、想像するしかありませんが、しずおか地酒研究会や吟醸王国しずおか製作プロジェクトは、③や④がベースになっているかも…と少し自信が湧いてきました。

 静岡酒ファンのために地酒サロンや映画制作を手掛けるのは、エンジニアリング(技術)などとは言えない、趣味の範疇の作業ですが、リクリートさんが提唱し、カクヤスで成功したコミュニケーションエンジニアリングとは、根っこの部分で共鳴できるような気がします。

 

 『人材価値による経営の時代』、興味のある方は、ぜひ読んでみてください。