お待たせしました。4月2日に開催した第41回しずおか地酒サロン『松崎晴雄さんの日本酒トレンド解説~2013静岡県清酒鑑評会を振り返って』、急ぎ書き起こしました。ライターが主宰する地酒の会の唯一の強みは、こうしてすぐに内容を活字化できるぐらいなので(苦笑)。
会の開催にあたり、ご協力をいただいたみなさま、当日ご参加のみなさま、本当にありがとうございました。体調不良等でやむなくキャンセルされた方々、都合がつかずに参加できなかった方々にも、少しでも松崎さんの“静岡酒愛”“吟醸酒愛”をお届けできれば幸いです。
第41回しずおか地酒サロン『松崎晴雄さんの日本酒トレンド解説~2013静岡県清酒鑑評会を振り返って』 その1(文責/鈴木真弓)
□日時 2013年4月2日(火) 19時~20時30分
□会場 静岡労政会館5階会議室
毎年この時期、静岡へ来てお話させていただいております。ありがとうございます。今日は吟醸酒の歴史をふまえて鑑評会のことについてお話しようと思います。
まずは今年の静岡県清酒鑑評会について、最初に今期の酒造り全般の傾向からお話しようと思います。
今期は寒さが厳しく、酒造りにとっては好条件で、環境的には恵まれていました。一方、原料である米はというと、ブドウの出来具合によって品質が左右されるワイン等に比べると、日本酒の場合はさほど影響はないといわれますが、今春、全国の酒蔵や鑑評会を巡って当事者の声を聞く限り、一様に「今期は米がよくなかった、米に苦労した」という反応でした。
昨年はとくに凶作でもなければ大きな自然災害もなかったのですが、ひとつは、猛暑による高温障害の問題ですね。実っているけれど中身がよくない。酒を仕込むとき、米が硬くて融けていかないのですね。酒造りとは、米のデンプンを麹によって糖化させ、酵母が栄養にして発酵させるというメカニズムです。米が溶けていかないと結果として味がのらない・・・そんな苦労があったと聞きました。
実際に、各地の新酒鑑評会で出品酒を唎いても、そんな傾向が見受けられました。元来、新酒というのは若い状態の酒が多いのですが、例年に比べるとさらに味が軽い。気候的には寒すぎるくらい寒く、低温発酵できれいに仕上がったという面もあろうかと思いますが、結果として、全国的に味の軽い酒が多かったという印象でした。
日本酒にとって最高の米といわれる山田錦を、北海道から九州までほとんどの酒蔵が最高級の大吟醸=鑑評会出品用に使うわけですが、山田錦で仕込んだ酒らしい、味のふくらみや伸びやかさというものが、今期はどうも感じられませんでした。
山田錦以外の米はどうかといえば、代表的な酒造好適米の五百万石、静岡県でいえば誉富士、東北の方ではササニシキのような飯米も使いますし、銘柄米ではない一般米も酒造りに活用されていますが、どの米も共通してあまりよくない出来だったようです。
先ほども触れたように米によって酒の出来が決定してしまうわけではありませんが、出来たての新酒というのは、米の素性や性質が出やすいものですので、その点から見ても軽い酒が多いという印象ですね。一昨年、大震災があった年も同じような傾向でした。冬が寒く、その前年の夏が非常に暑く、結果として酒が軽かった。新酒のこの時期、新酒特有の荒さや強さがなく、サラッとしていました。
では静岡の酒はどうだったかというと、本来、静岡県の酒造りは、あまり米を溶かさず、硬めに仕込み、きれいに仕上げます。麹造りも長期低温ですので、今期特有のハンディはあまり感じず、逆に言えば、静岡流の酒は今年のような米の不出来な年にも影響を受けず、静岡らしさを保っている、と言えるでしょう。
静岡県清酒鑑評会には吟醸の部と純米の部の2部門あります。純米の部は純米らしく味が濃く、太めになる傾向がありますが、全体的にバランス感のよい酒が多かったですね。
一方、吟醸の部の出品酒は、純米よりも精米歩合が5%ほど高く、醸造アルコールも添加しますので、元来、純米よりも繊細で軽いのですが、これに加え、ほとんどの出品酒が兵庫県産山田錦を使用しますので、今期の山田錦の特徴が影響し、若干、例年よりも硬さや細さを感じました。それでも他県に比べると、静岡県の酒は米の影響をあまり受けていないと思われます。静岡県の吟醸酒のスタイルがしっかり確立されているからでしょう。
毎度のことながら、県の鑑評会はトップの県知事賞を決めるわけですが、1次審査、2次審査をやって、結審(最終審査)に残った中で最も静岡県らしい酒、というのを私は選ばせてもらいました。
他の審査員の先生方も静岡の酒のスタイルをよく熟知された方々です。静岡スタイルというのを言葉で表現するのはなかなか難しいのですが、少なくとも審査員の先生方の中では共通のコンセンサスがとれていたと思います。結果としてそのイメージがぶれることなく、結審まで一貫していた。県知事賞は結審では1品、満場一致で決まったようです。審査会としてのレベルも年々向上していると思います。
酒の審査というのは、最終的には人間の官能審査です。人が唎き酒をして選ぶわけですね。そこに審査員の人としての感性が大事なファクターとしてかかわってきます。その中から選ばれた県知事賞は、静岡を代表する、最も静岡らしい酒と言って支障ないでしょう。(審査結果はこちらを)。
温暖化の影響により、毎年暑い夏が続いています。その中で、米の品質をいかに保持していくかは、米に限らず他の作物でも同じ課題だと思います。酒米の作り方や栽培適地などを見直す時期にも来ているように思います。
山田錦は兵庫県の山間部が主産地です。昔は灘の酒が日本酒のトレンドを推し進めて来た代表格でしたが、山田錦というのは、本来なら灘が持っている酒造りの技術、風土に適した技術を背景に生まれてきたものです。この地域の特異性というものが、だんだん変化しているように感じますね。
もちろん、日本酒は嗜好品ですから時代に合わせて変えていかなければならないでしょうし、造り手が世代交代している影響もあるでしょう。それでも、日本酒が今、全体に消費低迷する中、本来持っていた地域性や風土に根ざした技術を見直し、より、酒質の違いを意識しながら残す努力をしていかなければ、違うジャンルのものに凌駕されてしまうのではないか、と危惧しています。
それは造り手だけが意識し、こだわっていてもダメで、流通業者や消費者にも理解を進める努力が必要です。その点、静岡県は、造り手と売り手と飲み手が一体となって静岡吟醸という形を守っています。静岡の酒は川上から川下まで一体となって守って伝えている。
酒自体の出来不出来や技術的にどうこう、というよりも、静岡吟醸がそういう形で守られているというところに、得難い気高さを感じます。(つづく)