杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

しずおか地酒サロン~2015静岡県清酒鑑評会をふりかえる

2015-04-01 21:46:00 | しずおか地酒研究会

 3月26日(木)夜、松崎晴雄さんを迎えての恒例春のしずおか地酒サロンを開催しました。会場は昨年と同じ、満寿一酒造の故増井浩二さんが蔵で使用していたテーブルのある建築家の事務所ギャラリーです(昨年の様子はこちら)。しずおか地酒研究会の催事は、今までこのブログで事前告知と参加者募集を行いましたが、今回は会員メールとフェイスブックでの告知で即満席になりました。各地で「日本酒ブーム再来」という声を聞く中、私のような個人がやってるささやかな小宴もその恩恵に浴することができたのか・・・とジワジワ手応え。当ブログでの告知をお待ちになった奇特な方がいらしたら申し訳ありません・・・。

 ということで、少し遅くなりましたが、いつものように松崎さんの講話を再録します。松崎さんは今年2年ぶりに静岡県清酒鑑評会審査員を務められたので、県鑑評会のお話から。

 

 第43回しずおか地酒サロン 松崎晴雄さんの日本酒トレンド解説~2015静岡県清酒鑑評会をふりかえって

□日時 2015年3月26日(木) 19時~22時

□会場 Salon de SAANA 酒井信吾建築設計事務所&永田デザイン建築設計事務所 

 

 

 みなさまこんばんは。毎年こういう機会をいただいておりますが、昨年は海外出張のため静岡県清酒鑑評会の審査に参加できず、この会でも審査の話ではなく、「杜氏の流派」について、磯自慢の多田さんのような名杜氏を前に緊張してお話させていただきました。2年ぶりに審査に参加出来ましたので、まずは県の審査の動向について、次いで全国の酒質のトレンドなどについてお話ししようと思います。

 

 静岡県では例年、吟醸酒・純米吟醸酒の2部門審査をさせていただきます。出品点数は22~23蔵から計90点弱。1審・2審でふるいにかけて最後に残った数点で決審するというやり方ですが、今回は吟醸酒部門は3審まで行って決着が付かず、最後に残った3品で決選投票を行ないました。白熱した大接戦でした。その結果、「開運」が県知事賞に決まったわけですが、これは静岡県全体のレベルが非常に高く、甲乙つけがたかったということでしょう。人間が審査することですので、なかなかズバッと割り切って決めるということが出来ないんですね。その大変さを改めて実感しました。

 1位になった「開運」は香りもさることながら、味のふくらみやまるみがたっぷりして非常にバランスがとれていましたね。2位の「花の舞」も静岡酵母らしい爽やかな香りでしたが開運に比べるとまだ若く、後口が硬い感じがしました。3位「磯自慢」も香りに“切れ込み”のある非常に静岡らしい爽快で繊細な酒でした。最後3品の審査では、味にふくらみがある「開運」に軍配が上がったということでしょうか。

 いずれにしても3者3様、非常に静岡らしい素晴らしい酒だったことは間違いありません。静岡酵母の特徴がよく出ており、どれが1位になってもおかしくなかったと思います。吟醸酒の場合は醸造アルコールを添加しますので、切れ味がよく、軽快で、審査していてもその特徴を感じたわけですが、3月13日の審査会ではどちらかというと純米吟醸のほうが軽やかで静岡らしさを感じました。というのは、吟醸の部のほうは全体的に“甘い酒”が多い、という印象だったのです。それに比べると純米吟醸のほうが若干酸が効いてアルコール度数も低めですので、静岡らしいスッキリ感や繊細さを感じた。ところが10日後の3月23日の一般公開では吟醸の部のほうが切れもあり、酒の軽さやバランスがよく、やっぱり吟醸のほうが全体的に出来がよかった。審査のときとは違う印象でしたね。純米はわずか10日で味がかなり進んだようです。香味とも締まった感じで酒質としてのバランスのとれたアルコール添加酒のほうが全体的に勝っていたかなと思いました。

 

 静岡の酒が甘く感じたのは、米が溶けて甘みが出ているのではないかと思われます。例年、静岡の酒はスカッとしていてどちらかといえば後口が硬いのが特徴で、搾って間もない新酒らしい苦味や渋味があったのですが、今年は例年に比べて味が出ているという印象です。米が溶けて甘みが残るというのは全国的な傾向のようで、まだ新酒鑑評会が始まる前の2月ぐらいから、一部の蔵元さんから「例年に比べて米の出来がよくない」と聞いていました。もちろん米が溶けなければいい酒は出来ないのですが、溶け方がよくないと。酵母が米の糖分を栄養にしてアルコール醗酵するわけですが、アルコールがあまり出ないうちから米の溶けがどんどん進んでしまい、結果的に米の甘みが残ってしまった。山田錦を筆頭に酒造米全体にその傾向があったようです。

 今年私にとっては静岡県の審査会が一番最初で、その後、福島県の審査にも参加したのですが、福島でも若干そういう傾向がありました。昨日(3月25日)は大阪国税局の研究会に参加しましたが、味が甘くて重い酒が多かったという印象です。あまりいい傾向ではないのですが、ある種、現時点でまとまっている酒は味が進みすぎて、この先、味がもっと重くなってしまうのではないか・・・。もちろん鑑評会出品酒というのは特別な酒で、市販酒に即影響するというわけではありませんが、今年の酒質についてはそのような傾向があり、若干心配ではあります。

 酒が甘くなっているという傾向はここ10年ぐらいのトレンドです。米が溶ける、暖冬傾向にあるという条件以外に、酵母の特徴と麹の造り方にその理由があるような気がします。非常に香りの高い酵母を使うのが鑑評会用吟醸酒の主流になっており、それが市販酒として評価される傾向にあるようです。香りが高い酒というのは、相応の味の厚みも必要になります。最終的に味も香りもボリューム感のある酒にしていこうということになる。そういう酒は麹造りでグルコース濃度を上げる。昔、吟醸酒は酒粕をたくさん出してきれいな酒にするというのが常道でしたが、最近はグルコース濃度がひとつの目安になっているようですね。逆に静岡の酒はわりと硬めで軽くてカラッとしたスタイルの麹を造るので、今のトレンドとは一線を画しており、それが静岡酒たるゆえんであろうかと思います。

 なぜ甘くて濃密な酒が流行っているのかというと、ひとつは淡麗辛口への反動ですね。新潟の「久保田」「八海山」「上善水如」に代表される淡麗辛口酒が時代を席巻したのは1980年代から90年代半ばぐらい。水のように飲みやすい酒が一世風靡し、焼酎やパック酒まで“飲みやすさ”をウリにするようになりました。酒の同質化はやがて反動を生みます。若い造り手を中心に「無濾過」などインパクトのある酒や、香りの高い酵母へも対応するようになり、流れは完全に「芳醇旨口」へと変わりました。それは酒の呑み方自体の変化ともかかわりがあると思います。

 酒は、すいすいジャブジャブ呑めればいいやというものから、美味しい酒を少しずつ呑んで料理を愉しむというスタイル、酒そのものよりその場の雰囲気や美味しい料理を愉しむというスタイルに変わっています。若い世代でアルコールを呑まない人が増えているということもあるでしょう。食生活を見ても、出汁と素材の味を生かした和食に合う淡麗な日本酒、というよりも、居酒屋のメニューをみても食材は国産のものでも味付けは多国籍といいますか、さまざまな調味料を駆使した創作料理が増えている。そういう料理と合わせるとなると、香りや味に幅やふくらみのある酒のほうが合うのでしょう。飲酒の動向や食べ物の趣向性が多様化しているということが日本酒の酒質に少なからず影響しているようです。

 中には黒麹や白麹を使った酒というのも登場し、日本酒の多様化に伴って貯蔵や流通が発達していろいろな酒がいい状態で呑めるようになった。これも大きな要因です。酒飲みにとってはありがたい時代です。多様化し、個性的な酒が増えてきたというのは、日本酒が醸造酒であり、複雑な工程を経て人間の技術が介在している酒だからこそ、と思います。

 

 日本酒の蔵元は1400~1500社ほどありますが、それぞれの地域の食文化との組み合わせによって永く続いているという側面もあります。その土地の料理と合わせたときの味わいというのは、今風の特殊な創作料理との食べ合わせとは違う意味でゆるぎなく存在していると思います。このサロンでも何度かお話していますが、地酒というのはその土地で呑むのが美味しいと断言できます。静岡の酒は新潟とは違いますが酸の少ない淡麗型の酒です。数値上では辛口タイプ。そこに静岡酵母特有の爽やかなリンゴ、バナナ、梨のような香りが加わり、新鮮で素材に手を余り加えない魚料理や、苦味のある山菜等にも非常に合う。素材の持つ微妙な味わいにもマッチすると思っています。

 

 地酒は地元で呑むのが美味しいという理由を私なりにいろいろ考えてみると、ひとつはその土地の気候風土、とりわけ温度湿度が関係しているのではないかと。「地酒はその土地で呑むのが美味い」というのは情緒的な意味合いや、地元のほうが酒の回転がいいから等と言われ、自分もそうだろうと思っていたのですが、実際、旅行先で呑んで美味しかった酒を買って東京で呑んでみたらさほど感動しなかったり、蔵元から直接買ったのに蔵で呑んだときのほうが美味しかった・・・という経験もあって、これはその土地の温度や湿度が微妙に人間の生理に影響しているのではなかろうかと考えました。これは酒に限らず、食材や調味料でも同じことかもしれません。

 15~16年前の3月頃、ロサンジェルスからニューヨークへ移動したとき、ロスは砂漠地帯で暑く、ニューヨークは雪が降るくらい寒かった。同じ純米酒を呑んだら全然違う味だったのです。ロスでは冷酒で、ニューヨークでは常温だったと思いますが、ニューヨークで呑んだときのほうが断然美味しかった。同じ酒とは思えないダイナミックな差を感じました。飲み手の生理的な情態というのが酒の味に大きく影響するとつくづく実感しました。

 

  

 「芳醇旨口」が今のトレンドだといわれます。旨口というのは日本酒特有の表現ですが、ようするに米の旨味を生かした甘口ということでしょう。若い造り手は自分のブランドを立ち上げたり、従来とは違う新しい酒質で勝負しています。そんな中で、高い香りを敬遠するという人も増えているようです。新しい酒質を模索する中で香りの高い酒は何杯もお代わりできるような酒ではないと判断し、おだやかな味に戻ってきた。静岡の酒のようなタイプを目指すと標榜する蔵も登場しており、(県外では使用不可の)静岡酵母と同じ酢酸イソアミル系の金沢酵母(協会14号=市販酵母)を使う蔵が増えてきました。また協会酵母一番のロングセラー・6号酵母を使う「新政」のように、独自の醸造哲学と乳酸を使わず白麹で酒母を造るという大胆な姿勢の蔵元が、若い造り手に非常に注目されています。

 

 かつて淡麗辛口が一世風靡した頃は、その反動から芳醇旨口に流れ、芳醇旨口全盛の今、そこから脱却して独自性を構築しようという流れが生まれつつあります。ひとつの流行が行き過ぎるとそのより戻しが来る・・・そんな反動の繰り返しが20年ぐらいの周期で来ているようですが、その中にあって静岡の酒は独自のスタイルを貫き、完全に定着していますね。来年2016年は静岡酵母がブレイクした1986年から30周年という記念すべき年です。先日の県の審査会ではリアルタイムで当時を知らない若い審査員がいました。私は当時、審査員ではありませんでしたが、静岡酵母の酒に出合って衝撃と感動を受けた、その経験を若い世代に伝えるべきだろうとも思っています。東京でもぜひ何か出来れば、と考えております。来年はしずおか地酒研究会も20周年だそうですから、ぜひ大々的にやりましょう。(文責/鈴木真弓)