週刊文春10月14日号
「阿川佐和子のこの人に会いたい」より抜粋
野口 月を目指したアポロ計画が終わって以降、アメリカはスペースシャトルで大勢の人を宇宙に
送り込み、一方ロシアは宇宙ステーションでの長期滞在に向かう時代に切り換ったように見
えます。が、実はアメリカも狙いは宇宙ステーションで長期滞在をすることだったんです。
ロシアはそこにまっしぐらにいき、アメリカはまず宇宙ステーションとの往復のために、再利用
できるシャトルを計画した。アポロ計画が高くついたのは使い捨てのロケットだったからだ、そ
れを旅客機のように繰り返し使えるようにすればグッと安くなるはずだ、と。ところが計画がい
ろいろと変更されるうちに肝心の行き先が抜け落ちて、シャトルだけが残ったんです。
阿川 浮き場がまだできていないのに、連絡線だけが先にできちゃった。
野口 それは正しい理解ですよ。すぺスシャトルは1981年から飛んでいるけれど、ISSの組み立
てに使われるようになったのは90年代の終わりから。そこで本来の計画に戻ったともいえる
んです。
阿川 初めてシャトルが地球に帰ってきたとき、「エッ着陸するの?飛行機みたい。」って衝撃でし
たもんね。
野口 またすぐ飛べそうな感じでしたよね。でも、思ったより再利用が簡単ではなかった。もともと
の計画では着陸したら点検して、2週間後にはまた飛ばせるはずだったんだけど、実際には
帰ってくるときに機体を守る耐熱タイルやロケットエンジンの点検、
修理に3,4ヶ月かかって、お金もムチャクチャかかったんです。
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野口 ロシアはソユーズという切り札を持っているので、少なくともこの10年は安泰ですよ。
阿川 ソユーズはそんなに信憑性が高いんですか?
野口 使い捨てだからこそ、改良できるんですよ。前に阿川さんに会ったとき、アメリカはデジタ
ル、ロシアはアナログでいつまでも古いものを使っていると言いましたけど、
今回ロシアにどっぷり浸って解りました。ソユーズは毎回、
新品を作るから中身をどんどん変えていくんです。
むしろシャトルのほうが変化していなかった。帰るのに非常に高くつくから。
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野口 日本には種子島宇宙センターというしっかりとした打ち上げ基地があって、HーⅡBというい
いロケットも持っているから、まずはそれでHTVを着実に上げる。これに小惑星探査機の「は
やぶさ」を体験に突入させる技術も持っています。これらをうまく組み合わせれば、
帰ってこれるんじゃないかと。そこまでは来ている。
阿川 宇宙宅配便業?
野口 宅配便がうまくいけば、次はナマモノを運びたいじゃないですか。人間というナマモノを乗せ
られれば有人宇宙船になる。そうすれば日本独自の交通機関としての宇宙船ができるんじゃ
ないかと僕は思いますけどね。
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阿川 日本人の宇宙飛行士に求められているものついてはいかがですか。毛利衛さんの時代は
科学者でしたが、最近の日本人宇宙飛行士は、野口さんはじめ皆さん、技術者の四角で宇
宙に行く流れになっているでしょう。
野口 たぶん二つの道がある。ひとつは、「こぼう」ができて、そこでの化学実験の利用が中心に
なってくるので、もう一度、科学者の時代になる可能性がある。来年ISSに行く予定の古川聡
さんがそうです。
阿川 お医者さんですよね。
野口 そう。もうひとつの道は、ずっと外国の宇宙船にお世話になってきたけど、自前の有人宇宙
船をつくろうじゃないかと。そうすると今度は往復するパイロットが必要になる可能性がありま
す。JAZAは3人の新人宇宙飛行士を採用しましたが、そのうち2人が航空機のパイロットな
んですね。
阿川 自立できる方向に、少しずつ近づいているってことですか。
野口 自立せず、今のままのほうが成果は出しやすいと思います。一番大変な宇宙に行くこと自
体を外国にお任せして、「きぼう」で化学実験に専念すれば・・・。
阿川 そりゃ、そのほうが楽だ。
野口 そう。だから事業仕分けに乗っかって、成果を明確に出せ、といわれたら、
その路線で行くしかないんです。全員科学者になるしかない。
でも、50年、100年後を考えたとき、日本がずっと宇宙でやっていくには、
やっぱり自前のロケットがないとためでしょうと。スペースシャトルに
おんぶに抱っこで、次いでソユーズズにおんぶに抱っこで、ということをいつまで繰り返す
のか?僕としては種子島から日本人が日本のロケットに乗っていける時代にしなきゃ、
と思いますね。