評価点:80点/2016年/イギリス・アメリカ/113分
監督:アリエル・ヴロメン
配役がすでにそそられる。
ロンドンで諜報活動をしていたCIAエージェントのビル・ポープ(ライアン・レイノルズ)は、アメリカ軍のあらゆるシステムにハッキングできるシステムを開発したハッカー“ダッチマン”をかくまっていた。
ハッカーは身元の安全を保証するために多額の金をビルに要求していたが、そのことを知ったテロリストがビルを見つけ出し殺害した。
多額の金も、ハッカーの居所も全く不明なまま殺されてしまい、CIAとテロリストたちは途方に暮れてしまう。
そこで、CIAは研究段階であり、死者の記憶を人間の記憶に転写するという方法を、囚人ジェリコ(ケヴィン・コスナー)に施術することを決断する。
その囚人は生まれつき脳に欠損があり、その部分に転写することになる。
粗暴な囚人ジェリコは、次第に転写されたビルの記憶がよみがえってくるが……。
例によってアマゾン・プライムで見た。
今年初めての鑑賞で、やっと一本目を見ることができた。
またしばらく厳しそうなので、面白い作品に出会えて嬉しく思っている。
あまりストーリーは役に立たないかもしれない。
実際に見た方がわかりやすいし、むしろ文字にするとリアリティがない。
完全なフィクションでも、そこに入り込むだけの説得力がある。
その理由はあとで触れるとして、見る価値は十分にあるだろう。
ゲイリー・オールドマン、ケヴィン・コスナーという名前を聞いて期待できる人は、特におすすめだ。
▼以下はネタバレあり▼
見ながら、「これは「フェイス/オフ」だね」と思っていた。
もちろん、全く別物だが、それでも二人の男がお互いの人生に踏み込んでいく姿は、共通している部分がある。
何より「ありえないこと」を「ありえるかもしれない」と説得力をもって描いたことは共通しているだろう。
映画的なサスペンスを、フィクションとリアルを交えながら楽しませてくれるのは、希有なことだ。
ハッカーをかくまったCIAエージェントのビルの記憶を、囚人に転写する。
そのことによって、彼しか知らなかった情報をよみがえらせることができる。
一見するとわかりにくいが、これも往来の物語になっている。
囚人ジェリコにとって、ビルの記憶は外からやってきたもので、そして彼に定着するという形で終わる。
浦島太郎型と言ってもいいし、桃太郎型といってもいいだろう。
お互いにとって非日常的な人格を、死後もう一度体験する。
諜報員でありながら、人間的にすばらしい経験をもつビリーが死ぬ。
その記憶を、先天的な感情や理解の能力がない男が受け継ぐ。
転生の物語であり、復活の物語、そして変身の物語なのである。
非常に難しい役を、ベテランのケヴィン・コスナーが演じきっている。
あやしげな装置や、トミー・リー・ジョーンズの配役が見事で、ありえないことがさも有り得るような演出によって観客を信じ込ませる。
もちろん、この時点で「そんなあほな」と思った人はおそらくその後の展開は全く面白くなかっただろう。
だが、ビルの立体的な人間像が描かれることによって引き込まれる。
諜報活動をしてきた仕事人としてのビルと、家庭をもっているビルとが交錯することで、単なる諜報員といったレベルではなく、深いレベルに観客を連れて行く。
ちょうど「フェイス/オフ」でキャスター・トロイの内面に深く入っていくニコラス・ケイジのように。
妻役のジルの演技も心を揺さぶる。
死んでしまったはずの夫の記憶をもつ男がいきなり現れた恐怖と、戸惑い、そしてそれが確信できたときの喜び。
そこには物語の典型を踏襲しながらも、死者がよみがえる、という人間にとっての普遍的な望みも込められている。
アクション、サスペンス、さまざまな要素が絡む面白い作品だが、その中心にあるのは人間的なドラマだ。
相手を殺す方法が、やたらと粗暴なのも、またうまい。
その見せ方が非常にうまかったし、だからこそ、どのように事件を解決するのかがわくわくする。
この映画を少し冷静に、抽象化して考えるなら、やはり私たちは外見よりも中身を重視する傾向にあるということだろう。
記憶をただ転写した全く別の人間を「私の夫」や「私の部下」と考えられるのは、心理や知性、記憶が私たちにとって重要な「アイデンティティ」であるということだ。
逆に言えば、ジェリコは単なる入れ物になってしまったのかもしれない。
だから、ラストは賛否があるかもしれない。
私はそのままジェリコが死んでしまってもよかったと思うが、それだとあまりに悲しすぎるか。
ラストと冒頭が完全につながるようにできているのは、綺麗なシナリオではあるのだが。
とうせなら、顔もライアン・レイノルズに整形してもらって(フェイス/オフ)、新しい人生を生き直してもいい。
(ブラック・コメディになるけれど)
蛇足だが、邦題は正直センスのなさを感じるものになった。
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