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前回のブログでは、「不登校の子に、親ができること」を掲載しました。
今回は、その続きとなります。
前回、私が出会った不登校の生徒のお母さんのエピソードを紹介しました。
「『もう今のところ、この子は、学校へ行かなくてもかまわない』と私が思い始めた頃から、家での子どもの様子が落ち着いてきました」
このように、わが子の不登校を経験したうえで、それをのりこえてきたお母さんが語っておられました。
そのお母さんは、さらにもう一つ、大切なことを述べておられました。
「わが子が学校に行かなくなったとき、私も悩み、焦りました。家庭では、たいへんな毎日がしばらく続きました。
でも、あるとき、近くに『不登校の子の親の会』があることを知ったのです。
その会で、わが子が不登校になっている、ほかの親御さんと出会うことができました。お互いに悩みを話す内に、私は『悩んでいるのは自分だけではないのだ』と思えたのです。」
そのお母さんは、続けました。
「これだけでも、いくぶんか心が軽くなりました。その上、その会の紹介で、専門の先生に相談にのってもらうことができました。『学校に行かないこの子は、今、心を休めている時期なんです』・・・。
だったら、今は学校に行かなくてもかまわない。相談のあと、このように私は思えるようになったのです。」・・・・・・・・・・
お母さんのこの言葉は、「不登校の子に、親ができること」の重要なヒントを示唆しています。
その一つは、⑤親が一人にならないこと、家庭が地域と孤立しないことが、不登校の子どもを支えるということです。
子どもが不登校になった親は、ほかの子どもが元気に学校へ行っている様子を見て、ある意味で肩身の狭い思いをしていることもあるでしょう。あまり外に出たくないという気持ちにもなるかもしれません。
でも、このお母さんはちがっていました。ちょっと行ってみようと「不登校の親の会」に参加しました。
また、お父さんは地域でのスポーツ活動に関わっていました。お姉さんは、「普通に」学校生活を楽しんでいました(もちろん、不登校の弟のことを、気にかけながらですが)。
さらに、私が出会った別の不登校の子がいました。この子のお母さんは、「子どもが学校に行っていないから、私だけでも学校で何かやらないと・・・」といって、中学校のPTAの委員を積極的に引き受けてくださいました。
このように、家族がふだん通りに生活し、家庭外の人との人間関係を絶やさないようにすることで、様々な人からの協力を得ることもできるでしょう。
そのような親の姿勢が、いかに不登校の子ども本人の心(自分のせいで家族を苦しめているという思いこみ)を軽くすることかと、私はしみじみと思います。
そして、⑥親が、専門の先生(SCなどの臨床心理士や心療内科の医師など)に相談することも有効な手立てだと思います。
もともと、不登校は、いじめと同様に、どの子にも起こる可能性があるという認識が必要です。
いまの世の中を生きる子どもは、様々な矛盾の中で生きています。人と人との関係が薄くなり、自分のことだけに関心が向きやすいという社会状況も子どもたちに影を落とします。
また思春期ともなると、理想と現実のギャップに直面し、思い悩むこともあるでしょう。
三中生にもあてはまることですが、ある意味で、「中学校は悩むのが仕事である」とも言えます。
不登校の子は、そのような現代の社会の矛盾に、ほかの子どもより少しだけ敏感に反応し、翼を休めて、家にいるという選択をした子どもたちであると考えることができます。
この点で、不登校の子は、ほかの子どもたちよりも感受性の鋭い子どもたちである、と見なすこともできるでしょう。
このようなアドバイスを、専門の先生は、されたのかもしれません。先のお母さんは、専門の先生からアドバイスを受け、今のわが子の状態を理解でき、納得して、「いまは学校に行かなくてもいい」と感じられたのでしょう。
結果的に、私が出会ったお母さんの子どもは、中1の途中から不登校になったのですが、不登校を乗り越え、中3からほぼ毎日、学校へ来れるようになり、高校進学を果たしていったのです。そしていまは保険会社の営業の仕事をしています。
不登校の克服には、長い時間がかかることもあります。しかし、その子のことを気にかけ心配し、親をはじめとする人たちが気長につきあって、かかわっていくことで(このことは、どの子にとっても重要ですが)、再登校の道は開かれていくのです。