大阪市にある西成区は、社会的に「弱者」に追い込まれた人たちを支援するしくみがあるまちです。
あいりん地区は、わたしも訪れたことがあります。
もとは、1900年代のはじめに、日雇い労働者が住む地区として作られました。
日本の高度経済成長をあいりん地区が支えたという歴史があります。
たとえば、1970年の大阪万博のときの建設ラッシュに日雇い労働に従事した人は、高齢になるのと、長引く経済不況の影響を受け、生活が困窮している人も多いのです。
行政も一生けんめいに、低所得者を支援しましたが、行き届かないことがありました。
そのため、民間人が日雇い労働者・野宿生活者の支援を始めたという経過があります。
いま、大阪市の生活保護受給率は5%ほどですが、西成区はおよそ23%にもなります。
そもそも学校の先生は、子どもを理解するというとき、学校での様子だけでなく、その子が背負って登校してきている背後まで見ようとします。
その点で、西成の学校の先生は、目の前にいる子が、家庭や地域で親や本人が困難を抱えているかもしれないという「まなざし」を向ける人が多いのです。
そして、その「まなざし」は西成の学校の先生だけでなく、地域の支援者ももっています。
それが、温かいまち西成です。
わたしは個人的に、大阪の人の温かさの真髄は、西成にあるとまで考えています。
おそらく、全国をみても、また大阪府内をみても、生活困窮者を支援する活動は多くありますが、それは行政サービスの枠内で行われることが多いのです。
しかし、西成の支援者は、制度と制度の間(すきま)に落ちた子どもやおとなを見つけ、その人たちの願いや何を必要としているかにあわせて、支援をつくっていこうとするのです。
支援者は互いにつながりあっています。そして、ふつうなら児童養護施設に入る子どもでも、本人が望むなら、見守りを厚くすることで親のそばで暮らせる方法を見つけます。
法や制度はもちろん必要です。地域コミュニティは法や制度のもとでつくられていきます。
しかし西成は、そこで暮らす人たちの声から支援をかたちづくっていくのです。
いま「誰ひとり取り残さない」という言葉があちらこちらでよく使われていますが、言葉の響きだけを借りている取り組みや事業・活動もあります。
西成のやっていることは、社会的な「弱者」が大事にされ、重きが置かれるコミュニティがあることを教えてくれるのです。
でも、学校教育の分野に限定したとしても、西成の学校の教職員は、特別なことをしているのでしょうか?
特別なことではなく、学校の教師が子どもの願い・声を聴き、その子にとってベストな利益になることを行うことは、シンプルかつ普遍的な理念です。
その意味では、どこの地域、どこの学校でも、実情にあわせ追究できることではないでしょうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます