箕面三中もと校長から〜教育関係者のつぶやき〜

2015年度から2018年度に大阪府の箕面三中の校長を務めました。おもに学校教育と子育てに関する情報をのせています。

人間どうしのふれあいができる「民泊」

2021年09月25日 06時07分00秒 | 教育・子育てあれこれ


沖縄本島の近くに伊江島があります。

沖縄戦では、この島にもアメリカ軍は来襲さぞした。

艦砲射撃により、島の人びと約4000人のうち、約1500名が亡くなりました。

沖縄戦が終わってからでも、3年後の1948年にアメリカ軍の爆弾処理船が伊江島の港で爆発しました。

そのときちょうど沖縄本島からの連絡船が着いたところで、下船中の人が巻き込まれました。100名を超える死者が出ました。



さて、多くの犠牲者が出たその伊江島では、いま修学旅行生の民泊を受け入れいています。

民泊では、修学旅行生がホテルには泊まるかわりに、沖縄の民家に泊めてもらいます。

地元の沖縄家庭料理を出してもらったり、パイナップルを収穫したり、サーターアンダーギーを手作りしたり、農作物を取り入れたり、貝殻を集めたアクセサリーをつくったり、三線を教えてもらったり・・・。

このような体験活動をできるのが大きなメリットです。

民家さんは家族と同様に修学旅行の中学生を受け入れてくれ1泊2日を共に過ごしてくれます。

ホテルでは味わえないような地元のおっちゃん・おばちゃん・おじい・おばあ、また小さな子と人間的なふれあいができます。

わずか一泊ですが、生徒にとっては貴重な体験をすることができます。

民泊最後のお別れでは、次の動画のように民家さんとのお別れを惜しむ生徒がいます。





ただ、その島は76年前に1500名もの住民の命がなくなった場所であり、港はいまから73年前に100名を超える死者が出るという「悲しい現実」があった場所であることを、生徒たちは忘れてはならないのです。


1 コメント

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Unknown (makako12521726)
2021-09-25 16:44:25
驚きました。いつもブログを拝見させてもらっていて時々コメントさせてもらったりしています。私は伊江島で生まれ育ち、大人になってからまた島で生活しています。
周りに民泊をしていた人も多いですが、コロナ禍では、殆どがストップしているようです。
島人である私には民泊で子供達がどんなことを感じていくのかピンとこない事の方が多いですが、あの別れのシーンをみると、
素敵な時間を過ごしたことは伝わってきますね。
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