今回の東北の撮影の旅の最後は岩手県の北部の草棟を求めて走る。
岩手県を初めて訪れたのは21世紀になってから、まだ現役で勤めていたので五日の短い行程だった。盛岡まで新幹線で行きレンタカーで青森まで行った。
三陸の観光もあり茅葺の撮影はわずかであった。青森で茅葺民家を撮っている人に茅葺の所在を教えてもらった。その時の印象は茅葺はまだ沢山残っていた。
その後、歩行障害になり手術や治療で五年以上訪れる事はなかった。
この間に岩手の草棟の環境は厳しいものだった。
このエリアは酪農中心の地域などで離職する人が多かった。
集落が消えているところもあった。
以前から撮っていた人は草棟の素朴な民家を残しているが時すでに遅しの感は否めない。
それでも今も残る民家は貴重である。廃屋になった民家もコツコツ拾っていくことにした。
九戸インターから九戸葛巻を国道に沿って走った。あとは旧山形村を走り一日の行程終わり。
葛巻町は国道沿いに沢山あったがすくなくなっている。
山形村は枝道に入ればのこっていそうだ。
茅葺民家を通して人々の暮らす集落を訪れるのが旅の目的。
温泉も観光地もなく、こんな目的がないと決して行かない土地である。
今回は牛も民家も見掛けなかった
岩手県を初めて訪れたのは21世紀になってから、まだ現役で勤めていたので五日の短い行程だった。盛岡まで新幹線で行きレンタカーで青森まで行った。
三陸の観光もあり茅葺の撮影はわずかであった。青森で茅葺民家を撮っている人に茅葺の所在を教えてもらった。その時の印象は茅葺はまだ沢山残っていた。
その後、歩行障害になり手術や治療で五年以上訪れる事はなかった。
この間に岩手の草棟の環境は厳しいものだった。
このエリアは酪農中心の地域などで離職する人が多かった。
集落が消えているところもあった。
以前から撮っていた人は草棟の素朴な民家を残しているが時すでに遅しの感は否めない。
それでも今も残る民家は貴重である。廃屋になった民家もコツコツ拾っていくことにした。
九戸インターから九戸葛巻を国道に沿って走った。あとは旧山形村を走り一日の行程終わり。
葛巻町は国道沿いに沢山あったがすくなくなっている。
山形村は枝道に入ればのこっていそうだ。
茅葺民家を通して人々の暮らす集落を訪れるのが旅の目的。
温泉も観光地もなく、こんな目的がないと決して行かない土地である。
今回は牛も民家も見掛けなかった