河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

美術館防災 地震対策

2017-06-26 21:32:23 | 絵画

まずこの国は地震の巣窟であり、どこにいても地震の被害から免れることはできない。地球の表面を覆うプレートが5つあり日本は半分に仕切られている。活断層はあちこちにあり、温泉のある街には傍に危険がある。地形を見ればどこがどうなるかは想像がつく。

美術館は美術品にとって、生き延びるための最後の砦あるから、自然災害の他、人災からも避難できていなければならない。地震が来て、津波に襲われて電源喪失し、メルトダウンして水素爆発、そして放射能で汚染されましたでは済まされないことが、この国では起きてしまう。これは人災だと言えるほどの過失が原因の「事件(事故ではない)」だ。不作為はどうして起きるのか、もう十分教訓は得られたはずだろう。しかし、野党の質問に「いやそんな津波は来やしない、十分な対策がされている」と言った総理大臣がいた。大震災の前に対策が出来たにもかかわらず、何もしようとしなかった政治が繰り返される。そして政治は責任を取らないで、国民に税金の中に復興税なるものを払わせる。(これは期間限定ではない税金である)

この国の防災意識の低さは致命的だ。国民性として論理的思考が出来なくて、情緒的な結論へいつも向かう傾向がある。東北大震災で有名になった「バイアスがかかった見方」という言葉は「偏った見方」と言う意味だが、論理的偏向ではなく「情緒的な自己満足」が働くためだ。だから政治の議論の場でさえ、曖昧かつ不明な結果が生じる。

「そんなことは起きてい欲しくない」が「そんなことが起きるはずはないだろう」に変わる。それが悪いことにもう一つの国民性である「集団の価値観への共鳴」となっている。

この国では自然災害は永遠に繰り返し、人も財産も失われているのに対策は合理的に進んでいない。つまり人為災害を併発する。

 

西洋美術館は1993年に始まった前庭の地下に企画展示館を建設するプロジェクトを始めた時点で、前庭にあった屋外彫刻の地震対策を計画し始めた。ロダン作の《地獄の門》は元の位置近くに再設置することになって、コンクリートの地下展示室の上に置くことになった。これらは建築の当初計画に補強が組み込まれ、100トンぐらいの荷重に耐えることが求められた。(最終的には彫刻が10トン、台座と周囲の基台で60トンぐらいだった)他には《地獄の門》の両脇に《アダム》と《エヴァ》、また前庭の真ん中辺りに《カレーの市民》、西側に《考える人》、中央の正門を入った正面にはブールデルの《弓を引くヘラクレス》が設置される計画だった。結局、地下の企画館の天井である前庭はコンクリートで覆われ、平米当たり5トン、梁の上では15トン、垂直な受けとなる壁や柱の上では50トンに耐えるはずであった。と言うのも再設置前に《地獄の門》を内側から接合し支えている鉄骨が錆びて、すでに全体の重さで座屈し始めていたので、将来が保証されなかったから、新しくステンレスの骨組に交換することも同時に行わなければならなかったから、前庭に寝かせて古い骨組みを撤去し、新たに取り付ける処置が行われることもこの計画に入っていた。

私は絵画が専門の修復家であるが、美術館の保存修復担当となれば、絵画、彫刻から紙物、織物までコーディネート出来ることが求められた。こうしたプロジェクトはお金がかかる。防災目的の特例の予算要求を行い、事業はプロポーザル入札を行う予定であった。しかし、いつの間にか当時の施設係長の独断で一般競争入札となっていた。要は施設担当は「免振装置付き工事」をどのように扱ってよいか分からなかったので、それまで経験してきた一般競争入札にしてしまったのである。そこで落札した竹中工務店は社命で、この工事を取りに来た。西洋美術館のネームヴァリューに儲け無しの価格で応札したのである。(それに近かった奥村組は残念であったが)じかし一般競争入札が災いをもたらした。入札結果を受け入れたということは、竹中の工事案を受け入れたということで、内容の変更は通常あり得ない。ここで工事価格もひょっとして増額させたかもしれなかったが、私がプロポーザルで求めた条件に合致しない免振装置が提案されていたのをひっくり返したのだ。もし中くらいの地震の後、《地獄の門》が動いて元の位置に戻らなかったら、笑い事では済まない。だからどうしても竹中が提案したお皿状のテフロン盤の上を滑って地震力を軽減する方法は心配でたまらなかったのだ。

何故、竹中を取り上げたかと言うと、あまりに意気込みのすごさが伝わってきて、一緒に仕事をやっているという感覚は初めてだったから。結局、私の望みを理解して受け入れてくれた。(これには今でも感謝している)そういうことで緩やかな局面を棒状のベアリングが滑る機構に変更して、必ず元の位置に戻ることを確認した。(費用が余計にかかったに違いない。改めて設計からやり直させたのだから。)

97年に始まった工事内容は毎週の会議で詳細を文書にして提案して、合意を取る方法で進められた。問題点は即改善されたし、タイムリーに現場の責任者が決定、実現された。私はこんな手はずに曇りのない仕事は初めてであった。

ロダン作のブロンズ彫刻《地獄の門》のそれ自体の修復処置は工事の最も緊張する仕事だった。何しろ彫刻は21のパーツを裏面からねじで止めて、鉄骨で一体のものとして支えている状態で、この鉄骨が錆びていいて、撤去交換する必要があったから。その処理方法を勘案するのに、パリのロダン美術館が先行して行った交換方法を参考にすべく、報告書を求めに実施を担当したクーベルタン鋳造所の所長を訪ねた。しかし彼の返事は「報告書はないから、口頭で説明する」(後で聞いた話だが、ロダン美術館が報告書を持っていないと言うのはあり得ない話だった。要するに、何か知られるとまずいことが書かれていたのだ)まあ、そういうことで彼は口で説明していることをノートに書き留めて帰国した。

鉄の骨組みを彫刻を立てたまま外すことは不可能。骨組みを取ると自重で形が座屈することが考えられた。というのも、この門は自重を両横の箱型の部分で受けて、全体が2cmばかり浮くように作られていたから。つまり新しい骨組みも、全体が浮くように設計する必要があった。

クーベルタンの所長の話は、彫刻全体を木の枠で固定し、表側から彫刻面に材木を当てて補強して、表を下にして伏せるというものであった。そして裏面の鉄骨を取り去るという単純な方法・・・・実際はそんなに単純ではなかったはずだ。

結局、日本人のやることは、そのアイデアに3倍の強度、3倍の安心を持たせて、彫刻の周りに重量鉄骨で枠を組んで箱型を作り、表面にスタイロフォームで詰め物をし、隙間にポリスチロールを吹き付け充填した。スチロールが発泡する際に出る熱の管理までしてくれた。(正直、そこまでは必要なかった)

この鉄の箱を2台のクレーンで吊って寝かせてから、すこし様子を見た。スチロールのクッションがどれほど重力でつぶされて、全体が沈むか様子を見る必要があったからだ。彫刻は左右対称ではないので、左右で沈み方が異なるはずで、ねじれが生じるのが心配だった。しかし左右の誤差は5mmしか違わず、技術の高さを実感した。しかし今度は古い鉄骨の撤去で、いったん沈んだ彫刻が浮き上がった。その時の誤差は15mmに増えていた。ここでまた新しい骨組みを作らねばならず採寸に追われた。錆びの生じにくいステンレスで、合理的なシンプルな形に設計された。この新しいステンレスの骨組みと彫刻を接合しなければならないが、前の鉄で生じた錆びを防止するために、最も重量で錆が生じやすくなる箇所にブロンズのワッシャーを製作させた。(有)ニッチの職人たちが現場で型を取り、鋳造して作り上げた。(これはロダン美術館の処置より高等な処置だ)ブロンズは銅と錫で出来ていいて、鉄と繋ぐと、異種金属で起きる電食(Fe⁺とCu⁻の間で電気が流れて銅の方がイオン化して溶けだし、鉄は激しく錆びる)が起きていたので、少なくても彫刻本体に錆が生じないようにすることに努めた。もっとも重量を支える箇所は電流は大量に流れると想像できた。新しくステンレスの骨組みが取り付けられたことで彫刻を一体化する剛性は確保された。

相当、高度な配慮によって処置は勧められて満足しているが、ここで肝心の免振装置について述べると、免振性能は阪神淡路大震災で記録された640ガルを八分の一に軽減する、つまり80ガル程度に収める能力が与えられた。80ガルといえばテーブルの上の花瓶が倒れない程度の揺れであるということ。これは2011年の東北大震災で西洋美術館の前庭が揺れた時、その機能を確信した。周りの樹木が揺れている間、《地獄の門》はゆっくりと動いていた。(この時、西洋美術館は企画展のオープニングの式典の最中で、私は外国人の招待客を受け付ける係を命じられていたが、地震が起きると庭に出て彫刻たちを眺めていたら、受付の女性たちに自分だけ避難したとなじられた。ただ自分の仕事を確かめたかっただけなのだが・・・・恨まれてしまった)(職業意識で周りが見えなかった・・・申し訳ありません)

屋内彫刻は他に台座にテフロンを貼り付けたステンレス板を取り付けて、底地面積が増えて転倒防止にした。これらはおよそ250ガル、つまり墓石などが転倒する揺れが加わったときに水平に動き出すように設計した。(観覧者が触った程度では動かない)

絵画については、日本の多くの美術館で採用しているワイヤー吊り展示は直径2mmのステンレス製で、神戸では切れて落下したものもある。もし重量が30kgの絵画であれば神戸の縦揺れでワイヤーが跳ね上がって落ちるときの縦の力(動荷重)で切れてしまう。これを防ぐには額縁の下にブラケットか馬の受けとなるものをつけるのが有効である。横揺れについてはワイヤーが長ければ、免振装置と同じ原理で吊元が短い振動であっても、額縁まで伝わる振動は長周期になって免振される。たとえ揺れても同時に同じ方向に揺れるので隣の絵画とぶつかり合うということはない。

ワイヤーは2mmから3mmに交換した。3mmで企画館のピクチャーレールから500kgの重りを吊って2週間ばかり放置した。これで安心を得た。それでも額縁と壁が打ち合う方向の揺れに対処するには額縁の裏に低反発スポンジか衝撃吸収ゴムを取り付けるしかない。消防法で壁が石膏ボードのような耐火壁でなければならないというのがワイヤー展示の問題で、西洋美術館の新館の壁は改修の時にボッラクス(ホウ素)を浸み込ませた合板を用いることにした。そこに額縁をねじで固定できるようにした。

西洋美術館本館(コルビジエの基本設計になる)はレトロフィットという方式で免振装置が着けられている。当方く大震災の時は大きな船に乗っているような揺れが生じたが、展示されていた絵画では額縁に破損が出た。特定の方向に揺れた作品が壁と打ち合ったために起きたことだが、コルビジエの基本設計というのは美術館としてどうであったかを問われる問題があった。コルビジエのアイデアで低天井部に絵画を展示するようになっていたが、この部分も額縁ごと壁に固定できなかったために、短いワイヤーで吊るほかなかった。説明したように短いワイヤーでは地震の際の揺れは殆ど直接伝わる。改善する方法は壁に直接固定するしかないのである。 

デザインを重視して丸柱を構造体として使ったために地震の多いこの国では強度が不足であったし、展示室に露出させて鑑賞者の視覚を遮ることに配慮しなかった。この柱と柱との間は二点の絵画しか展示できない。大きければ一点だけである。照明も天井から自然光を取り入れるというアイデアであるが、不均一で十分な明るさを確保できなかったので、後日館の方で、明りの取入れ部に蛍光灯を足した。作品保護の空調もついていなかった。冷暖房は屋上に配管が露出した状態で役に立たなかった。何しろ石炭を暖房に使っていたので、初期の外観に煙突がそびえたっていた。(内部の事情を知るものは、これが世界遺産に登録されたことに違和感を感じる)問題は世界遺産や重要文化財に登録されて、改良工事が出来なくなったということである。これも自分の見栄の為にあらゆる現場の問題を無視した当時の館長のせいである。論理的議論が出来ないところには未来はない。

どこでもいろんな問題があるが、学芸員の資質の問題でもある。近年、名古屋市美でラファエル前派の展覧会を開催するとき、案の定展示壁が消防法で決められた石膏ボードの為に、軽い作品以外は壁に固定出来なかった。そこでこちらが勘案した、壁にコンパネを貼って経師する方法を快く採用してくれた。コンパネに力を持たせることで、壁の表面に絵画を固定できた。短い期間に準備が行われる段階で学芸員の防災意識が結実した。

西洋美術館在職中に「美術館・博物館における地震対策」の国際シンポジュウム(ロサンジェルス・ゲッティ美術館による組織化をもとに、アテネ、イスタンブールと現地の研究者の発表を組み込みながら発展させたシンポジュウムの東京会場)を開催できた。東北大震災の二年前であるが、バイリンガルの報告書がかろうじて間に合ったが、震災の対策には間に合わなかっただろう。(この報告書はまだ西洋美術館の売店で購入できると思う)《地獄の門》の免振化工事の報告書も出版したが、在庫があるかどうか?(私も自分の一冊しか持っていないので)

対策は一時的なものではなく、日々の心構えでしょう。


絵画の照明について

2017-06-21 10:52:35 | 絵画

絵画を鑑賞するには光が必要だが、ほとんどの美術館では照明に制限がされている。「美術作品の保存のため展示室は暗くしていあります」という注意書きが必ず見つかるようになってきたが、この注意書きはあくまでも暗いと言って「すぐに怒る人」の為のもので、行儀のよい紳士淑女の為に置かれているのではない。それはそれとして、温湿度の問題と同様に過度の照明には美術品の素材を破壊する力があるので、暗くしているのだ。

光はご存知のように電磁波の一種で、振動する波の波長が短いほど破壊力が強い。一般的にもよく語られる紫外線は波長が可視光線より短く、X線より長い。波長が短い紫外線やX線は目に見えないのが特徴で、我々の体に当たればガンなどの病気を起こす。紫外線には殺菌作用があり、紫外線ランプは食品加工場などの殺菌に用いられたりする。(最近、掃除機に紫外線灯が付いているものがあるが、短時間の照射では菌は死なない。気休めである。)

紫外線には鎖結合した油脂などの結合を切り離してしまう、つまり分解させる力がある。したがって日光が入る部屋の壁に油絵を掛けていると、表面は分解して脆くなっている。また酸化漂白作用があるので顔料によっては彩度が失われかすんだ色になる。また逆に液体の油脂は酸化が促進されて結合力が劣化する。紙のような繊維は、やはり繊維の劣化を起こし、白い紙も茶褐色に焼けを起こす。(必然的に自然光は紫外線除去フィルターで95%以上取り除くために、大きく開けて設計されていた窓には追加の工事を行うことになる。少し暗くなるが屋外が見える程度のフィルターで、閉塞感は免れる。しかし一方で最初から外交の入る窓のない建物が70年代から流行した。ドイツでは徹底して外光を除去し、温度湿度と共に照明も人工的な物に換えた。まるで天井から自然光が入っているように見えたら、担当技術者の高度な手法で違和感を感じさせないように工夫されていることを知ってほしい。)

従って、美術館の展示用照明器具は紫外線の出ない照明具を使ってきたが、紫外線除去された蛍光灯、ハロゲンランプ、タングステンランプなどに加えて、最近ではLEDランプが使われるようになった。先の3種類は熱を放出し、特にタングステンランプは空調の内乱(展示室内部での障害)を起こす原因にもなったが、LEDの登場で熱放出の問題は来館者の体温だけの問題になった。

個々の照明器具にはそれぞれ特性があって、蛍光灯(美術館用の紫外線を除去したもの)は色温度(ケルビンで表す)が高く、つまり実際の色彩より冷たく青白く見えるのである。ハロゲンは色温度はいくらか選べて、太陽光に近いが、熱放出が強く紫外線も出るので、フィルターを必要とする。タングステンは紫外線はないが熱線が強いので、空調の内乱原因として注意が必要。(昔、ニューヨークでダリの作品をテレビカメラで撮影中に、テレビ用照明のハロゲンランプだと思うが、絵の保護に額縁に取り付けられている阿久里に近づけすぎて、アクリルが溶けてダリの絵画面にくっついてしまったという話を聞いたことがある。少しオーバーかもしれないが、それほどハロゲンランプは熱いということだ。しかし撮影用ランプには冷却用ファンが付いているはずだが。)タングステンランプは色味として温かい。色温度が低いということだが、青い空が美しく描かれた風景画には向かない。・・・・そうランプの性格によって皆が見ている絵画は、描かれたときの色彩とは違うものを見ていることを覚悟しなければならない。

そもそも展示室で見る絵画作品の色彩は、温湿度や照明などという保存に不可欠な環境整備によって、もはや事実とは違う状態で鑑賞することを受け入れなければならないのだ。紙類は50~80ルックス、油彩画は180~250ルックスで、彫刻や工芸品の金属や石などは展示室の雰囲気を壊さない程度だ。(石の彫刻にオリジナルの顔料が残っていれば50~80ルックスもあり得る。ちなみに修復室で修復の作業を行うときはテーブルの上は2000ルックスぐらいの明るさを確保する。これはオリジナルの状態を確認し適切な処置を行うためだ。2000ルックスと言うとどれほどのものかと言うと、30ミクロンぐらいの顔料の粒が肉眼で色味を判別できるぐらいだ。0.03mmのインクペンがあるが、白い紙にプツと突いてみて確認すると良い。

展示室で見る水彩画などの色味は良く見えない状態であることは仕方がないが、かつて西武美術館で大英博物館所蔵のレオナルド・ダビンチの素描の展覧会で、大英からスタッフが来て照明を行ったというものを鑑賞したことがあった。80ルックス以上あるように感じたのは、彼らの照明技術の腕が良かったからだろうか?

いずれにせよ、暗い展示室にいきなり入ると何も見えない。個人差はあれど、暗さに慣れるには、おおよそ20分間必要とされる。気の利いた美術館では展示室の入り口から徐々に暗くして、違和感をなくす努力をしている。

さて、温度湿度、そして照明まで人工的に制限されている美術館に、鑑賞に来る人々は長くても2時間程度の滞在で、展示室の環境は全く受け入れられないものとはならないであろう。しかし中で長時間働いている人たちの中には、Museumkrannkheit(ムゼウムクランクハイト 博物館病)と呼ばれる日常生活に少し体調が悪くなる人もいるようである。

私はもちろん美術品のある修復室か大事な図書のある研究室で過ごしていたので、その影響はあったであろうが、仕事中は気にする余裕はなかった。勿論喫煙は禁止されているので、諦めるのが良い。

 

 

工事中です


美術品のための温度と湿度

2017-06-11 11:00:42 | 絵画

夏の展覧会では展示室が寒くて不快に思った人が多いだろう。西洋美術館在職中に来館者の苦情で、よく悩まされた。仕方のない話であるが展覧会の展示室は来館者のためにあるのではなく、展示品の為に環境が設定されているのだから。

美術品の保存環境の温湿度はヨーロッパ標準で温度20~22℃、湿度50~55%である。欧米から美術作品を借用して展覧会を催している西洋美術館としては、この数字が基本になる。これらの基準を守らない限り、西洋美術の展覧会はできないと覚悟して、来館者の苦情をかわそうとしてきた。企画展示を行う地下の展覧会専用展示室の温湿度は設計段階で厳しく注文を付けて、いい加減な建設省の担当者に「将来海外の美術館からクレームが出て、展覧会が出来なくなったら責任を取らせるぞ」と脅して、建築費の三分の一を設備費に回させた自慢の空調設備は、何とも忠実に設定温度湿度を実現できている。20~22℃であるなら、設定は21℃である。湿度は中間の53%で、温湿度記録計は真横に線を引く。しかしこの国の夏はヨーロッパの平均気温と湿度に大きな違いがある。暑い最中に屋外から展示室に入れば体がショックを起こして美術鑑賞どころではなくなる。だからと言って昔のように人のための冷房と暖房にするわけには行かない。そこで試しに温度を1℃上げてみた。何とたった1℃上げただけで苦情が激減した。他に来館者の理解を得るために「展示室内は作品保存のため温度を下げ暗くしてあります」という表示を出した。

この国の人々には、古来より「忍従」という性格が備わっているのをご存じだろうか?「仕方がない」「いちいち苦情を言うのは面倒だから、我慢しよう」という国民性である。政治社会に問題があっても大半の人が我慢しているのは良くはないが・・・・。

私が西洋美術館に任官したのは1990年だが、当時まで来館者のための冷暖房しかやっていなかった。つまり来館者が滞在する9時から5時までの8時間だけであった。当時のこの国では美術品に温度湿度がどれほど影響を与えているかなど、ほとんど考えられていなかった。

(湿度には「絶対湿度」「相対湿度」と二つあるが、絶対湿度はある一定の空間に含まれる湿度の量を表し、相対湿度は同じ空間の同じ絶対湿度であるものが、温度が変化することで含まれる湿度の量が異なるので「相対」という名前になっている。我々が生活する環境では相対湿度を用いる。)(冷暖房は誰にも理解できると思うが、俗に言う「空調」とは「空気調和」の意味である。空気調和するには温度と湿度を調整した空気(雰囲気)を作れる必要がある。機械的に外気に除湿や加湿を行って求める温湿度を作り出す。美術館の場合では過失に使う水はカルシウムなどの不純物を取り除いた「純水」に近いものが使用される。また、外からの空気や来館者の多い展示室からの空気を再度循環する場合は、フィルターを使って埃などを除去する機能も付けられる。最近ではNOx(自動車の排気などに含まれる窒素化合物)を除去するフィルターも付けられる。

西洋美術館での私の仕事はまず24時間空調を実現し、安定した温湿度の保存環境を整備することであったが、学芸課の先輩たちは欧米から美術品を借用する度に厳しく保存条件を突き付けられたので、少しは理解があったが、運営予算の問題だった。24時間の空調予算を要求していなかったために、新たに予算要求するのに事務方は渋ったのだ。作文をして修復予算、保存対策予算として得た新しい予算を生活費に使っててしまう庶務課であったから、館長の号令が必要だった。それが実現したのは、やっと93年になってからである。その時すでに築25年を過ぎた新館の空調機を取り換える計画も同時進行するために、新たな条件に見合う機械の設計と予算要求とが出来る担当者を招聘してい欲しいと庶務や館長に懇願していいたところ、幸いなことに修復室の空調設備を工事してくれた㈱アイハラが推薦してくれた、南極の極地研究所で環境を研究してきた野崎氏を獲得できた。これが大きかった。彼は8時間空調から24時間空調に移行しても僅か20%の追加費用で実現できることを突き止めてくれたのだ。彼には今でも感謝している。彼のお陰で、館長を説得し、24時間空調が出来て、欧米の美術館にやましい気持ちを持たずに済むようになったのだ。・・・・で来館者からの苦情の問題はは後のことだった。

何故、それほど温湿度にこだわるのかと言うと・・・。温度が高くなると物質の劣化を起こす化学反応が進むことはご存じだろう。プラス湿度が高い、あるいは低いで化学的また物理的な変化ももたらすのが有機物質だ。多くの美術品はこの有機物質の塊であって、日々分解、消滅のプロセスにあるのだ。古人の言葉に「形あるものはすべて滅ぶ」というのがあるが、この自然の法則に逆らって、滅び行く美術品の保存は将来の人類のための遺産であるという考えが根付いてきて、科学的な理論に基づいた保存の理念が出来上がってきたのだ。(我々の環境にも「地球温暖化はフェイクだ!!」という馬鹿な大統領がいるくらいだから、抵抗勢力はいつでも、どこにでもいるが・・・。)

科学的な理論での裏付けは、時代の流れでは不可欠の要件になっている。まず油絵を構成する材料についての温湿度の影響について述べる。

まず、油絵は素地としてカンヴァスや木の板、銅板などに描かれている(時にリューベンスのようにスレート石板に描いたものや紙、厚紙、現代美術の作品は何でもありだが・・・。)常識的に、その上に絵具の着きが良いように地塗りを施して、油絵の具で描いてあるが、金属や石のようなもの以外は湿気を吸放出して素地が伸縮する。ここで起きていいることは物理的な変化である。(絵画制作の稿でカンヴァスや板の伸び縮みで絵具が浮き上がり、剥がれることは述べた)板などの素地は長い年月、伸び縮を繰り返していると、やせる・・・つまり形の変形、容積が小さくなるほど縮んで寸法が変わる。フランドル絵画のように樫の板で正目板を選別して用いる伝統が出来たのは、この瘦せによって絵画が台無しになるのを防ぐためである。しかしこのような上質の材木が手に入らなかったフランス北部、スイスの北から南部にかけては信用時の板に描かれることもあって、それらの作品には今日、木目が筋としてくっきりと見えるほどに痩せている。(日本でも屋根瓦の下に敷く野地板は普通杉の板で、長い年月で変形し痩せたり、割れたりしている。このような障害を防ぐため、今日では神社仏閣などの文化財の修復を除いて、合板を用いるのが常識とされる)

その他、湿気を受けることで樹液があるものはカビが生えたり、水分の出入りで植物繊維が加水分解するものもある。こうなると素地として絵具層を支えることが出来なくなり、放置すれば絵画は失われる。この加水分解は素地のみでなく、亜麻仁油など混ぜて描かれた絵具層も、長い間まるで温室のような、夏が高温多湿、冬が冷温乾燥の環境に繰り返し置かれると、絵具面から水に溶けやすい油脂の成分が溶け出して、ぐずぐずの絵具の表面になってしまうことがある。特にこれらは絵具と練り合わせ材(メディウム)が十分に混ぜられていない油絵に起きる。(これらは修復にも良い結果をもたらさない)日本の戦後の画家たちが西洋の油彩画の伝統を学ぶ機会がなく、市販の絵具と紋切り型のメディウムを少し入れ、半光沢の仕上がりが求める理想の状態などと思い込んで描いた人たちの作品は・・・・見る影もない。

同時のカビの害も見受けられるのは、暗い押し入れのような場所に保管していた場合にはてきめんに起きるが、まず黒色にカビが生える。黒に白いカビで目立つから、黒にばかり生えると思い込むが、本物のマダーレーキなどにも生えるし、ほこりが付けばそこにはカビが生え、ついでにダニがカビを食べに来て、飛びクモがダニを食べにやってくる。(クモを殺してはいけない。不精な絵描きの友達だと思えば!!)カビが生えるのは摂氏23度くらいでも、相対湿度65%で十分カビは生える。空気が動いていれば救われるが、閉鎖状態では可能性がある。額縁やカンヴァスの木枠、板絵の素地、カンヴァス地(布)を食べる虫についても同じことで、虫類はそれぞれ適性な温湿度で活動を活発化する。

ヨーロッパの美術博物館の温湿度の標準が20℃~22℃、50%~55%だと述べたが、ヨーロッパに住んでいる人には問題のない環境で、文化財を享受する人の環境に合わされて「妥協」した数値なのだ。これらは美術館同士での展覧会における作品の貸し借りの基準であり、展示室すべての美術品に適用されるが、実際は油彩画も20℃より少し下の方が適切だと言える。油絵の具の油の部分は高温より低温で維持する方が保存に良い。油脂は亀の甲で結合する高分子と違って、横に分子が結合する臭い結合であって、この鎖の間に酸素などが入り易く経年劣化は早い。温度を下げることで遅らせる必要がある。しかし私も20℃と22℃のこの劣化の違いについては良く分からない。

写真フィルムはルーブルでは13℃以下であった。貸し出したり現像したりするたびに、徐々に温度の違う部屋に入れて慣らして20℃まで上げる。これをシーズニングと呼んでいる。これはフィルムが熱に弱く、多湿にも乾燥にも弱いからである。今日のカメラはデジタルであるが、ほんのこの間まで、フィルムであったが、多くの資料がデジタルに置き換えられるために交換作業がなされている。展覧会の中で物によってはクライメイトボックスと呼ばれる特殊な環境を用意する必要がある。刀剣のような湿気でさびやすい鉄製品は湿度は必要ないともいえるが、さやや飾り紐などが一所に展示されないように配慮して、相対湿度45%程度に落としている。

(科学で言うマイクロクライメイトは日本語で「微小気象」というらしい。例えば油絵の表面の温度湿度のような関係が作られているような個所を指して言うらしい。東京国立文化財研究所の偉い先生に「マイクロクライメイトを理解していないとなじられたが、そんなもの知らねえ!!)(実はパステル画のような作品を額装すると中の空間はマイクロクライメイトなのだが、これを科学研究費をもらって実験をやってみたが、結果として正直、私の科学的知識では明確な結果を得られなかった。誰かがいつか報告書を役に立ててくれればと思う。マイクロクライメイトを理解していないと言った先生に教えてもらえればよかったのだが・・・・私のような素人に誰も解説していないではないか。)(マイクロクライメイトの現象の実験では、周辺の条件が普通の日常の状況で、物質の表面に起きている熱交換や湿度の変化などが測定できないと理解できない。また実験の意味がない。基本として、日常の状態をどう捉えるか、そして生じる変化にどう対応できるか知力に技術力が求められる。)

オパールという宝石をご存じだろうか?この石の虹色の輝きは多湿も乾燥も嫌う。一定の基準・・・・つまり安定した温湿度を保つ必要がある。また象牙は乾燥を嫌う・・・・木の製品と近い。乾燥すると細かな亀裂が生じて変形し、取り返しがつかなくなる。日本の文化財で巻物、屏風などは紙の柔軟さを保つために相対湿度60%~65%あたりを要求している。これが本質的に適切がどうかは知らない。しかし冬などのギャラリーの乾燥しすぎの環境で新作などの日本画が裂けるのを見たことがある。これらの少々極端な事例は個別にクライメイトボックスを作って対応するが、中が空調されているとは限らない。密閉によって変化を抑えている程度の話だったりする。

西洋美術館で実現した21℃と相対湿度53%という数字が維持されると「恒温恒湿(こうおんこうしつ)」と呼ばれる。実は安定していることが大事なのだ。いろんな美術館博物館の施設があるが、この国の施設が意外と新しくても、最初から24時間空調や恒温恒湿を実現する気が無ければ機械的に実現できない。事故が起きた時のバックアップについて言えば尚更不十分な施設が多いのだ。だから21℃と55%にしないと貸せないとは言えないので、20℃~22℃、50%から55%とあるていどの遊びを許しているのだが・・・・これに噛みついた国立美術館関係者が居たな・・・。文系は科学を無視するのだ。作品を借用するのに「お前のところは金のかかる木箱を要求して・・・・すぐに段ボールに入れて持ってこい」と怒鳴った近代美術館の副館長をやっている者がいたな。

温湿度は展示だけではなく、収蔵中や輸送中にも厳密に求められる。(輸送中の温湿度の問題は美術品の輸送について述べた稿を参照)

かなり昔、私がドイツのニュールンベルグにあるゲルマン民族博物館で修復の研究生として学んでいた時、修復アトリエでトリオール(シンナーなどに含まれる有機溶剤)を気化させて気分が悪くなった同僚がアトリエの窓を開けた時、悪いものを見ていしまった。窓辺にあった修復中の板絵の細かく亀裂の入った画面に、いきなり亀裂の浮き上がりが生じたのだ。細かに割れた絵具層の端がわずかに10分ほどの間に反り返るのを、実況で変化するのを見てしまったのだ。すぐに大声で同僚を呼んで窓を閉め、状況を説明した。外気は乾燥していて板の部分が裏面に向かって収縮したのである。カンヴァスでも同じことが起きるから。

結局、温度湿度は人間にとって快適な数値に近く、美術品には極力変化のない恒温恒湿の状態が求められる。

おまけの話

西洋美術館で空調関係費の経費節減の問題で、注目されたのは季節の違いである。夏と冬の空調機の運用と中間期と呼ばれる春秋の運用では基準が異なる。夏は冷房モード、冬は暖房モード、春秋は中間期と呼ばれ、冷房と暖房を殆ど交互に動かして空気調和を行う。この中間期は張る嵐や台風などの気象変化が激しい季節であり、温湿度の安定化は機械性能が良いことが求められるし、担当する技術者が丁寧な運用を心掛ける必要がある。秋の台風が多く長引けば電気代が多くかかる。

ほかに西洋美術館は集客力が大きな美術展を頻繁に開催する。展示室での二酸化炭素濃度が6000ppmを超えたことも数ある。これでは気分も悪くなるだろう。しかし一般的には人の多い展示室は2000ppm程度であるが、せっかく空調をしているにもかかわらず、常時換気しなければならないレベルではない。しかし西洋美術館に外注で入っている業者「山武」の担当者が国土交通省の指針で、多くの人が室内に滞留する美術館や劇場などは1200ppm以下に保つように指導しているから、換気すると言ってきかなかった。国交省に認可を取り消されると言う。(馬鹿じゃないか!!雇い主が責任を取ると言っているのに聞かないのだから)

ご存じだろうか森の中の二酸化炭素濃度は約500ppmであり、国交省はそこに準じた数値を守れと基準を作っているのである。当時は民主党の馬淵国交相であったが、当人あてに「この基準は適切とは思えないが説明してい欲しい」と要望書を出したが「無視」された。WHO(世界保健機構)が定める二酸化炭素濃度は「重労働を行う環境で4500ppm程度にすべきだ」としているが、何故この国では美術館が1200pp以下なのか?説明できる基準があるはずもない!!お役所仕事だ。おかげで今も無駄な国民の税金を使って、換気し続けているのだ。ちなみに人間の吐き出す呼気は20000ppmあるとされている。科学は何のためにあるのだろう?

換気を行うときは外調機と言って、取り込む外気を内部の温度湿度の数値に合わすために調整を行う機械を通す。ついでに埃やNOxや硫黄酸化物も除去できるフィルターを通すのは現代では常識である。

 

また展示室が寒く感じる夏がやってくる。