河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

年越しそば、ごちそうさまです

2023-12-31 21:12:13 | 絵画

今日は朝から防風と雨。すごい風でいろんなものが吹き飛んで隣の水産高校の方に飛んで行った。買い物にも行けないほどだが・・・気が付いたらちびりちびりウイスキーをなめていた。これでは運転は出来ないから、行くとしたら歩くしかない。それで家にはあまり飲まないので「もらった酒」がいろいろある。昔、海外出張するとワインとかシェリー酒、ポルトなど気分で飲むだけのものは買ったことがあるが、戸棚に未だに置いてある。それで昔、大田区仲池上の小ビルに住んでいた時、屋上で知人友人を集めてバーベキューをやることがあった時、誰かがお土産に「バレンタインの30年物」を持ってきた人がいた。そっと置いて帰ったので、誰かわからない・・・が、それ相当の意味があった・・・というのも「栓」が開いていたのだ。「あれまあーっと、・・・どうして?」と思って一口飲んでみたら・・・どうも中身はバレンタインではない・・・・30年物どころか12年物のバレンタインでもない・・・独特の甘みが無い別物だから…みんなの前で披露しなかったのだろう。頭をかしげながら何口も飲むと酔うから、水を片手に飲むのが慣例だ。やはり何か食べないとまずい。

毎年大みそかには年越し蕎麦は欠かせないと思って、それだけは特別に用意するのだが・・・今回は特別に「着け鴨そば」と作ろうと、高い合鴨の胸肉を買いに・・・わざわざ高いイズミの食品売り場に出かけたが・・・・ない!!店の人に聞いても、置いてあったかどうかも分からなかった。ただ冷凍のカモの黒ずんだ肉が売られていて・・・しかも高かったので止めた。悔しいのでふてくされて今年は年越しそばは食べないと決めた。

だが、こういう時には「天の声」・・・隣の水産高校の中村先生が「生の出雲そば」に天ぷらにおせちまで持ってこられて・・・そう言えば去年の暮にも、年越しそばとおせちを持ってこられた。恐縮至極デ・・・・今年も年越しそばを食べることにした。「出雲そば」と言えば「わんこそば」が有名。小さな椀にいろんな種類の薬味があって、そうそう昔マリリンと年越しそばを神保町裏の「出雲そば」でわんこそばを二人で食べて、年も暮れの行事のようにしたが・・・・まあ、分かれてしまって、それから年越しそばから遠ざかった。彼女は今日は何をしているかな??誰かと一緒に食事でもしていると良いが。

で、生の出雲そばをゆでて、温そばを食べた。薬味が揃えば「わんこそば」も良かったが。男一人、独り者だからあー、自炊は得意だ、カブを買ってきて「千枚漬け」を作ったら、今回は京都の千枚漬けと勝負が出来そうな味になって一人ご満悦。他にスマガツオを刺身で丸まる一本食べた。ああそうそう、私の食事の席には猫が十匹近く周囲を固めて、すきあらばちょっかいの毎日。家族だから仕方がない・・・猫も年越しそばを食べたから、きっといい歳が迎えられるだろう。


くたびれた一年だったが・・・・

2023-12-30 23:11:29 | 絵画

この一年を総括するか?・・・・無視するか?

年の暮れには、一年を振り返ってみるのが日本人の習慣になっているようだが、いろいろありすぎて負の思いしか残らなければ思い出さない方が良いだろう。もし多くを失ったとしても、生きるためには前を向いていなければならない運命にある。

生命の時間は片時も止まらないから、大事に思ってきたことが無にされても、それは自分がしたことでは無ければ無視すべきだろう。

しかしどうしても受け入れてはいけない「自分の生き方」を捻じ曲げてくることは許してはいけない。自分を失わないことが明日なのだから。

良いお年を!!


コメントにお答えします2(加筆しました)

2023-12-10 18:42:34 | 絵画

誰かが私のブログを読んでくれていると思っただけで気持ちがぞくぞくします。

で、今回も同じ人だと思いますが、質問にお答えします。

特に輸送の件で、パリからマドリードの陸路の輸送ですが、まず距離が長いこと・・・おそらく1000kmを超えているでしょう。それからトラックは日本の様に空調完備とはいかないでしょう。ほとんどの家庭でもエアコンを入れ居ている家は無いと思います。パリからだとシェヌーという美術品輸送会社が担当しますが、シャルルドゴールからパリ市内のプチパレと距離が短くても、エアコンは付いていませんでした。普通は可能な限り空路で輸送できる方法を選びます。そしてお考えの様に最短距離で陸路は考えます。でも何故に陸路で長距離を「一泊」を入れて運んだのか・・・良いことはありません。日本国内で1000kmを超える東京から博多に輸送する場合、途中一泊することがあります。この場合、京都か大阪で保税倉庫のような空調完備の倉庫にトラックごと保管して、荷物は出すことはありません。そして翌朝、運転手も助手もゆっくり休めた状態で再出発します。

美術品の梱包について一言:

現在の西洋美術館の絵画を輸送する木箱(クレート)は今から40年以上前にヤマト美術梱包の小松さんという古株の大御所が作り上げたもので、単純な一重箱を二重箱のする段階で、木箱の内側に防水シートを貼り、そこに50mmの発泡スチロールを周囲にあてがい、その中にもう一つの箱が来るようにしてある。この中も同じ繰り返しで発泡スチロールの内側には段ボール板でスチロールが崩れにくいようにしてある。そしてスポンジが来る。このスポンジは硬くてはいけない。今日のヤマトには硬くないと中で絵画が飛び跳ねると考えている者が居るが・・・間違いである。力学的に硬いものは柔らかいものより衝撃を伝える。箱を建てた時に中の作品がすこしスポンジに食い込む程度が正しい。外からの衝撃は大方これで吸収できるが更に中の絵画は額の裏側にキャンバス保護の板が付けられ、誰かが輸送の取り扱いの際にキャンバス裏面を触らないようにしていある。この当たりの絵画に治する配慮は私の時代に加えられた。額は直接ビニールやエアキャップで包まず、薄葉紙で先に包む。これはビニールには柔軟性を保つために「酸化剤」が含まれているから・・・気にしすぎかも? そして蓋も二重にすることになる。外箱には各美術館が分かりやすいように油性ペイントを塗る。フランスでは外箱のペイントは禁止であるが、彼らはISO労働基準で一人当たり60kg以上持たないように規約を作っている。そこで彼らは多く、このクレートを床の上で引きずるので、ペイントが床に着く・・・のを嫌がっている。しかしペイントは空港で航空機に搬入の際にエプロン(航空機の発着場)に放置される場合、いきなり雨が降ることがあるし、高度を飛行する機内でクレートが冷えて、その後いきなり地上に降りてくると箱表面に結露するので、大事な防水対策なのだが、フランス人は床の汚れを気にする。

パリで荷物を降ろして直ぐ積み込んで出発はあり得ないでしょう。クーリエとして添乗して機内で一泊して疲れていて、まだそのまま陸路を走ることはあり得ないかったでしょう。市内なら別ですがね。ということは先に輸送計画をヤマトや日通の国際便担当者に相手側と輸送計画を作っていいたでしょうから、クーリエの都合にに配慮します。

クーリエは輸送する場合、時差ボケに注意します。ぼーとしては役に立たないので、席もビジネスクラスにするのが常識です。

しかしあえてフランクフルト経由で空路で輸送せずに、パリからのんびり旅を楽しんだのか???問題はビルバオでしょう!!??

ビルバオには最も現代的なデザインの現代美術館「グーゲンハイム美術館」があります。ここには巨大な現代アートが展示されていて、図画工作の行き着くところという感じです。現代アート嫌いの私だけど「楽しんで」しまった。ここで一泊してからというのは結構楽しいでしょう。それからピカソがビルバオの悲劇「ゲルニカ」を描いた場所でもあります。実はここでIIC(International Insutitute of こらConservation) の国際会議があって私も訪ねたことがあります。食事は美味しいけどホテル代は高かったです。長居はできませんで、いそいでマドリッドに飛行機で移ったのを憶えています。

それから修復室の運営ですが、私は修復室・室長であったにもかかわらず、館長と学芸課長に部屋のカギを取り上げられて、研究室に閉じ込められて、修復は外注で外の修復家に任せて、嫌がらせの課題として「美術館の地震対策について報告書を書け」と命じられたのです。ですから修復室に入ることが出来ずにいたところ、私物を取りに行って「ロセッティ」の偽物を出会ったのです。修復するためではありません。学芸課長が気に入ったのでしょう??・・・購入するつもりでいたようで、私は「いくら何でもまずい」とたしなめたのです。機嫌が悪かったでしょう。

まあ、どれほどのパワハラでも、周囲からは「打たれ強い河口」と言われたものです。

でも、もし私に女房子供が居て、学校で子供がいじめに遭っていたら、モンスターピアレントになって殴り込んでいるでしょうね。

ま、北斎も70歳からと言っていたようですから、人生はこれからでしょう。

 

 


くたびれると美味しいものが欲しい!!

2023-12-08 20:20:16 | 絵画

私の読者は、備忘録をさぞかしウンザリして読まれたことでしょう。

申し訳ありませんでした。

今後気を付けます・・・・なんて無理!!でっす。

今日は少し気分転換して、倉庫の整理をしました。私の大事な宝は道具・工具ですが、トンカチや包丁それぞれ20本持っている程度で「精神異常」」扱いした奴がいたけど・・・今日は鑿(のみ)を整理したら、なんと100本以上あって、潮風でさび付き、悲しい。これらを全て磨くあるいは砥石で研ぐと何日かかるだろうか。一本に1~2時間として・・・気が遠くなる。もし大田区の仲池上のまま住み続けていたら、普通のさびで簡単だったろう。ここ浜田に来て鉄製品、電気製品、ストーブなど壊れてしまって、家の裏に投げてある。ほって置いたら錆びて朽ちてこの世からなくなる。美術館時代に竹中工務店からもらったコンクリートを運ぶ一輪車だが、庭の片隅で消えた。跡形もない。・・・・それだけではない。このところ暴風が激しくて。庭の生垣だったヒノキが伸びすぎて大風の餌食になって、水産高校の実習棟に寄りかかって倒れたが、始末にも困った。また倒れそうだ。もうここには住めない。だから山口に引っ越す。しかしどうしても水辺が好きで椹野川の河口に土地を買った。また錆が出るだろう。

とにかく私の生甲斐は物を作る事。だから道具は大事にし、「現場」が生きる場所だ。机の上で「資料文献」を読んでいては何も作り出せない。昔フリランスの時、久留米のブリヂストン美術館でダンテ・ガブリエル・ロセッティの展覧会を開催した時、作品管理で出張し、昔懐かしい風情の商店街で見つけた金物屋で「彫刻刀」15本組を見つけた。桐の箱に入った手で突くのみだ。つまり大まかに削ためのものではなく、仕上げで微妙な彫りにするのみだ。プロ仕様で、自分には飾りだろう。この15本は桐の箱に入っていたせいで、一切錆びはない。じつはこの彫刻刀を使う機会をうかがうための「材木」があるのだが「柿の木」なのだ。柿の材は心材が黒く異常な模様をしている。その部分に人の顔が来るような彫刻を掘りたい。しかし美しいものではなく、ファンタジーで少し気味の悪いイメージが好き。

こんなふうに私の最近の生活で「創作活動」から遠ざかると、頭の中で欲求不満が爆発。しかし「案」ばかりで具体性が無いと、机の上で「資料文献」を読んでいる連中と変わらない。そうする内に「食い物」に目が良く。TVでカニの宣伝をしていると「カニ」が食べたい・・・と・・・冷凍もの、既にゆでたものはいけない。また境港(鳥取県)に行ってこようかと思う。しかしこのところ海は時化(じけ)で漁獲が無いかも・・あるいはあってもすごく高価。しかし生でないと味が落ちるからいやだ。

なんてね。

そうそう、昆布と鰹節でうどんの出汁を取ると、どっちかというと鰹節より、昆布は捨てがたい・・。だから昆布はさらに柔らかくふやかしてから、千切りし、しょうゆ、みりん、さとうで煮て、煮昆布の佃煮にする。干しシイタケを買ってきて、これも水でふやかして千切りにして一緒に煮る・・と驚くような美味しい煮昆布の佃煮が出来る。だし汁は一緒に煮るから「売り物」とは格の違う味が出来る。醤油だれがあればそのまま熱いご飯にのせて混ぜて食べると・・・・いや他の野菜とか食べずに食事が終わってしまうのでいけないが・・・。今日は他に干しだらの甘煮を作った。とにかくエンゲル係数は大で、買い物癖が付いていて、紙にメモしたもの以外に大量の暴走買い、また1万円越え・・・猫の餌の他、自分のお菓子とまんじゅうを買った。体重76kgから脱却できません。

近いうちに岩国の実家に帰ってきます。実は誰も居ないのに電気代が2700円以上かかっているのです。ブレーカーは落してあるので気持ち悪いです。木刀を持参します。