河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

芸大受験パート2

2019-01-30 00:50:52 | 絵画

なんでまたパート2を書くか?いや私としては、最近のこの国の美術あるいは世界的な流れが、全く面白くないと思うから、どうしても一言余計に言いたくなる。

で、東京芸大のホームページを見られたい!!今年の4月からの授業料を値上げすることについて、面々と書かれている。これまで53万5800円であったものが、19年度から64万2960円、つまり20%の値上げを行うというのだから・・・・それは理屈の一つも述べなければ済むまい。国立大学では東京工業大学についで2校目だという。これまでの授業料には「文部科学省標準額」というのがあって、これに従っていたのであるが・・・・。で、さらに、これに消費税10%が加算されるのかね?

理由が洒落ている。つまり「優秀な芸術家を育てる」のだそうだ。そのために施設設備を改善したり、奨学金などをもうけ、海外からの講師なども招聘するという。これに対し、私の疑問として「授業料を値上げすれば、優秀な芸術家が育つのでしょうか?」と。この値上げを決めた教授会、大学経営陣にお尋ねしたい。

私はパート1で「芸大は芸術家を育てるところではない」と述べているので、その続きを明確にしておきたい。

まず、これまでこの国の文化の在り方として、NHKでも頻繁に「芸術」とか「アート」とかの表現が使われるが、何が芸術で、何がアートなのか明確にしたことはない。それは大変難しい「哲学的解釈」が必要で、中途半端に語れないからだろう。国語辞典を引いて、理解出来る者が居るとしたら、そいつは詐欺師みたいな奴だろう。ごまかし、あいまいはこの国の国民性。私も実は明確には答えられない。いくら正確に答えられないかと言って、放置するのではなく、少なくても「表現すべてが芸術」というような無責任な扱いをせず、少なくても「表現が芸術性を持つための最低の条件」についてドイツの社会学者アーノルド・ハウザーの言葉を引用してきた。だから「芸術家を育てる」という言い方、さらに「優秀」が付けば、奥歯が浮くような気分になるが、「芸術家は育てられるか?」という疑問を呈したい。

そもそも、巷に「芸術家」とか「アーティスト」という言葉があふれているので、そのポピュラリティのレベルの低さに乗じて、「芸術家を育てる」などと言っているのではないか?芸大の教授陣の中に「芸術家」はいないから・・・育てられないのでは?

教える側は「有能」でなければならない。さもなければ、実力で生きなければならない「美術界」で、生き残れないことは見えている。だから自分の教授の「能力」は絶えず学生が聞き耳を立てるだけの「名言」や「刺激」を待っているのであるから、足元を見ている。

芸大入試の出題の仕方を見ても、「多様性のある才能」を集めようとしているように思えない。観念アートも視覚表現の美術も区別しないところに、芸術表現の理解が行われているようには思えないから、学生になった者は混乱するだろう。

「芸術」と呼ばれるものは、そこいらに転がっていない。個人の心の中で育まれて、その者が習得した表現手段で現実に現れるものだ。だから芸大、美大はその手段を獲得できるように技術や知識を与え、その優れた使い方を教える機関であるべきだ。つまり「教育機関」だ。私がいた東京造形大学は現代美術を売りにして、価値観の多様性を教示させたが、表現方法の巧みな技術などには無関心であった。その点、東京芸大には施設設備が整っていて、うらやましかったが・・・・教授陣は?

私が受験したころには、学生に教えるだけの「技術は知識」を持った教授はいなかった。今もいないだろう。

この現代は物事が観念的に捉えられ、実感が伴わないつまり言葉で表したことが、現実的ではないのだ。きれいごとは政治家の言葉に象徴される。いろんなパンフレットには「嘘に近い」表現が日常的に用いられる。そして現代人はそうした一つ一つに疑問を持たなくなってしまった。「優秀な芸術家を育てるために・・・値上げをする」と理解できますか??!!

その芸大のホームページの大半を占めるのはその授業料の払い方などであって、「お金をください!!」と言ったページなのです。

今時、高校卒業と同時に就職する者はほとんど居なくて、70%からの若者が大学進学している。昔、一県一博(博物館)と言って、何処の県も美術館、博物館を欲しがって、そのうち市町村にまで美術館ブームがおきた。そして大学も県立、市立。私立の大学はもっと数を増やした。文科省がどんなに、設置基準を緩めたか、モリカケ問題を思い出せば想像がつくでしょう。しかも補助金を出して文科省予算を増額させ、税金の無駄遣いをさせているのも分かるでしょう。そうすると大学の入学金、授業料が高騰して、教育が国の政治ではなく、経済界の要求から出来上がるのを理解出来るでしょう。前にも述べた「大学は労働者の製造工場」だと思える集団の価値観を作り出して状況を操作していることを。

芸大は2022年までに3億円の増収を見込んでいるそうな。昨年、日大の錬金術について昼のワイドショウで解説していたけど・・・・刺激されたのかねぇ?

いずれにせよ、お金で芸術家は育たないぞ!!

 

 


芸大受験パート1

2019-01-25 13:50:55 | 絵画

芸大を受験したころは何時だっただろう?1970年だから、もう半世紀前になるか。当時、絵画科受験は44倍で大難関だった。浪人は当たり前の時代。一番多く合格するのは1浪、次は2浪、3浪、4浪と続き、現役で合格するものは50人中一人であった。だから現役で合格するのは2000倍以上だったとも言える。

芸大の受験方法は学科より実技が重要視される。それは当然で実技の専門性が重大な用件で、才能というより、ある程度の嗜好で質が確保されているのを見抜く必要があったから仕方がないことだ。学科が出来ても絵が描けなければ専門性はないと言える。

一次試験は石膏デッサンの実技だ。これで2200人から200人に絞り込まれ、二次試験は油絵で、人物画や受験会場の風景などがテーマ、あるいは日本画の場合には水彩画電話でガラスの器に盛られた花やいろんな小物を描かされる実技が試験される。当時の受験で出されるテーマは「描写」を中心とした分かりやすいものだった。

しかし今日は様変わりしている。

最近は受験倍率は44倍なんてなくて、17倍とか18倍とからしい。しかし合格枠は50人のままだ。大学側としては現代状況に応じた学生の募集方法に改良を加えるのは当然だろう。美術系でも多くの私学や地方自治体の創立した中途半端な大学が乱立していて、、言葉巧みに重厚なパンフレットに虚飾に近い勧誘内容が書かれていて、現実離れさせている。

私の愛弟子のKちゃんに東京芸大受験募集要項を見せてもらった。「なんじゃこれ!!」の連発!!で現代アートの主題そのまんまで、「観念的理解」が求められていて、描写力は何時も必要だと思えるのだが、それを逡巡させる内容だ。一時の石膏デッサンは確かに石膏像はあるのだが、前回までの傾向ではデザイン専攻では「ブルータス像の頭にフラフープ」が載っているのを描くのが試験で出題。私だったらムカついて受験場で騒いだだろう・・・・尊敬するミケランジェロ作品「ブルータス」の頭に「ゴミ」が載っている!!・・・このジジイと言われるかも。二次試験では平面構成や立体構成などと普通だが。日本画専攻は一次が石膏デッサンで二次試験は普通に花や静物を描かせているらしいが、今までの試験より15時間と時間を与えて伝統的な描写を求めているといえるだろう。油彩画専攻では一次試験では「空中、地上、水中をイメージして、与えられた石とゴムシート」を5時間で描けと。なんと二次試験では「テントから出入りする人物がいる」のを18時間で描けというのがテーマだった。このテーマは観念アートであって、美術ではないものを受け入れるように強制しているように受け取れる。そのまま写生的に描くか、抽象的に描くか、観念的に捉えるかは自由だったらしいが、しかし観念アートまで視野に入れて受験させるのは間違いではないか!!要するに感覚的な才能より、理念的あるいは観念的と言える表現を求めている。いずれにせよ油彩画つまり絵画と呼べる枠からはみ出ており、「何を求めているのか」明確にするのが大学受験という「人生の選択」を強いる権力者の義務ではないか!!

大学側としては「総合的表現力を鍛え、考える力、表現する力など、個々の資質や独創性を問う」というが、アイデアを先行させることしか対処方法がない。

観念アートが芸術的表現であることを完全に否定するものではないが、視覚のみならず、聴覚、嗅覚、味覚、触覚までコンセプトで捉えようとするのは、学科が先の東大や京大の哲学学科を受験する人たちに譲ったらどうだ。観念を学ぶのであれば芸大(学生のみならず教授芯を含む)程度の学力ではろくなアーティストは生まれない現にそうではないか!!もし芸大が観念アートを学科の中に受け入れるなら「観念アート専攻」をもうけるべきだ。しかし美術学部の枠内ではない・・・試行表現分野としてなら許せるだろう。

そこで芸大などの予備校で有名な椎名町にあるすいどーばた美術学院では、対策として奇妙な出題の出し方を工夫している。一つに油彩画の出題に「台の上に白い布を敷き、薪を四本立ててそれぞれをひもで縛り、真ん中には水をビニール袋に入れておいてあるオブジェを描かした。正直なところ絵画科を専攻する者に対する出題とは思えない。このオブジェは美術ではない。観念アート作品が用いる手法で、何故これを描かねばならないのか理解に苦しむ。受験生も同じだろう。しかし描かねばならないので、屁理屈でもこう感じたとか言って「挑戦」するほかないのである。これらを出題する芸大の教授は何を学生に求めているのか?経験の浅い学生にこの現代に時流として、流行しているものに、強引に、素直に従わせようとしているようにも思える。

大学側として、様々な能力を持った個性的な学生を採用したのは分かるが、もっと受験生にが、親切で分かり易い出題方法はあるだろう。私が受験した時、東京造形大学を滑り止めとして受けた。実技は油彩でコスチュームの女性を短時間で描き、その横に「自由画題の作品提出、30号まで一点」があって、学科もほとんど一緒であった。そして最後がインタビュー(面接)であった。このやり方は50年前とは言え、いまでも通用する選考方法であろう。作品提出は個人自由な画題で、いま最も興味があるものが時間をかけて描けるのが良い。受験生の個人的資質を知るうえで最も合理的な方法だと思う。

ちなみに、作品提出で「自画像」を描いた者は、落選した。最も安易なテーマだということだろう。しかし「教会の前の木に自分が首をつっている自画像」を描いた女性は受かった。そこで受かった自分の提出作品は「母の肖像」であったが、面接で「ああ、お母様!!という感じがよく出ています」と言われて・・・・「こりゃいけんわ」と思ったが、どんな絵描きが好きかと聞かれて「ギュスターヴ・クリムトが好きです」と答えたのが良かったらしい。

どっちみち50人受かっても、卒業まで絵を描き続ける者は5人いれば良い方だ。それほど学生をコントロールできないのだ。つまり、「何が好きで、何がやりたい」と子供のころから周りから認めてもらえた者だけが残る気がする。芸大、美大が「芸術家」を育てる機関であると考えるのは「甘い」。

私の場合、「この子は誰の言うことも聞きません。やらせるしかありません」と交霊占いの女性が助言してくれたので・・・・。受験よ…ああ受験よ!!くたばれ!!

ごめん!!受験生諸君!! 滑り止めに私学を受けて、タイマイのお金を払った人たち。安心してはいけない!!もし国立を受けるなら、滑り止めが受かっていても、安心してはいけない。感性が鈍るだろう。もし風邪でも引いたら、まともにデッサンの形も取れないだろうから。私は造形大学が先に受かって、入学金まで払わされて・・・・友人にサウナとステーキで祝ってもらって、大風邪を引いて、鼻水をズルズルさせながら芸大の受験会場で・・・・馬鹿をした覚えがある。

今時、東京芸大に拘るのは、学費が安いからだ。それと3,4年生になると2名で一部屋を与えられる特典もある。だから風邪をひくな。体調管理は万全に!!

無題 725x515mm ケント紙にインクペンで点描 1972年

この作品は東京造形大学に入学後、最初の課題で「石膏像のぶつ切りでデッサンせよ」というもの。「受験が終わっても石膏デッサンか?」と嘆いたが、好きにして良いと言うので、当時流行ったウィーン幻想派の影響か、恩師山本文彦氏へのオマージュか、大学の外に生えていた植物の葉をモチーフに入れて描いた。只描きたくなかったので、点描というそれまでやったことのない技法で試した。これでも未完成で、半年以上いじり回しても先が見えなかったので、途中でやめた。

これを見ると最近の芸大の受験の主題の出し方に似ているように思う。造形大学は当時もっとも現代美術を取り込んだ大学としてされていたが、私には向かなかった。この作品に現れているように、私は「描写」によって表現を拡大しようとしていた。しかし何百万回打っても形が見えない点描は描写には向かない。

点描派とされるスーラは神経衰弱で死んだと聞いたが本当であろうか?インクの黒い点は0.003と0.005と0.01のインクペンで主に描き、たまに0.3の点を打った。呼吸を止めるのは、打ち間違いをしないためだが、癖になって、唇の色が紫になっていた。。

こうして見ると、21歳の私と今日と比較して、全く大きな変化がなかったことが分かる。それほど「才能」というのは限界があるということだろう!!

悲しい!!


受験のシーズン

2019-01-25 11:56:32 | 絵画

先週全国共通テストが行われた。文科省は何を考えているのか、また再来年には新しい共通テストを始めるそうだ。振り回されるのは受験生だ。受験はそもそも何のためにあるのか?ヨーロッパの国々では大学入学資格試験というのが全国共通テストとして行われるが、それに似せた制度として、この国でも導入したのだろう。しかしヨーロッパの国々との事情の違いは、個別の大学で更なる入学試験が行われることはなて、空きがあって、希望すれば大学で何歳であっても入学できるということだ。年を取って、もう一度勉強したい人には自由に学問ができる体制は民主的だろう。しかしヨーロッパではこの国ほど大学が多くなくて、この国ように7割近くが大学進学するようなことはない。いつの間にか私学が乱立し、いや県立、市立まで新しく創立されている。政治家が関与しているのは、例の「もりかけ問題」で文科省が裏で動いていることは明らかになった。だから受験は政治家が操作する内容になっている。そしてそれを要求しているのは経済産業界である。

つまり、この国で教育は企業の労働者を育てるために、その要求にこたえるため若者は「自分の人生」を深く考えることなく、学校教育で個人性を大事にする、いや考えることもなく、送り出されるシステムになっている。高校から大学へ行くまでに選択は自由だったろうか?掛け持ちで有名校を選ぶのは当たり前で、滑り止めでランク下の大学を選ぶのも当たり前で、高校教師がそうするものだと教え込む。高校も「我が校から何名大学進学した」かを誇らしげに自慢する。だが次のステップでも単に労働者を生産するだけの教育になっていることに反省はない。

かつて「ゆとり教育」という制度が採用されて、「受験一辺倒」の教育方針を考え直す取り組みがされたが、「円周率3.14を3で計算してもよろしい」というような弊害を生みそうな考え方が批判を浴びた。しかし良い点は全く評価されずに終わった。ゆとり教育の方針では、大学受験までに取得する項目を減らして、「体験学習」という、これまで考えられなかった実践的な教科を取り入れて、「自分」を意識させるきっかけを与えたことは、とても重要だった。教師もそれを学習すべきであった。しかしその大事な意義を感じる間もなく、ゆとり教育は終わりにされたのである。特に産業界からの批判が大きく、政治家が又動いたのである。彼らはいつも国民に共通認識や集団の価値観を強要する。多くの者がそのまま当然だと思い込んでいる。これを訂正して個人主義と個人責任をみんなが持つべきだ。そして感情的にものを解釈せず、論理的、合理的に理解できる頭脳を持つべきだ。

私は、もし教育の中で、各々の「個人性」について考え、大事にする教育が行われていれば、学級崩壊などの事件は無いように思う。西洋の国では授業中に大騒ぎしたり、暴力をふるう生徒は厳しく処罰されるが、だから学級崩壊がないというのではなく、問題は教育に関することより、個人的なことだからである。

教育は自由平等の権利として保障されなくてはならない。その権利としての意識が大学受験までの間に学べるように、またしっかりとした「選択決定」が自分で出来るような状況を作り出さねば「人としての幸福」は得られないと思う。そして大学を卒業したらすぐに就職しなければならないという「社会通念」を排除して大学院や博士課程が自由に選べて、また海外留学も大事な経験として考える社会でなければならないと思う。

今の企業が高学歴やとなる才能のある「労働資本」となる若者より、黙って言うことを聞く「労働力」を求めているから、給料が少ない300万円世帯が多くなってしまった。これは小泉の時代から、企業の都合の良い方向に、そして若い世代が「拝金主義と物質主義」に凝り固まる原因を維持させている。GDPの伸びは嘘である。厚労省がまた自民党安倍政権の後押しをして、所得統計をごまかした。

とにかく若い人たちは「自分」を大事にすべきだ。「貴方は何をしたいのか?何が好きか?」と問いたい。だから受験には自分の意志を、志を持ってほしい。



消え行く命

2019-01-25 02:09:03 | 絵画

今回は猫の話

年末に、これまでたくさんの猫を産んだふーちゃんが居なくなった。ふーちゃんはぶらりと我が家にやって来て、家族になった。なぜることも出来なかった気性は「根っからの野良猫」だったが、体が小さくやって来たときは妊娠していて、子供育てる場所として我が家にやって来たのだと思えた。私には拒否できなかった。数が増えることは目に見えていたが・・・・。

多くのメス猫がそうであるように、子育てで来るメス猫は生んだ当初は直ぐに子猫を連れてこない。隣に私が自力で建てた倉庫の人の入れない陰の安全な場所で生んで、2か月ばかりして連れてくる。我が家にいる他の猫にお披露目をするには十分な大きさで、大人の猫に交じって十分な度胸でカリカリを食べる。しかし母親からしつけられているのか、最初から私には警戒して近づかない。3か月ぐらいで乳離れするが、我が家でお披露目する頃はカリカリとミルクは同時にたべている。乳離れする頃は甘える子ほど遅くまで母親にくっついていて、性格が分かる。そういう子は人にも慣れやすいように思えるが・・・・いつもそうだとは言えない。

ふーちゃんが産んだ子は20匹をはるかに超えた。しかし今我が家に生存しているのは7匹ばかりだ。まず5~6匹ぐらいが相場で、乳首が8っつあっても、8匹生まれたことはない。そして生まれた5匹はいつの間にか3から4匹になっていて、我が家でお披露目してからも死んでしまう子がいる。突然母親が子猫を連れて何処かに雲隠れすることがあると、元の数に足りないことが多い。ひどい時には全員戻ってこないこともあって、「ふーちゃん、おまえは何をしたんだ? 子供たちは?」と問いかける。寂しそうにしているふーちゃんに何かあったに違いないが。あるときふーちゃんが母屋の物置で子供を産んだ。そこは画材や美術館時代の業務の記録や修復保存関係の書籍が置かれていて、ときたま利用するから入りたいが、生まれて間もない子猫を発見すると、戸をわずかに開いておいて、しばらく放置することにしたが、子猫たちの鳴き声もしなくなって、ちょいと覗くと子猫たちの死体が転がっていた。中には頭だけの死体もあって、愕然とさせられた。

猫は常にかわいい癒しの動物ではない。人の生活になじんでしまう性格と動物本来の本能には人がなじめない一面も持っている。それが受け入れられないと、彼らと一緒に暮らせない。そのふーちゃんんだが去年の暮れ辺り、家にいることが稀になった。どこかに良い滞在先があるようには感じられないが、ご飯を食べる量が減って、何かを欲しがるしぐさは見せなくなっていた。そしてあまり顔を見せなかったある日、ごみを焼いているところにちょこんと座っていて・・・「やあ、久しぶりだね、どこにいたの?」と声をかけたが・・・静かに座っているだけで、反応はなかった。そしてそれが最後になった。

あああれは「最期」のあいさつに来たんだ・・・と思った。ふーちゃんは我が家に4年ばかりいて、最後の仔はギガちゃんという名前で、おと年生まれた一人っ子だ。一番母親に甘えて育った息子。体の大きさは母親と同じくらいで小さくひ弱だった。乳があまり出なかったのか、なかなか大きくなれなかった。ひょっとしたらふーちゃんはこの時すでにかなり年を取っていたのかも知れない。

このギガちゃんは、皆と同じように、私が食事をしている間は、私が食べているものを欲しがって、平等な分け前をもらって食べていたが、去年の夏ごろから来なくなり普通のカリカリも缶詰も食べるところをあまり見なくなったころからめっきり痩せてきて、周りの猫たちの中から外れて過ごすようになったこの時気が付けばよかったのだが、口の周りが汚れているようだった・・・・のは口の中が荒れていて、しっかりと食べられないようになっていたのだったさわってみて背骨ががりがりになって、脂肪も筋肉も失われるほど痩せてきたとき、もう命の危険が迫っていた。医者に連れて行って、栄養剤の点滴、抗生剤などで命を繋いでいる状態だった。体から悪臭が立ち上り、ひょろひょろと歩くさまは、去年亡くなった父の最後の姿と重なる。

寝るときは私のベットに来るようになった。それまでこんなことはなかったが、この子が最も私に近づいて,最期をむかえようとしていた。口からよだれのような糸を引く物を出している・・・・それは歯槽膿漏からくる口の中が腐ったような状態で・・・何も食べれず迎えた最後の状態だった。そして最後の食事はウナギのかば焼きを柔らかく蒸して焼き直したご馳走だったが、まるで私に気を使って食べてくれたような気がした。

そしておとといに再び動物病院に連れて行って二週間持続性の抗生剤の注射を打ってもらったが、今日の午後私のベットを抜け出して勝手口の猫ドアの前でたたずんでいたが、あっという間に消えてしまった。「とうとう最期の日が来てしまった」私は慌てて外に出たが見当たらない。無理に探し出してどうすることも出来ない。いや、むしろそっとしてい置いてやるべきだろう・・・・と思いつつも、体が弱って遠くに行けないはずのギガちゃんは近くにいるはずだと・・・・探して見つけた。私が家に入れない野良猫の為に作った箱の中にいた。そこがギガちゃんにとって静かに死ねる場所だったのだ。

ギガちゃんが最後の望みとして見つけた死に場所はやはり他の猫が来ない場所だろう。あれから何時間たっただろうか

様子を見に行くのは明日にしよう・・・・。

 

追記:朝になってギガちゃんの様子を見に行った。

なんと彼は母屋と生垣の間に躯(むくろ)となって横たわっていた。手足を一杯伸ばして、目を見開いたまま。わざわざ外に出て何をしようとしたのか?悲しさは、彼が最後に何をしたかったのか分からないから大きい。直ぐそばに大きな穴を掘って、そこに埋めることにした。過去にぷんちゃんの墓が何度も掘り返されたことがあるから、要注意だ。穴を掘りながら涙が出て止まらないまだこの先、何度もこんな悲しい目に合うのだろう。