前回のブログを書いている間にまた鍋を焦がした!!
台所が何やら炭のようなにおいが取れないと思っていたら、言った端からまたやってしまっていた。先のブログの最後はジョークのつもりだったのに。
野菜とチキンのスープ以上の衝撃。なぜなら真新しい鍋にラーメン用の鶏がらスープを作っていたからだ。このスープは特別だったのは、これまでかつての山口市中市にあった春来軒という御当地最高のラーメン屋のスープを目指して作って来て、やっとそれに近い味が出せたのだから。ちょっと大げさでも「黄金の味」と言わせてほしい味が出来たのだから。それを3回ほどラーメンスープとして食べて、残りを大事に温めていてまた焦がしたのだ。
残りを最後の最後まで食べようとするとどうなるのか知りたかったが・・・・焦がしてどうする。
今やラーメンは世界のラーメンとして各地で様々な作り方で流行っているというTV番組があったが(それを紹介する若い俳優の知的で語りの分かり易さと早口調に感嘆していたが)いくらなんでも世界的流行の基礎が「豚骨ラーメン」だったのは解せなかった。
中学2年生(1965年)だった私を春来軒に連れて行ってくれて「目からうろこ」の経験をさせてくれた叔父の一声の「美味しいものを食べに連れて行こう」を最初は疑ったのだが・・・・当初は八木という山口唯一の百貨店の裏通りに小さく店を構えていて少し高い位置から店のスープ鍋が見下ろせた。その中にあったのは「牛の頭と鳥の足のもみじ」で、子供心に恐ろしくてよけて通ったものだったが、その店に連れていかれて鳥肌が立ったのだ。しかし狭い店の椅子に座って覚悟を決めてから出されたラーメンに驚いた。いやそれまでラーメンという物を食べたことがなかったから。ラーメンどんぶりに見たのは麺と薄い醤油色の汁の上に海苔が一枚。その海苔の上には茶さじ一杯のコショウが載っていて驚いた。こんなもの食えるのだろうか?・・・と迷っていたら叔父が皆混ぜて食べるのだと言う。これは初体験としてあれから半世紀も経っても頭の中にこびりついているのは・・・・その味だ!!
その時衝撃を受けた「味」を忘れることが出来なくて、ずっと試行錯誤してきて、これまでで最もその味に近い味が出来たのだから大事なスープだったのに・・・焦がすとは・・・何たることだ。
今日は4月29日土曜日、雨が朝から降っている。また材料を一から買い直して作ろうかと迷う。
ここにレシピを公開しておく。皆興味があればやって見て欲しい。
①材料は鶏がら、鶏皮、牛切り落とし( )
②鶏がらと鶏皮を水から入れてゆっくり時間をかけて煮る。けっしてグツグツ煮たててはいけない。なぜなら豚骨 スープのように白濁するからです。鶏皮の脂肪が大事でこれがガラの味を引き立てる。
③牛切り落としをフライパンで炒める。油は引かなくても良い、牛脂が出て赤みが少し焦げる程度まで炒めたら鶏ガラと一緒にして煮る。同様に煮たててはいけない。ガスの火も最も小さくして、もう季節が過ぎたが、もし石油ストーブであれば火を弱くして真ん中から少し外して火にかけておく。
④5時間くらいゆっくり煮ると全体の味が整ってくる。これがベースになる。
ベースのスープに塩あるいは醤油で味付けしてラーメン汁とするが、春来軒のはしょゆ味だった。そこで山口市のしょうゆメーカーである「ヤマコー醤油」を取り寄せて試みたがちょっと味がきつい。それではということでヤマサの昆布つゆ醤油を使うと糖分が邪魔をする。スープベースはすでに甘みを感じさせるから、しょっぱいしょゆが良いが、キッコーマンは生臭い。結局スープに加える醤油は一度煮切って生臭い味をまろやかにして使えば良い。
⑤麺がどうであったか記憶が定かではないが、西日本での麺は当時は博多のとんこつラーメンと同じ種類であったように思う。また春来軒のチャーシュがどうであったか、メンマがどうであったか記憶がない。スープが大事だから、邪魔にならない味であれば許されよう。
とここまで書いて、焦がしたのを思いだした。くそお!!なんてことだ!!なんと手間暇かけて作ったスープなのに。
自分の絵を描くまでは大事に丁寧に仕事するが、出来上がった絵はぞんざいな扱いを受けている。自分の作品は修復で受けた仕事の作品と比べれば「天と地」の扱いの差があるが。医者の無養生と同じだ。
何故、私は鍋を焦がすのか・・・・認知症が始まった?いや実はせっかちなのだ。ずーっと同じところに立っていられない性分で、次は何かと気が飛んでしまう性格なのだ。人に質問してうじうじ答えを渋る「優柔不断」な性格の人とはなかなか上手く付き合えない。その人より先に答えを出してしまって相手を怒らせるような・・・。
で、放置して焦げるのだ。人の心も焦がしてしまうかも・・・。ここまで分かっていて反省しないのだから許して。