自分の死生観と現実のバランスが取れていないように思うのは、私だけではあるまい。
私が自分が描く絵の中に求めているのは「生き方であり、死に方である」が、目に見えないから、見えるように絵として描写しようとしている。切羽詰まる現実ではなく虚構だから、気が楽と言えばそうなのだが、自分が感じているように正直に生きることが具現されなければ、虚構も「うそ」でしかなくなって、恥ずかしいだろう。
そう、自分にとって絵の世界は「うそ」ではないと思う世界なのだ。
だが、現実の生活の中に、この国では「お盆」があって、墓参りが行われる習慣がある。死んだ先祖を祀り、特殊な存在として「この世とあの世との接点」として存在している。あの世があるとは信じない人も居れば、霊魂と繋がっている人も居る。かつて在職中に西洋美術館で彫刻の保存のための新しい台座を作り直す仕事があって、地下の収蔵庫から彫刻を出しては、彫刻に台座と取り合う金具を用意するために外部から職人も呼んできた。その職人に青森出身の人が居て、一緒にエレベーターに乗ったとき、我々以外に「もう一人乗っているよ」と言い出すものだから・・・・「ええ!!??何それ?」「ひょっとして、あれ!?」と聞いたら「そうだ」と言う。そう言えば西洋美術館が建っている場所は、かつて徳川時代の大奥の女性たちの墓がった場所で、建設中には多くの甕棺(かめかん)が出土したと聞いていたが・・・・。
その他に展示室の仕事で、ヤマトや日通の人たちと仕事をしている時に、トイレに立ったある者が「出たー!!」と言って蒼くなって帰ってきたのを憶えている。この世には霊が見える人が居て、そこに触れないけど見えているのだそうだ。西洋美術館で見えるのは着物を着た女性の霊だそうだ。前述の青森の職人は「兄はもっと良く見える・・・祖母は死者との口寄せをするイチコ(いたこ)だったという。
問題は私は見えないことである。見えないけど、全く信じない訳でもなく、だけど絶対的に信じることも出来ていない。そう言えば、大工が地下で仕事をしている時に、お昼を食べた後少し昼寝をしたときに、金縛りにあったという、私は鉄や仕事があって、地下の修復室で仮眠をとったとき、ちょっと黙祷(もくとう)してから寝た。金縛りには合わなかったように思う・・・。
今の家では多くの猫が死んだ。庭は墓だらけだ。キリスト教ではあの世ではペットと会うことはできないらしいが、私はしばらく「モモちゃんにお化けでもいいから会いたい」と思い続けていた。私はあの世があって、我が家で死んでいった50匹からなる子たちに、皆会いたい。
みりんとしょうゆ
しょうゆ、向かって左は元気に廊下にウン子をしてくれている、
岩国にある実家の墓参りはした。朝早く起きて、道筋の草刈りをして、チェーンソウで木も切り、墓の周辺は落ち葉を掃き掃除した。菊とケイトウ、母の思い出の桔梗も飾った。
しかし、この実家の家に住もうとしていない。時に来て掃除をしたり、庭の草取りをしているだけだ。実家は交通が不便で、岩国駅から26km、徳山駅から25km、柳井駅、光駅から25kmあって、孤立した感じが嫌でしょうがない。だから、この実家の墓に入るのだけは嫌だと思う。死んだ後の話だが、誰が実現してくれるか分からないが、出来れば骨は海に撒いてほしい。
私の心は絵の中に残すから。誰かが観て、そこにシンパシーを感じる世界があればいい。