ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

平成29年度島根県立石見美術館「みるみると見てみる?」⑤レポートをお届けします!(2018,1,21開催)

2018-03-04 22:39:57 | 対話型鑑賞
グラントワ コレクション展「あなたはどう見る?-よく見て話そう、美術について」関連イベント
第2回「みるみるとじっくり見てみる?」 平成30年1月21日(日)14:00~(約20分)
参加者    一般の方5名、取材陣2名、大学生6名、みるみるの会員7名 計20名
鑑賞作品   殿敷侃《釘》制作年 不詳 素材・技法 紙・銅版  
ナビゲーター 上坂美礼


◆はじめに
 益田にも山口にも縁のある作家を紹介したいと思い、作品を選んだ。昨年の春に広島現代美術館の殿敷侃展で見た作品で、この度、グラントワに収蔵されたと聞いた。鑑賞会は常連メンバーの他に、新聞とテレビの取材陣や島根に観光中の来場者など、初めての参加者が多かったこともあり、「みる 考える 話す 聴く」の説明を行い、挙手してから指名後に発言することをお願いした。1分ほど黙って作品を見る時間を設けて始めた。
◆鑑賞会の様子と課題点
・「かつては何かの一部として使われていたが、やがて風化した釘の様」と最初の発言。
・「この釘の円い形は意図的と思う。釘抜きなどで釘を抜いたら、波うったり曲がったりはするが、このように円い形にはならないという経験から。」と次に出た男性の発言。
「釘」の根拠について確認すると、T字の釘の頭と、先端が細くなっている形状からだという理由で、多くの人が「釘」説に同意した。
・第三の意見として「釘の頭の部分を上から見ると穴があって、釘の先の尖った方は尾のようなもので、尾をくわえようとしている」と別の男性。ナビとして「釘の頭の部分にはトランペットの筒のように穴が開いているということですね。」と確認したところ、発言者からの同意を得た。他の鑑賞者にも伝わったように感じた。そして「生き物にも見えるということですね。」とパラフレーズした。この意見に対し、もう少し深く踏み込むこともできたと反省するので、後述する。
 数分のうちに作品に迫る発言が出たところで、遠方からの大学生達と一般の方々が十名ほど、新たに加わった。そこで改めて最初から出た話題を小まとめし、「作品に寄って、しっかり見てください。」と近くで見る機会を設け、再び挙手を求めた。
・「糸のような細い繊維を巻いてできた釘」と、釘の質感について語った大学生。近くで見たからこそ感じられる意見に思えた。殿敷侃の作品には、爪のような形のハッチングで表現されたものもあるが、この作品はどのように作られたのだろうかと改めて、気になる発見だった。
・「この釘は工業製品ではなく、手づくりの趣がある。何故なら、釘のシルエットに細かな凹凸があり、少しずつ金属を打つことで形成されたような痕跡を感じる」と途中から参加した男性。
 事前に殿敷侃の銅版画の技法について調べた情報から、エッチングで釘の周囲を点描のように傷を施し、釘が白く浮かび上がるように形を表出させたのではないかと推測したので、そのことを鑑賞者の発言は物語っていると思われ、鑑賞者の感じ方と観察眼に敬服して意見を拝聴した。しかし、静かに黙って聴いてしまったことで、殿敷侃の点描やエッチングの技法に関する情報を添える機会を逃した。正解でなくとも、関連情報として情報提供してもよかったかもしれない。
・「この作品は、何か文明批判のような風刺を込めたものではないか」と男性が意見を述べた後、「この釘は、実態のあるものではなく、人間の考え出した概念のようなもの」と別の方が意見を述べた。共に何かしら哲学的な意味が語られた!と感じたが、ナビとして作品の表す意味を掘り下げる問いかけができていれば、作品を根拠にした具体的な意見を導きだせた可能性もあった。
・この作品は何故、視線を下げた位置に展示されているのだろうという疑問が鑑賞者から挙がり、目線を下に向けた位置に展示することで、打ち捨てられた釘が風化するイメージを彷彿とさせる効果があるという話になった。
・「この作品には武家の色を感じる。」とモノクロームの作品について、独特な色彩感覚が述べられた。ここで、技法に関する情報提供を行うこともできたのではないかと、反省会でも話題になった。版画の技法について情報提供を試みる機会はなかったかと振り返ってみれば、鑑賞者の発言から何度か、多くのきっかけをいただいていた。発言を生かすパラフレーズがほしかった。
◆おわりに
釘が生き物に見えるという感想と、展示位置に関する疑問点が意見として出るだろうと、予め想定していた。しかし、どちらの予想に対しても自分なりの考えを用意せずにナビに臨んだことで、思考を深める反応ができなかった。一方で、方向性が希薄な分、短時間で多様な意見が広がった。
釘が役目を終えて錆びゆく様を語る話や、三本の木が並ぶ風景には必ず人の手が関わっているという話も、殿敷侃の他の作品について紹介するきっかけにもなっていたと思う。《釘》を見た20分の間に、自然との共生や葛藤を示唆するような人工物を使ったインスタレーションでも活躍した殿敷侃に迫る多くのことが語られたように感じた。
参加者が鑑賞会を通して、思考を深められたと実感できるよう働きかけがしたい。例えば、釘がトランペットのように筒状の形態をした生き物ではないかと前半で男性が語ったが、その生き物は「ウルボロスの蛇」のような人間が考え出した架空の生き物ではないかと、鑑賞者の一人として発言してもよかったと思う。「釘は実体のないものを表している」という後半の意見と、前半に出た「意図的に円い形にした」という話と関連させ、この形が意味することは何か、何が感じられ、考えられるかと問う力が必要だった。釘に見える架空の生き物が人間の考え出した概念であると捉えるなら、どのような生き物だろうかと、鑑賞者の意見を関連付け、問いを投げかけることで、意図的に円が表現された意味について、鑑賞者はそれぞれ考えることができたのではないか。
 様々な意見を伺うことで、たくさんのことを考え、感じることができた。参加してくださった皆様、レポートを読んでくださった皆様、ありがとうございました。
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 平成29年度島根県立石見美術... | トップ | 島根県立石見美術館「みるみ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

対話型鑑賞」カテゴリの最新記事