昨年の後半から版画作品の制作を続けている。年末の東京での個展をスタートラインに来年にかけて、地方都市の企画画廊での個展が続く予定となっている。自ら『個展キャラバン』と称している。ブログにアップしようと思うのだが、新作の下絵ができては版を彫り、紙に摺る、その繰り返しなので記事としては単調なものとなってしまう。それから作品は個展会場でリアルで観てもらいたいので、できるだけデジタル画像は載せないようにしている。なので今回は版画の道具の話題である。
版画作品のうち、小品に関して最近は木口木版画を中心に制作している。木口木版画は18世紀のイギリスで生まれた版画技法だが、版を彫る彫刻刀に『ビュラン・Burin』と呼ばれる一般にはあまりなじみの薄い道具を使用する。日本の木版画用の彫刻刀とはデザインが全く異なり、むしろ金工で使用する鏨(たがね)に近い形をしている。それもそのはずこのビュラン、もともとヨーロッパで金銀細工や銅版画の彫刻に使っていたものなのだ。刃先はとても細かく繊細、そして鋭利である。このビュランの砥ぎがなかなか難しい。随分失敗もしてきた。うまく砥ぐには長い間の修練が必要だ。
僕が学生時代、銅版画を習ったH先生は常日頃、学生に「版画というものは半分が画家の仕事で、残りの半分は職人の仕事です」と繰り返し言っていた。このビュランの砥ぎの作業をなどをしていると、この言葉が脳裏に浮かんでくる。まさに職人技そのものである。フランスで1970年代に出版され和訳されたビュランの技法書にも「ビュリニスト(ビュラン作家)は制作に忍耐を要し、その作業は労働であり職人技を必要とする」という意味のことが書かれている。
梅雨の最中、ひさびさにまとめてビュランを砥いだ。長年使い込んだオイルストーンに椿油を塗り、ゆっくりと集中して砥いでいく。いろいろな補助工具も使ってみたが、やはり最も信用がおけるのは、経験と椿油がしみこんだ自分の指先の間隔である。さあ、砥いだビュランも勢揃いしたことだし、新作の彫りに向かうことにしよう。画像はトップがオイルストーンでビュランを砥いでいるところ。下が左からビュランを握る左手、砥ぎの固定用補助工具、道具箱の中の各種ビュラン。