長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

379. 嶋田 忠 写真展 『野生の瞬間』を観る。

2019-08-10 17:57:27 | 美術館企画展
8/3(土)、猛暑の中、東京恵比寿の東京都写真美術館で開催中の 嶋田忠 写真展『野生の瞬間』を観に行ってきた。

嶋田忠氏と言えば僕が野鳥観察を始めた1970年代から気鋭の野鳥写真家として活躍されていた人である。当時、動植物の生態写真家の登竜門の雑誌として知られていた『アニマ』誌上にいつも生き生きとした野鳥写真が掲載されその魅力に毎号食い入るようにして見入っていたのをつい昨日のことのように想い出す。その後、数多くの野鳥の生態を撮影した名作写真集が生み出されていった。大きな写真賞受賞の1979年のデビュー作『カワセミ清流に翔ぶ』の出版から始まり、『バードウォッチング-鳥の生態と観察』では当時まだ珍しかった「バードウォッチング」という言葉に市民権を与えることにもなった名著である。『火の鳥 アカショウビン』、『カムイの夜 シマフクロウ』と続き、その後スチール撮影では飽き足らずテレビなどを通して野性鳥類の動画撮影に集中されていたが、2014年に『氷る嘴 厳冬のハンターヤマセミ』という写真集を久々に出版された。上記の写真集は全て僕の書棚に並ぶ。つまり1ファンということになる。

最初から感じていたことだが嶋田氏の野鳥写真は「何か」が違う。写真に写し取られた鳥たちの生き生きとした表情や迫力、現場での光や空気感のリアルさ、臨場感…いやいやそんな月並みな言葉では表すことができない「何か」なのである。

この日、14:00から美術館ロビーで行われた日本野鳥の会主席研究員の安西英明氏との対談(ギャラリートーク)を聴くことができた。対談の内容は野鳥に興味を持ち始めた少年期のこと、野鳥界のカリスマ的存在である日本野鳥の会の創始者、中西悟堂氏との出会い、カメラに興味を持っていなかった氏が野鳥写真を始めたきっかけ、北海道への定住と撮影スタイルの完成、スチールを離れ動画ムービーを始めた理由、撮影地パプアニューギニアでの様々な自然、野生生物、人との出会い等々…安西氏のスムーズなエスコートもあって次々と興味深い内容、撮影秘話が紐解かれていった。この対談を聴けたことで上記した「なにか」がほんの少し理解できたように思えた。それを言葉にすることは難しいが、敢えて言えばそれは作者の野生に対する感性のようなもの、野生に向き合う姿勢、あるいは表現感といったことになるだろうか。

作品の展示は16歳の時に初めて母親に買ってもらった一眼レフカメラで撮影した驚くほどリアルでシャープなモノクロ写真から始まり、年代を追って、上記した名作写真集に掲載された鳥たちの大きなプリント作品へと続く。そして圧巻だったのは展示の後半、パプアニューギニアの熱帯雨林での珍しい生態のチャイロカマハシフウチョウ、キンミノフウチョウ、ヒヨクドリ、タンビカンザシフウチョウなどの奇妙な求愛ダンス画像の眼を見張る美しさ。そして鳥ばかりではなく熱帯雨林の風景や植物。もっとも今回の展示でインパクトが強かったのは独特な衣装やメイクで彩られた原住民たちの画像だった。僕が言うのもなんだが、このパプアニューギニアの連作で嶋田氏の世界観は大きく変容し、一回りも二回りも広大で奥深いものになってきていると思った。そしてそれは単なる生態写真を超えてむしろ僕たちの「アート」の世界に近い表現であると思った。

このブログでも連続投稿した北海道への『野鳥版画』作品制作の取材旅行のおりに千歳市にある嶋田氏の写真ギャラリーを訪問した。その時、ご本人にもお会いし話したかったのだが、運悪く行き違いとなってしまった。安西氏との対談後に安西氏にご紹介いただき、このことをお話しすると「千歳の野鳥は冬がいいのでまた季節を変えて来てください」とおっしゃっていただいた。是非、冬の千歳に版画の制作取材と言う名目でまた訪れたいと思っている。

すっかりと嶋田氏の表現世界に魅了され会場を出ると強い紫外線の東京の人工的な街が待っていた。だが、暑さの疲れなど忘れさせてくれるような心地よい余韻が残っていた。展覧会は9月23日まで。ブロガーのみなさんで野鳥や写真にご興味のある方、是非、この機会に会場まで足を運ばれ、嶋田ワールドを体験してください。