長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

430.●シリーズ『リアリズムとしての野生生物画』第2回 - A.デューラーの水彩画「若い野兎」-

2021-05-11 17:52:52 | ワイルドライフアート
先月からスタートした連載投稿『リアリズムとしての野生生物画』の第2回である。西洋絵画における「野生生物画・Wild Life Art」というものをリアリズム絵画の1ジャンルとして考察して行こうという内容となる。

野生生物を対象としたこのジャンルの絵画は西洋美術史の流れの中で古典から現代まで、ある時代の流行のスタイルと言うことではなく描き続けられてきた。投稿の核にこの「流れ」ということを時系列で追い具体的な作例の画像を添付しながら話を進めて行こうと思っている。

西洋絵画の中での動物画について英語や和訳で出版されたさまざまな書物に目を通してみると、まず共通した構成が多いことに気が付く。西洋人にとって野生生物画というのはまず古代ラスコーやアルタミラの洞窟壁画の中に描かれた狩猟対象としてのプリミティヴな生物たちの話題や図像から大抵の場合始まっている。そこからアッシリア、古代エジプト等の壁画やレリーフ、彫刻などに観られるアニミズム(原始信仰、自然崇拝)の中の生物たちへと進み、ギリシャ・ローマ時代の神話世界の中での擬人化された動物や鳥類へと続いていく…この流れというものは野生生物画に限ったことではなく西洋美術の源流としてのものなのである。

だが、やはり野生生物画に限らず風景画、人物画などに見られる写実的な絵画表現の起源はと言うと、14世紀にイタリアやドイツを中心に起こったルネサンス文化の中での美術ということになるのだろう。イタリアの画家ジョットによって提唱された「自然を正面から、それらしく忠実に探究する」という考え方はそれ以後の美術家へと受け継がれていく。だが、ルネサンス期の写実的な絵画はキリスト教思想に基ずく人間中心の表現がほとんどであった。なので野生生物と言うのはあくまでもキリスト教・物語絵画の中での小さな脇役だったのである。
その時代の中でジョット以降、同じくイタリアの画家ピサネルロやドイツ・ルネサンスの画家、アルブレヒト・デューラーが「神の創造された自然や生物をあるがままに絵画に描くことこそが神の意志にかなうものである」という考え方のもとに、リアルな描法と細密な技法によりさまざまな生物を数多く描いている。

今回、画像添付し紹介する作品は、画家アルブレヒト・デューラーによって1502年に描かれた『若い野兎・Young Hare』(ウィーン・アルベルティーナ素描・版画美術館所蔵)と題された水彩画である。技法としては紙(おそらく羊皮紙?)に透明水彩絵の具とガッシュ(不透明水彩絵の具)の混合技法によるもの。画家による観察を通したそのリアルな写実表現は約500年以上も前に描かれたものとは思えないものである。野兎の毛並みや髭は画集の印刷からもたいへん細い筆の先で精密に描き込まれていることを手に取るように理解することができるし、立体感、質感共に絶妙な写実表現なのである。俗な言い方ではあるが「今にも動き出しそうな野兎」に見えてくる。目の表情もとてもよく描写されている。写真も科学的な資料も少ない時代に「よくぞここまで描き、作品として残してくれました」と言いたい。画集から転載コピーしたデジタルの画像ではあるがブログを読んでいる方々には、そのあたりをジックリと観ていただきたい。

※画像はトップがデューラー作・水彩画「若い野兎」の部分図。下が向かって左から全体図とそのほかの部分図、デューラー22歳の油彩画による「自画像(部分図)」。