長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

433. ●シリーズ『リアリズムとしての野生生物画』第4回 - ピサネロの動物画 -

2021-06-19 18:32:38 | ワイルドライフアート
コロナ禍の中、連載投稿を続ける西洋絵画における写実的な野生生物の表現を追う『リアリズムとしての野生生物画』の第4回目は前回までのドイツ・ルネサンスからイタリア・ルネサンスに舞台を移し、15世紀にイタリアで活躍した国際ゴシック様式を代表する画家の1人であるピサネロ(Pisnello 1395年頃 - 1455年頃 / 日本語訳ではピサネッロとも言う)の野生生物を描いた絵画作品、素描作品に焦点を当ててご紹介していく。

15世紀イタリアのルネサンス絵画の主題はその多くがキリスト教の物語を主題とする内容であり、やはり画題としては人間が中心となるものがほとんである。野生生物は出て来ないのだろうか?と探して行くが、馬、牛、羊等の家畜やあるいは物語の中に登場するドラゴンやグリフォンなどの幻獣が目につくばかりで中々見つからないのが常である。

だが、例外があった。それは「狩り」を主題とした絵画の中に登場するのである。この時代の絵画作品の主題の中でも特例と言えるかもしれない。ピサネロ作の狩りの絵の代表作は『聖エウスタキウスの幻視』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー収蔵)と題された小さなサイズの板絵(板にテンペラ絵具で描いた古典的絵画技法)である。この絵はその完璧な技巧のため長い年月、細密表現を得意とするドイツ・ルネサンスの画家、アルブレヒト・デューラーの作とされていたのだと言われている。この板絵は動物や鳥たちを真横向き、あるいは固定したポーズで、ミニアチュール(極小な絵画)のような繊細さで表現され描かれている。そしてその主題となっている、ある聖人の幻視は、高貴な動物(馬、狩猟犬、鹿、熊、野兎など)と、あらゆる生物の中で最も高貴な存在とする「狩猟する宮廷人」を描くための口実ではにかという見解もある。

ピサネロはこの作品を描くにあたって、かなり綿密な計画のもとに各動物たちの素描、下図を数多く残している。手法として、その多くは紙(羊皮紙?)にチョーク、ペンとインク、水彩画、あるいはペンとインクと水彩の混合によって丁寧かつ正確に描かれている。僕などは、むしろその素描の方に画家の野生生物を捉えるダイレクトで鋭い観察眼を感じてしまうのである。こうした素描を見ていると、ルネサンス絵画の先人、ジョットによる「自然を正面からそれらしく忠実に探究する」という考え方や、デューラーによる「神の創造された自然や動物をあるがままに描くことこそが神の意にかなう」という思想とも言える考え方が、ここにも確実に継承されているのだと理解できるのである。そしてこのことが「西洋写実絵画・リアリズム」の原点なのだと強く思うのである。

※画像はトップが絵画作品『聖エウスタキウスの幻視(部分図)』。下が向かって左からその細部と制作の準備段階で描かれた動物たちの素描、ピサネロの他の絵画作品に登場するライオンやオオトカゲ、ピサネロが得意とした人物(女性像)のプロフィールなど。