
今年は春から夏にかけて公共空間でのワークショップが続く。5日、地元の佐倉市立美術館で、銅版画体験講座(ワークショップ)『銅版画でオリジナルカードを作ってみよう』の講師をしてきた。現在、美術館では銅版画の収蔵作品展(入場無料)として『深沢幸雄-銅版画の魅力』展が5月末から7月18日まで開催されている。美術館からの依頼内容は「ワークショップをこの展覧会とリンクさせ制作を通して銅版画作品、技法についてより理解を深めて行こう」というものである。参加対象は市内に住む小中学生で定員は20名となっている。応募開始から人気があり、たちまち満席になってしまったということだが、残席待ちとなった方々にはワークショップなので入室自由とし制作現場を観てもらうこととしたそうである。
この美術館では、20年前の開館からこれまでに版画や地元作家の企画展に参加出品してきた。銅版画のワークショップ開催は今回で3回目になる。
早朝から銅版画の卓上プレス機や用具類を車に積んで出発、美術館に朝9時頃に到着すると今回の担当学芸員であるNさんが笑顔で出迎えてくれた。それから台車にプレス機などを積んで会場となる1Fの倉庫に到着すると、すでに会場の設営もできあがっていてアシスタントのボランティアスタッフの女性の方々も待機していた。お互い初めてなので自己紹介などしているとお二人共、学生時代からの銅版画の制作経験者だった。担当学芸員のNさんもM美術大学の版画科を卒業されているので、スタッフ全員が制作経験者、おもわず「全員、現場出身なので心強いですね」と念を押してしまった。
10時前後、ぞくぞくと参加者が入館してきた。9割がたが親子連れである。こうしたワークショップの定番であるが、まず始めに自己紹介をしてから簡単に銅版画の歴史や技法、用具の説明をした。時間も迫っているので、さっそく事前に準備してきてもらった下絵を銅板にカーボン転写してもらう。ここからは急ピッチで作業を進めて行く。銅版画は大きく分けて直接法(じかに工具で板を彫っていく)と間接法(酸などの薬品を使用して線などを彫っていく)とに分かれるが今回時間の関係で早く制作できる前者の技法、その中でももっともポピュラーで単純なドライポイント技法で制作してもらった。早い話が銅の板をニードルといわれる鉄筆で引っ掻いていくだけのものである。それから講師用に用意されたテスト・プレートに実際にニードルで引っ掻いて見せてからは各自、集中して彫版のスタート。
今回の参加者の多くが小学校の3-5年生のため、大人よりも思い切りが良く、あっという間に彫りあげてしまう子なども多く出た。なので早めにインクを詰めプレス機を通して試し刷りをとらせていった。ここからはこの刷りを下絵として腰を据えてじっくりと彫るように指導する。昼食を済ませてから、さらに彫りを進めていく。ここからは試し摺り~彫り版~試し刷り~彫り版~といった具合の繰り返し作業となる。ここで合間に版を持ってきた自作の銅版画作品「森の入り口(エゾフクロウ)」をデモンストレーションとして刷って見せる。プレス機をとおして刷り上がった紙をゆっくりとめくると「ワーッ」と歓声が上がる。それから手の速い数人が仕上げの本刷りを取り始めると誰言うこともなく、われもわれもと刷り始めた。毎度のことだが、あっという間に刷り場として用意した机が満員状態となってくる。プレス機の横にも順番待ちの長い列ができた。ここからはインク詰めの補助の人、刷りの補助の人、刷りあがった版画をパネルにテープ張りする人とスタッフの方々が大忙しとなる。そんなバタバタとした中でプレス機の担当として張り付いていた年配の女性スタッフがしみじみと僕に話しかけてきた。「子どもの頃にこうした貴重な美術の体験をするのって大切ですよねぇ…私の子どもたちもこんな素敵な時間があったら良かったのに」。確かに版画技法というものは、そうした体験をする魅力を強く持っているのかもしれない。子どもたちの作業の流れに注意をしているうちにあっという間に終了時間となった。
あらかじめ用意してあった乾燥用のパネルにはドライポイント技法特有のみずみずしい勢いのある線により創作された力作版画が並んでいった。ここで、ようやくほっとして頭の先から全身の力がゆるゆると抜けていくのを感じた。今回、ワークショップ企画段階からお世話になった担当学芸員のNさん、お手伝いいただいたボランティア・スタッフのみなさん、その他、美術館関係者の方々、そして素敵な銅版画のカードを制作していただいた参加者の子どもたち、温かく見守っていただいたご両親の方々、ありがとうございました。この場をお借りして感謝いたします。
画像はトップが会場でテスト・プレートを彫る僕。下が向って左からガイダンス風景、テスト・プレート制作中、インク詰めから刷りまでのプロセス3点、刷りの現場風景、刷りあがってパネル張りされた銅版画作品、美術館外用。