お盆で、亡くなった家族の事を思い出す時。
私が22歳、74歳で祖父が他界しました。
自宅で行われた、四十九日の最後の日に親族が集う中、
部屋を見上げてみると、大きなトンボがゆっくりと
我々を見ながら最後の別れを言うように円を描くように飛んでいました。
なんとなく、お爺さんがトンボに乗っかって我々に最後の別れを言って
いるような、そんな時を過ごした貴重な時間でした。
お爺さんは、足が不自由で片足には、ひざ下に義足を付けて過ごすこともありましたが、最後には、自由に飛び回ることが出来たんだと。
ふと、思い出す時があります。
次男が亡くなった19年前の夏、
四十九日の最後の日を自宅で行った時、祖父の時と同じように
大きなトンボがゆっくりと、部屋中を円を描くように飛び、名残を惜しむように長男や我々夫婦に別れを告げて、縁側から出て行ってしまいました。
産まれてから、NICUから外に出ることが出来ませんでしたが、「トンボに乗っかって自由に動き回れるね。」って心の中で呟いたのを思い出します。
その日の深夜、日が代わってから、仏教では最後の別れをする儀式として、人型に切った餅の一部を後ろ向きに母屋の屋根を越すように放り投げます。
その時、一瞬辺りが真っ白に輝いたように感じました。
亡くなった息子との最後の別れの時だったのかも知れません。
その時、家内と二人で同じことを感じていました。