最後のシンポジウムに参加しました。コンベンションホールは非常に広いのです。スクリーンが3つ、一番奥にステージがあり、講演者やシンポジストがいます。昨日私もそこで公演をさせていただきました。朝食の際、「昨日はお疲れ様でした。素晴らしかったです。たまたまJ‐WAVEでここで上演なさる話しているのを聴いて、楽しみにしていたんですよ」と声をかけて下さった御仁がおり、そういってくれる方が一人でもいた事に胸を撫で下ろしました。
また「視覚障害の方はもちろん、軽度の知的障害の方々も充分楽しめますよ」という感想もいただき、嬉しく思っています。
3日間のフォーラムの最後の講演は「これからの我が国の社会保障のあり方を展望する」。シンポジウムは「誰もが幸せな街づくりのために~負担とサービスと~」。
数年前に「知的障害」を対象に始まったこのフォーラムも、「身体障害」「精神障害」「発達障害」を含め、軽度から重度まで包括的に「障害者福祉」の今後を討論する会となりました。
「障害者の自立」というと、昔は「身の回りの世話が自分自身でできる」という「身辺自立」や「手に職を持って生活の糧を得る」という「職業自立」をいいましたが、70年代以降、障害当事者による運動の中で提唱されてきたのが「自立生活」「地域での自立」です。
まず、「自己決定」。障害者施設に義務的に隔離されるのではなく、どこに住み、どんな生活を送るかを自己決定すること。そして、地域での生活を望む人に(実際、調査によると、身体障害者知的障害者ともに、施設入居者の6~7割が地域での生活を希望しているという)、自立生活を実現するための制度や社会資源を整備していくこと。
マイノリティだからと切り捨ててしまうのは簡単ですが、高齢者福祉や医療、介護に投入されている国家予算から見ると、障害者自立支援の予算はわずかなもので、当事者負担と居宅サービス業者の負担が非常に大きいのが現状です。施行された障害者自立支援法は不具合が多く、抜本的な見直しが進んでいますが、このフォーラムには、政治家や厚生労働省の人たちも参加し、多くの議論が交わされました。
もちろん、家族の意識や地域市民の理解も大切です。
近年NHKで取り上げられた、川崎市職員の明石徹之さんの手記は本当に感動でした。
「障害のある人は施設で」という社会の中、知的障害があり自閉症だった明石さんのために、お母さんが「地域で当たり前に生活できる」ように、地元でアイススケート日曜学校や夏休み水泳教室を開き、高校生ボランティアサークルや、地域作業所「あおぞらハウス」を作りました。地域の人に知ってもらうために野菜を売ってあるくのですが、「ありがとう」と言われるのが、高校生の明石さんにとってとても嬉しく、また仕事が楽しかったといいます。高校に通いながら文房具屋さんでも働いて、「掃除」が大好きで得意な明石さんは市の清掃局のゴミ収集のアルバイトが一番気に入りました。でもクビになってしまい、「公務員になればクビにならないよ」というお母さんの言葉に、公務員試験を受けようと決めました。お母さんと先生が、彼がわかるように工夫を重ねて勉強を教えてくれ、ようやく試験に合格し、川崎市職員として、清掃局、健康福祉局、老人福祉センターで一生懸命働いています。ピカピカに掃除して「ありがとう」と言われること、汗水流して働いて喜ばれ人の役に立てることが、本当に嬉しいと明石さんは言います。
お母さんが彼を障害児だからと隔離したり、面倒を看るだけの対象にせずに、社会で自立して喜んで生きていけるように環境づくりに奮闘し、本人に選択させ、根気強く支えてきたからこそ、彼の今があります。障害を持たない人以上に、地域社会に愛され、役に立てる存在になっているのですから、素晴らしいと思います。
私が10年前NHK山形時代にリポートさせていただいた車椅子の御夫婦も、地域の中で皆さんに慕われ、自立して生きる素晴らしいお二人です。障害を持ち車椅子生活の二人は、若い頃、周囲の反対を押し切って結婚しました。ご主人は、機械に詳しく、どんな古い機械も修理してくれます。廃品のリサイクルも得意でした。奥様は自宅で手芸教室を開き、たくさんの生徒さんをもっていらっしゃいました。お二人とも気配りが細やかで、御自宅には来客が絶えません。地域活動にも積極的でした。現在、病気の御主人を奥様が自宅で介護していますが、病床にあっても、映画音楽特集のCDを作って送って下さったり、今も親しくさせていただいている私の尊敬するの友人です。
とりとめのないblogになってしまいましたが、本人が望む限り、障害者も地域の中でコミュニケーションを大事にし一緒に生活していけるのが一番だと思います。
朝は、別会場でフォーラムと同時開催しているアメニティ映画祭でドキュメンタリ-『水になった村』を観ました。ダム建設のため移転をよぎなくされた岐阜県徳山村の人々の生活には、智恵と技と自然への感謝があふれていました。
実は、昨日の昼には多くの賞を受賞したドキュメンタリ-『阿賀に生きる』を拝見。とにかく愛情にあふれたいい作品で、笑いで咳が涙で鼻水が助長されて困りました。新潟水俣病への問題提起もしつつ、全体は素晴らしい人間賛歌。佐藤真監督の昨年の急逝は本当に残念です。
こうしたドキュメンタリー作品に触れると、時代や社会の歪みに追い立てられながらも豊かな自然の中で恵みとともに生きる人々の姿に、心の垢が落とされて自分の芯がとてもシンプルになっていく気がします。
3日間、いい経験をさせていただきました。ありがとうございました。
また「視覚障害の方はもちろん、軽度の知的障害の方々も充分楽しめますよ」という感想もいただき、嬉しく思っています。
3日間のフォーラムの最後の講演は「これからの我が国の社会保障のあり方を展望する」。シンポジウムは「誰もが幸せな街づくりのために~負担とサービスと~」。
数年前に「知的障害」を対象に始まったこのフォーラムも、「身体障害」「精神障害」「発達障害」を含め、軽度から重度まで包括的に「障害者福祉」の今後を討論する会となりました。
「障害者の自立」というと、昔は「身の回りの世話が自分自身でできる」という「身辺自立」や「手に職を持って生活の糧を得る」という「職業自立」をいいましたが、70年代以降、障害当事者による運動の中で提唱されてきたのが「自立生活」「地域での自立」です。
まず、「自己決定」。障害者施設に義務的に隔離されるのではなく、どこに住み、どんな生活を送るかを自己決定すること。そして、地域での生活を望む人に(実際、調査によると、身体障害者知的障害者ともに、施設入居者の6~7割が地域での生活を希望しているという)、自立生活を実現するための制度や社会資源を整備していくこと。
マイノリティだからと切り捨ててしまうのは簡単ですが、高齢者福祉や医療、介護に投入されている国家予算から見ると、障害者自立支援の予算はわずかなもので、当事者負担と居宅サービス業者の負担が非常に大きいのが現状です。施行された障害者自立支援法は不具合が多く、抜本的な見直しが進んでいますが、このフォーラムには、政治家や厚生労働省の人たちも参加し、多くの議論が交わされました。
もちろん、家族の意識や地域市民の理解も大切です。
近年NHKで取り上げられた、川崎市職員の明石徹之さんの手記は本当に感動でした。
「障害のある人は施設で」という社会の中、知的障害があり自閉症だった明石さんのために、お母さんが「地域で当たり前に生活できる」ように、地元でアイススケート日曜学校や夏休み水泳教室を開き、高校生ボランティアサークルや、地域作業所「あおぞらハウス」を作りました。地域の人に知ってもらうために野菜を売ってあるくのですが、「ありがとう」と言われるのが、高校生の明石さんにとってとても嬉しく、また仕事が楽しかったといいます。高校に通いながら文房具屋さんでも働いて、「掃除」が大好きで得意な明石さんは市の清掃局のゴミ収集のアルバイトが一番気に入りました。でもクビになってしまい、「公務員になればクビにならないよ」というお母さんの言葉に、公務員試験を受けようと決めました。お母さんと先生が、彼がわかるように工夫を重ねて勉強を教えてくれ、ようやく試験に合格し、川崎市職員として、清掃局、健康福祉局、老人福祉センターで一生懸命働いています。ピカピカに掃除して「ありがとう」と言われること、汗水流して働いて喜ばれ人の役に立てることが、本当に嬉しいと明石さんは言います。
お母さんが彼を障害児だからと隔離したり、面倒を看るだけの対象にせずに、社会で自立して喜んで生きていけるように環境づくりに奮闘し、本人に選択させ、根気強く支えてきたからこそ、彼の今があります。障害を持たない人以上に、地域社会に愛され、役に立てる存在になっているのですから、素晴らしいと思います。
私が10年前NHK山形時代にリポートさせていただいた車椅子の御夫婦も、地域の中で皆さんに慕われ、自立して生きる素晴らしいお二人です。障害を持ち車椅子生活の二人は、若い頃、周囲の反対を押し切って結婚しました。ご主人は、機械に詳しく、どんな古い機械も修理してくれます。廃品のリサイクルも得意でした。奥様は自宅で手芸教室を開き、たくさんの生徒さんをもっていらっしゃいました。お二人とも気配りが細やかで、御自宅には来客が絶えません。地域活動にも積極的でした。現在、病気の御主人を奥様が自宅で介護していますが、病床にあっても、映画音楽特集のCDを作って送って下さったり、今も親しくさせていただいている私の尊敬するの友人です。
とりとめのないblogになってしまいましたが、本人が望む限り、障害者も地域の中でコミュニケーションを大事にし一緒に生活していけるのが一番だと思います。
朝は、別会場でフォーラムと同時開催しているアメニティ映画祭でドキュメンタリ-『水になった村』を観ました。ダム建設のため移転をよぎなくされた岐阜県徳山村の人々の生活には、智恵と技と自然への感謝があふれていました。
実は、昨日の昼には多くの賞を受賞したドキュメンタリ-『阿賀に生きる』を拝見。とにかく愛情にあふれたいい作品で、笑いで咳が涙で鼻水が助長されて困りました。新潟水俣病への問題提起もしつつ、全体は素晴らしい人間賛歌。佐藤真監督の昨年の急逝は本当に残念です。
こうしたドキュメンタリー作品に触れると、時代や社会の歪みに追い立てられながらも豊かな自然の中で恵みとともに生きる人々の姿に、心の垢が落とされて自分の芯がとてもシンプルになっていく気がします。
3日間、いい経験をさせていただきました。ありがとうございました。