mokuson2's blog

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福井の伝統工芸品

2008-03-11 22:10:27 | インポート
 本日もようこそ当ブログへのお運びで、誠に有り難うございます。で御馴染みの 若狭塗り箸 を本日はさらりとご紹介いたします。  はじまりはじまり・・・・・・・・・
 
 近年の
若狭塗り箸
 平成の現在、日本の食卓はじつにバラエティに富んでいます。和・洋・中の料理だけでなく、使われる食器や調理道具まで多彩 なデザインティストにあふれています。お箸もまた、人のライフスタイルやTPOに応じて選ばれる時代になりました。若狭塗の伝統を守りつつ、時代が求めるお箸づくりを追求する若狭塗箸の『今』をご紹介しましょう。

どんな食材や料理にも使いやすいすべらないお箸
            写真上     先端の滑り止め加工
   
     持ち手の滑り止め 
  先端にはすべりにくい加工を施したもの、持ち手には凸 凹をつけたり異素材を巻いたりと、すべらず持ちやすい工夫をしています。

  父親は20数年前に脳内出血のため後遺症で右半身不随の体になりましたが以後、右利きでしたが左手を使わねば食事が取れぬようになりました。ほとんどスプーンなどは使用しないで、写真上の箸を愛用していました。重宝な箸だと私も推薦いたします
 妻は正月には家族の箸を新しく新調するのですが、脳の退化が著しい私は、やっと自分の箸の色を覚えたのにと、正月そうそう脳のなかはパニックに陥ります
 
 今日の新聞記事では福井の数ある伝統工芸品の昨年の出荷額が越前漆器以外は一昨年よりダウンしているとか。是非皆さん一日三食を 若狭塗り箸  を使いお召し上がり下さい。という私は朝は箸を使わず、両親からプレゼントされた手でパンを食べています 。      
 

酒井和歌子・青春通り

2008-03-10 21:45:44 | インポート
 

   酒井和歌子/青春通り

 B面が 「花と走ろう」 でしょう
たんなるファンである映画俳優の一枚ということで買ったのでしょう、歌唱力は残念ながら今一歩の感じでしたが。
 ジャケットには 68・6 と記載がありますから40年前となります。私のことは棚にあげまして 、妻も40年ほど前
にはこのように若い頃があった筈ですが容姿のほうはいったいどうだったでしょうか、可愛くなかったことに間違いなかったでしょう 。数年後に私は深い思いやりと慈悲の心でたぶん結婚したのではないかと、いまになれば後悔しています(情けは人のためならず)。
 「団塊の世代」といわれますが、酒井和歌子さんと共に「青春通り」をスタートして花と走ろうと唄いながら今日まで走って来たのでしょう。ここらで少しばかりペースダウンして今後も元気で行きましょうよ。                                            
 

ヒーマの休日 〈ローマの休日)

2008-03-09 21:52:16 | インポート

 過去の映画で「ローマの休日」というのが上映されたが私の暇な休日のストーリーより。
 昨日・今日と休みの二日だったが「りん棒置き台」の制作に取り組んだ。材料は「ブビンガ」を使うことにした。75×260×3ミリの板が10数枚あったので台の部分は張り合わせて作成した。台に細かい加工をするのも難しいので正面に我が家の家紋をつけることとした。大きさは100円硬貨ぐらいのサイズで当初は台の横側に彫刻しかけたが、写真のように白くみえる部分を綺麗に彫れる自信がないものだから3ミリの板を加工して貼り付けることにした。
接着剤がはみ出さないように塗布するのもやっかいな作業となるだろうけれども。越前漆器の職人さんか仏壇店の人に聞いて金粉もしくは金箔を家紋の表面に加工をと考えている。台はたんなる長方形の簡単なものだから脚としてただいまプレス中です。はたがねという道具もあるのだが鉄工所などで使用する万力でプレスした、強力な圧力で接着することが出来ますから。
 午後、名古屋国際マラソン とサントリー×東レのバレーボール交互に観ながら途中、墓にも参った。墓地の左隣も同じくmokuson家で同じ家紋が墓石に彫刻されていたが、周囲の〇の部分と中の菱および中に彫られている菱のバランスが微妙に違いとなりの家紋が私は綺麗に思えた。なお家紋は「丸に釘抜きとか一つ目」どちらが正しいのですかね
 後のニュースで高橋選手が「これが私の今の実力」とか、自分の敗戦を素直に認めた綺麗な言葉に私は感じました。                                


豪邸

2008-03-08 22:47:59 | インポート


 数年前に東京観光で「 はとバス 」にて,車内からみた鳩山邸である。セレブとはこのような豪邸でメイドを数人雇い生活しているような方々だろうと私は思う。写真では敷地内からの撮影の為か、まるで大使館かのような鉄の門扉はみえない。(私の撮影ではありません)
 日銀総裁云々でインタビューに答えている姿がテレビに出ていたが、生まれた時からこのような環境で生活してきた人が、庶民の生活・声を代弁など果たして出来るのであろうか。鳩山邦夫は別として鳩山由紀夫の顔は私はきらいである。顔だけでもないが 鳩官鳥
はきらい(九官鳥はなんとも思わないけれども )。政治家ではなく一族支配の政治屋だから仕方ないのだが世襲、官直人の長男も政治活動家とか。
 私がきらいだからといっての非難はもうやめることにするが、園芸とくにバラの愛好家は一見の価値がありそうなので鳩山会館の HP の紹介です。なお 3月16日(日)NHK教育テレビ「新日曜美術館」で、「小川三知とステンドグラス」が放送されます。鳩山会館のステンドグラスは全て小川三知の制作によるものですが、一部が放送されます。小川三知のステンドグラスは、田辺千代さんの研究によって、広く知られるようになりました とかさ 

 http://www.hatoyamakaikan.com/info/album.html                      
 

人を育てる心とは

2008-03-07 22:03:39 | ニューモラル
  人を育てる心とは

 中国の明時代の袁了凡(えんりょうぼん)という人が書いた『袁了凡四訓(しくん)』という本の中の「積善」に、次のような話が出ています。国中の人から、立派な人だと仰がれていた呂文懿公(ろぶんいこう)という人が、宰相(さいしょう)をやめて郷里に帰りました。そのとき、一人のよっぱらいが、呂公をののしったのです。呂公は、門を閉めて相手にしませんでした。ところが、このよっぱらいは、まもなく死刑になるほどの罪を犯したのです。それを聞いた呂公は、あのときに、すぐ戒めておけば、そんな罪を犯させないで済んだのに、自分は、ただ寛大であるところを見せようと思って、人を育てる心がなかった、と後悔したというのです。自分のことを考えていたのでは、人を育てることはできないという教えです。