花も散り桜の時期は終わってしまった。明日は統一地方選前半の投票日。投票に行くかどうか迷う日でもある。
各種選挙において投票率は下落の一途を辿っているという。特に若者の棄権率は著しいとある。投票権は唯一ともいえる国民の権利。また、政治に関与できる権利でもあり義務でもある。
先日の朝日新聞「天声人語」に「悪い政治家をワシントンへ送るのは投票しない善良な市民たちだ」とあった。少なからず私もそう思う。
明日の41道府県と政令市の議員選挙で、選挙区の3分の1に当たる321選挙区が無投票になったという。これはまさに政治の貧困をあらわにしているということではなかろうか。さらに、善良な市民たちの投票権を奪う無投票も暴挙だと言っては言い過ぎだろうか。
自分の住む熊本市北区選挙区の市議選は無投票区となった。10人の市議候補者が、選挙を待たずに、早々と告示当日に当選してしまった。これまでのすべての選挙で棄権したことは1度もない。ところがこの市議選、投票権を強制的に取り上げられたのだ。
近くの公園に設置されているポスター掲示板。10人の当選者があるにもかかわらず9枚のポスターしか貼られていない。当選すれば後はどうなとなれ。無責任な無投票当選者の顔をそこにみることができる。
熊本市では熊本交通センターの跡地開発で意見が2分され、喧々諤々の論争が続いている。その状況の中で10万を数える北区の選挙民の意思表示の権利は取り上げられてしまったのだ。こんな不条理が許されるのだろうか。
これまでは全市1区で市議選が行われていた。ところが周辺市町村を取り込み政令指定市になってから選選挙区は区ごとに5つに別れた。その結果が無投票区の誕生だ。こんなことなら政令指定市にならなけれがよかった。指定市移行に反対の声を上げればよかったとじくじたるものがある。市は無投票区とならない対策を真剣に考えたのだろうか。無投票区をなくす、それも政治の1つの責任だといえるだろう。
大都市の無投票区はまさに時の政治の貧困の象徴、地方政治の頽廃だ。その中でも民主党の動きは特に気にかかる。地方の政治なくしてまた支持なくして中央の政治は成り立つものではない、民主党熊本市区の県議立候補者はたったの2人。北区の市議候補者は0。北区の無投票を招いた責任は民主党にありともいえる。このようなことで次代の政権を担う政党となりうるのだろうか。県議選での議席確保も容易ではあるまい。
そこで訴える。当然の権利であり義務である投票権を北区の選挙民に返してほしい。市街地の再開発についてわずかでも意見を述べさせていただきたい。ささやかな北区住民の願いだと確信できる。
明日の選挙、善良な市民が棄権することまで考えなければならないとはこれいかに。まさに異常事態。 しかし、多分明日は選挙に出かけることだろう。棄権だけは避けねばならない。と。