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2022.3.11~forget-me-not 

2022年03月11日 | JULIE

11年目の3.11。

ジュリーのオフィシャル画像が変更されていました。

まだ花をつけていない忘れな草のポット苗が

一昨日、園芸店で売られていて、

ジュリーの気持ちを思っていたところです。

3.11から11年目、まだ悲しみも

原発の記憶も癒えないのに

ウクライナの原発が攻撃されたという

ニュースに恐怖を感じています。

なんとか早期の平和的な解決は

できないものかと願うばかりです。

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「阿久悠と松本隆」歌謡曲が輝いていた時代の記録。

2022年03月11日 | JULIE メモリーズ

J友さんから見せて頂きました。「阿久悠と松本隆」中川右介著 

中古本だそうですが、なかなか面白く読みました。阿久悠と松本隆が作詞家として輝いていた、あの時代のジュリーや人気歌手たちを、私はリアルタイムでお茶の間で見ていたんですから。

かって、歌は世に連れ 世は歌に連れ・・と言われていた、日本人全員が知り、誰もが歌い聴いていた歌謡曲。時代と共に歩み、その時代を彩るものであった歌謡曲が、お茶の間の中心にいなくなって久しい。曲は個々人のものとなり、21世紀になると、誰もが知るヒット曲というものが無くなりました。

本は題名のとうり、時代を造った二人の人気作詞家を取り上げ、売上枚数を比較することにより、二人の作詞以外の、あの当時売れていた歌謡曲も一緒に語り尽くすという作品です。

阿久悠さんといえばジュリー。なので、本にはジュリーとの関係が始まった1975年から、二人の関係が終わるまでが、一年間ごとに出した曲と、その売り上げ枚数も書いてあります。

年間で売れた阿久、松本の作品と、その他ヒットした多数の曲との売上枚数の比較から、その時代を読み解いていくので、歌手本人についての作者の主観はほぼ排されています。例えジュリーであっても、歌が上手いとかキレイだとかは別問題、問題なのはあくまで曲の売上枚数です。阿久悠さんと松本隆さんの詞自体についての考察なども、深く掘り下げたり追及はしない、けれども詞の比較や時代の変化を読み解きます。

ジュリーのところを、ちょっとだけ

年間で、ジュリーだけではなく阿久悠さんが関わった歌手とその売り上げ枚数、松本隆さんのヒット曲と関わった歌手。その二人以外の年間のヒット曲の売り上げ枚数も描かれていて、そのヒット曲の殆どを自分がわかる、知っているという事実に我ながら驚くとともに、いや、それは当然だと思ったり。

70年代から80年代にかけてのあの頃、何が流行っていたのか、誰が売れていたのか、それを今でも覚えているので、本に書いてあることが いちいちそうだったと腑に落ちます。なのでスラスラと矢継ぎ早にページをめくることができました。ジュリーのファンじゃなくても、あの当時の日本人の多くが、お茶の間で歌謡曲を聴いていた時代です。

「スター誕生」という阿久悠最大の「作品」が作られた経緯と、それにまつわる芸能プロダクションやテレビ局の思惑、ナベプロ帝国の翳りなど、淡々とその事柄が語られる。決して一人の歌手に熱くならずに、その売り上げや事柄を正確に記す。淡々とクールな筆致にかえって信頼を覚えました。

ジュリー以外では、淳子に百恵、新御三家など、阿久悠、松本作品を歌っていない当時の人気アイドルたちが多数が取り上げられて、そんなこともあったなぁ、こんなアイドルいたな、世良さん原田真二さん・・と遠い眼で思い出しました。(世良さんはカムカムに出てましたね。)

不運な曲として1976年の「ウインクでさよなら」が取り上げられ、新幹線の事件のせいで謹慎し、TVで歌うことが出来ず、さしてヒットもしなかった・・の件には、今でも心臓がチクリと痛みます。私だって京都駅の改札で(比叡山の当日)「また来たのか」と国鉄職員に言われたくらいだから、当時の国鉄職員の意識の低さ、失礼さがよくわかるというもんです!腹立つわ~(-_-;)(殴ったらあかんけど💦)

1976年の「ウインクでさよなら」夜のヒットスタジオより

そしてピンクレディーが登場、彼女たちの「スター誕生」でのデビューまでの初めて語られる秘話、初めは全く周囲から期待されていなかったという裏話が面白かった。スタ誕、もちろん私も見てたわ!

ジュリーとピンクレディーは、78年のレコード大賞で激突しますが、その裏話がなんともはや・・💦 その年の紅白をボイコットした、ピンクレディーのその後の一気の凋落から解散には、もの悲しさを感じましたが、ボイコットの事など、とっくに私は忘れていました。そんなこともあったなぁ・・

1978年の暮れの紅白は、ジュリーが大トリ!紅組は百恵ちゃん! 裏番組のピンクレディーなんぞ、私は微塵も気にかけなかった。多くの日本人は裏番組のピンクレディーなど忘れ、ジュリーと百恵ちゃんの紅白を見たんだと思います。それは、この年の紅白の視聴率にも表れているはず。

賞というものに権威が無くなり、旨味が無くなったいま、芸能界の裏で蠢いていた利権やフィクサーたちは古いものとして、時代と共に消え去ったのだろうか?時代は変わったんだろうか?いやいや、旨味のあるものには誰しもが群がるもの・・そういうものは形を変えて無くなりはしないと思います。

阿久悠さんとジュリーの蜜月は1979年まで。長いジュリーの歌手人生の中で、たった4年間だったのかという感慨と、なんて濃密で華麗な時代だったんだろう。そのあまりの華々しさ、強烈な印象が、後のジュリーを縛る枷にもなったのかもしれない、と思うとちょっと切ない・・

しかし、曲の売り上げ枚数という物差しだけでは、歌手本人や時代を語れないのも事実。例えば阿久悠作品ではない「TOKIO」は、最高で売上8位だけど、今ではジュリーの代表作の1曲と言っていい。東京の曲と言えば「TOKIO」TV画面から、いまでも良く聴こえてくる。文中にも、枚数では売れた「LOVE抱きしめたい」より、ジュリーが歌わなければ売れなかったはず、ボギーなんて誰も知らない、と言われてしまった「カサブランカダンディ」の方が、曲としては後の印象に残ったと書かれています。

80年代からは松本隆さんが作詞家の代表にとって変わったと言えるけど、その後のページは流し読み('◇')ゞ 松本さんは現在関西にお住まいで、去年あたりからよく新聞で当時に関するインタビューを拝見します。結局、松本さんも懐古の時代の人なんだろな。今となれば。

いつ出た本なのかと奥付を見たら、2017年。割と最近の本でした。阿久悠さんが出した本は何冊か読んだけれども、売り上げ枚数で比較した本は他には無かったかも。作者の中川右介さんは、1960年産まれの作家・評論家で、60年産まれなら、ちゃんとその時代を知っているだろうから、本書に信頼がおけました。

昔からのジュリーファンなら、読めばとても懐かしさを覚えるだろうし、新しいファンの方なら、曲の売り上げ枚数と言う動かせない事実の前に語られるジュリーなので、当時のジュリーの人気のほどがおわかりになるはずです。そして、だんだんと売れなくなってゆく流れを、レコードの売り上げ枚数と言う、シビアに隠せない事実で感じることが出来るでしょう。

レコード大賞の裏話にも興味を惹かれると思いますので、新しいファンの方にもおすすめです。



ジュリー様と関りのある、マキノノゾミさんと、佐野元春さんが芸術選奨を受賞しました。と、J友さんより。今朝の新聞に載っていました。

国の文化庁がくれるんだから、権威があるんやろな。と思いながら、賞の内容がよくわからないというのが本音です。自治体からの賞は頂けても、上から貰うものは、ジュリーは貰えそうにもないと思うけど、マキノさん、佐野さん、おめでとうございます✨ 

J友さんのガーデンより

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