ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

頂きました~(その2)

2009-11-16 03:06:48 | 能楽
こうして村上さんと ぬえとの不思議な関係が始まりました。ぬえは村上さんの新作の面を師匠のもとに運んでご批評を伺う。これが ぬえにはとてつもない勉強になりました。

たとえば「般若」について、師匠が ぬえに申されたのは。。

「般若は下の牙が角と同じ角度で前に向いている面が(演技が)利くんだよ」そうして話題は「般若」を使う演技にまで及んでいきました。「般若は絶対にテラしてはいけない。相手(=ワキ)を睨みつけるときも、こう、下から上目づかいに見て。。」まだ当時書生だった ぬえにとってはまさに驚きの連続でした。こうして それぞれの面の善し悪しや、またその面の使い方なども、ぬえは村上さんのおかげで師匠から親身に伺うことができたのです。

このご批評を ぬえは村上さんに伝えて、村上さんはそのアドバイスを聞いてまたご自分の面に修正を加える。。こうした関係は、今も続いておりまして、もう20年近くも続いているのではないかしら。この間にもいろいろな事がありまして、村上さんも師匠にお会いして直接ご批評を伺うこともありましたし、また師匠からも古い面の補修や写シを村上さんにお願いすることもありました。

ただ、村上さんは師匠と直接お話をされるようになっても いつも ぬえを立ててくださいます。それどころか、ある時期から ぬえにご自身の打たれた面を提供してくださるようになりました。もう何度も ぬえは村上さんの打たれた面を使ってシテを舞っております。その中でも最も印象深かったのは ぬえが『道成寺』を披いたとき、後シテの「般若」を村上さん作の面で勤めたことでしょう。

この『道成寺』に向けての稽古の際に、ぬえはずっと、以前に村上さんから頂戴した「般若」を掛けていました。それこそ申合までこの「般若」を使っていたのです。さて申合が終わって装束等の準備を最終的に整えるとき、ぬえは はたと気づいて師匠に伺いました。この村上さんの面を本番の舞台に使うべきか。。? 師匠のお答えは「。。。やはり披キだから うちの面を貸してあげよう。。その面にも慣れているだろうから、それは“控え”にしたらどうだ?」

つまり『道成寺』では後シテの着る「般若」は鐘の作物の中に仕込んであるわけですが、それも鐘の落下の衝撃で損傷がある危険性があるわけで、そこでその対策として鐘の作物の中には「控え」として「般若」を2面入れてあるのです。本当はこちらの「般若」を使う予定だが、万が一の事故に備えて「予備」を用意してあるわけですね。こうして ぬえの『道成寺』の披キには師家の「般若」を本面として、村上さんの面が「控エ」として、どちらも鐘の作物の中に納められることになりました。

村上さんとしても ご自分の打たれた面が『道成寺』に使われる「可能性」が生まれたことは名誉でしょうから、ぬえはすぐにそのことを村上さんに伝えました。もっとも、念のためにこんな事を言い添えましたんですよ。

「だからと言って、ご自分の面が本番で使われるように、と、鐘の作物の中での事故を祈るんじゃありませんよ~~(・_・、)」

そうしたら。。事故は本当に起こってしまったのです。

この『道成寺』には本当に命を賭けてしまった ぬえでありますが。。このとき「鐘入リ」まではなんとか無事に決めることができました。はあ。。とひと息を落下した鐘の作物の中でついた ぬえは、そのとき衝撃の体験をしてしまいました。


本面の、師家から拝借した「般若」の角が。。落下の衝撃で。。折れてる。。(O.O;)