ぬえの能楽通信blog

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『朝長』おわりました(その6)

2006-06-14 02:53:20 | 能楽
さてクリからあとは、ずっと床几に掛かって型をします。床几で型をする事は『田村』『屋島』だって同じなのだけれど、『朝長』では、やはり型を減らす作者の目的が感じられます。一方クセの終わりに「朝長が後生をも御心安く思し召せ」とワキと向き合うところ、ここは気持ちが良い場面ですね。「癒し」というテーマをこの曲に発見したとき、この型は大きな意味を持ってきます。このシテの言葉によってワキも、そして翌朝にはこのワキによってこの言葉が伝えられるであろう前シテの女長者も、朝長自身と一緒に救われるのですから。。ワキと向き合う、なんてシテとしては日常のようにする型なんだけれども、このように考えてくるとひとしお感慨も出てくるもので。。

ロンギの中、後シテの眼目の一つである型どころの一つ、「大崩にて朝長が膝の口を箕深に射させて」と左袖を巻き上げて扇の要を左膝(型として“膝”は無理なので実際にはももの辺り)に突き立てる型になります。このところ、稽古をしてわかったのですが、じつはコツがいる場面で、しかもそのコツは装束を着けて稽古しないと気がつかない。自分が装束を着ている、とシミュレートしながらの稽古では分からない事もあるんです。で、これを知らないで舞台に出てしまうと、巻き上げた袖そのものが邪魔をして扇をうまく持つことさえ出来なくなる。。ということは扇を膝に突き立てる事も難しくなって。。あな恐ろしや。

それに続いて「馬はしきりに跳ね上がれば」と右下を見て拍子を踏み、それから「鐙を越して下り立たんと」となるのですが、ここは床几を馬の背に見立てているので、通常は立ち上がろうとして果たせず「すれども難儀の手なれば」と途方に暮れる心で床几に居る、という型です。ところが。。ぬえの師家ではここで立ち上がって左足を一足、ハッキリと正面に出すのです。これはちょっと他では見たことがない。

膝を貫通した矢は、そのまま馬の腹に突き立っているのだから、これでは理屈には合わないのだけれど、稽古してみるとこれは良い型で、つまり自分も負傷しているのに、馬を乗り捨てて徒歩になって、なおも戦おうとした、という心の強さを表しているのですね。実際には巻き上げた左袖を膝の上に突き立て、その姿勢のまま床几から立ち上がると、この袖がかなり不安定になって、やり方によっては左膝の上で袖がグチャグチャにほどけてしまう事にもなるのですが、これも稽古でコツをつかむことが出来ました。

その後「乗替えに掻き乗せられて」と床几を放れ、常座へ行き正へ出て安座してクライマックスの切腹の場面になります。。ぬえ、こういう「瞬間」で見せる型は得意かも。。ほかにも『藤戸』の「刺し通し、刺し通さるれば」とか『葵上』の「打ち乗せ隠れ行こうよ」とか、ほんの瞬間だけで効果の是非が分かれるような型はあるものなのですが、ぬえは有難いことにあまりこういう場面の稽古で苦労はしないで済んだりします。。むしろ ぬえが弱いのは「動かない」事かも。。それではいけないんだけど。。

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大曲を勤め終えて、いまは次の舞台「狩野川薪能」の『船弁慶・前後之替』の後シテの稽古にようやく集中できるようになりました。ご来場頂きました皆様、また長らくの ぬえの『朝長』の研究の連載にご愛読頂きましてありがとうございます。とりあえず ぬえの『朝長』のご報告はこれで一段落とさせて頂きますー。m(__)m

。。でもまだ『朝長』の連載はもう少しだけ続くのであった。
お約束しました通り、次回は『朝長』の重い小書「懺法」について、この機会に少しご紹介してみたいと思っております。



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