今日は竹細工教室、参加者が少なかった分、美味しい思いができたかも(*^^*)
いつもは、午前中はひご作りなんですが、先生が人数分以上にひごを作ってきてくださって、いきなり初めて取り組む六つ目の花籠。
僕は時間の制約があり、途中で魚屋に買い物に行ったり、お客様の迎えがあっての中でしたので、写真のものと、あと半分を作ってタイムオーバー。
でも、他の方は二つの籠を完成させる離れ業。
先生には悪いけど、美味しい、美味しい竹細工教室でした。
あっ、作ってみたい方があれば、一緒に出来そうですよ。
つい先日、電池で駆動するハンディタイプのチェーンソーをゲット、昨日、試運転を兼ねて敷地回りの立木の選定作業。
なかなかの使い心地なので、ついついオーバーワーク気味に(^^;;そんな作業の中で切った枝の先端に面白いものを見つけました。
それは、よくよく見ると思いもかけないオケラ。
ちょっと可哀そうだけど、小さな小さな枝の先にそのオケラ君。
これ、モズのはやにえなんですよね、モズ君はストックしたオケラを覚えていて食べるのかどうか、よくわからないらしいけど、、、
自然も人間界同様なかなか厳しいようですね。
人間には、自分たちは何者なのかということと森羅万象のすべてを識ることができる生き方が用意されているのだ。
“アナスタシア8‐2、新しい文明下~愛のならわし~”の一節。
市内の大きな本屋を2か所回りましたが、どちらも置いてないばかりか、注文して欲しいと頼むと、取次店にも発行所にもないと(><
発行者のアナスタシアジャパンに連絡すると、怪訝な返事、すぐに送ってもらい感動に胸を震わせる思いで読み終えました。
上古代・縄文以前、カタカムナ文明を築いた人たちは、まさに、森羅万象のすべてを覚知していたのだろうと思います。
地殻変動の激しい時期、ヒトが生き延びるためには自然の動きを察知する力が必要だったわけですから、当然のごとく森羅万象に繋がっていたのだろうと。
それゆえ、天然の物理を直覚し、ある意味量子論を凌駕するカタカムナのウタヒを残せたのだろうと思います。
ダルビッシュのインタビュー記事で、データ野球がすごく進化し、誰でも凄い変化球を投げることができるけど、それは全く面白くないと語っていました。
私たちは、有り余る“豊かさ”や“便利”を手に入れましたが、それで本当に幸せになったのか?
その問いへの答えが、メッセージとして詰まっています。
特に、若い世代に伝えていきたいものだと強く感じています。
雪でほぼ身動き取れない新庄に、可愛いお客さんが慰めにやってきてくれます。度々やってくるヒヨドリの目的の一つは、餌をついばむこと。
南天の実はすっかり食べつくされ、後は、椿の蜜などの甘いもの、でも、椿の花もあまり姿がなく、、、
驚いたのは、台所の窓のすぐ脇のエニシダ(たぶん)の木でさかんに何かをついばむ様子、よく見ていると、木の葉を食べているじゃありませんか。
いなくなってから、普段は見えない陰の部分を見てみると、葉っぱがほぼ食べつくされていました(@@
彼らの好きなキャベツやブロッコリーなどの葉物は雪の下、次善の策で?
枝の伸びが旺盛で、いつもバサバサと剪定するエニシダですから、それは良いけど、雪に閉ざされて1週間ですから、お腹がすいているんだろうなあ。もう一つ、今日の写真はちょっと遠景になったけど、モズ君も毎日のように縄張り点検?にやってくるようになりました。
結構長居して楽しませてくれるお客様の一人です。
今年も、良い伴侶を見つけて、微笑ましい親子のショットを見せて欲しいものです。