今日の鬼平犯科帳シリーズ第四作の殺し文句は、おかみさんにほのかな恋情を抱いている大泥棒が鬼平に捕まったときに「おかみさん、人は一つの顔を持っているんじゃありませんぜ」という台詞だった。大泥棒と人を誠実に愛する男の顔とが混在していたのだった。飲み屋のおかみさんには大女優山田五十鈴が扮していた。池波正太郎原作のこのドラマは幸不幸がいつも織り混ざっている。そこがいい。
なら、さぶろうも大泥棒の語調を借りてこんなしゃれた台詞を。「おかみさん、人は一つの人生を生きていながら、同時にたくさんの人生をも生きてるようですよ」「いい人生もそうでない人生も同時に。幸運な人生もそうでない人生も。苦難の人生もそうでない人生も同時に。幾つもが複雑に重なり合って。絡まり合って。それで美しい織物を織ってねえ」