<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

働いた後の、凄まじいばかりの快感ラッシュ。

2024年09月26日 19時29分28秒 | Weblog

働いた働いた! 

て、いっても、2時間弱。

着ている下着が汗びっしょりになった。

風呂場に直行して冷水のシャワーを浴びて汗を流した。

で、それで、お爺さんは全身全心が快感エンドロフィン、ドーパミンまみれになった。

凄まじいばかりの快感である。

夕方も気温は下がらない。33.4℃もあった。暑い暑い。汗だらだらだらだった。

白菜苗5株、ブロッコリーのステイック・セニョーラ苗4株を植え付けた。

それから韮畑の韮をぜんぶ、根っこから鋸鎌で刈り取った。次の若芽を発芽させるために。

それから、刈り干し草山の総整理をした。これが骨折れた。

でもともかく有り難い有り難い。よろよろのお爺さんが畑に出て働けたのである。ちょっとの時間であっても。

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焦りは禁物。

2024年09月26日 16時04分01秒 | Weblog

さて、と。日が翳り始めた。午後4時を過ぎた。畑に出て行こうか。

それでもまだ33・4℃もある。湿度は50%。いつまでもいつまでも暑い。しつこい。

覚悟を決めて、農作業をしよう。蚊取り線香を腰にぶら下げて行くべし。日没してしまうまで2時間ほどある。

やるべきことは多い。といって、焦りは禁物。よろよろお爺さんは、ゆっくりしか動けない。

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秋晴れの爽やかな空が広がっていることだし。

2024年09月26日 09時03分31秒 | Weblog

どっかへ行こうかな。ドライブして来ようかな。

今朝はブログもたくさん書いたし。

秋晴れの爽やかな空が広がっているし。

一人のドライブはさみしいけれど。

ぶうらりぶらりして夕方早くに帰って来ようかな。

夕方は畑に出て、買って来ているブロッコリーの苗4株を植え付けよう。

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お爺さんの書くブログは唐人の寝言クラス。

2024年09月26日 08時58分16秒 | Weblog

唐人の寝言は、唐人だから何を言っているのか分からない。ふにゃふにゃにしか聞こえない。

わたしは唐人ではないんだけれど、人様にはきっと唐人になっているだろうな。

この老い耄れお爺さんの書くブログはむにゃむにゃの寝言なんだろうな、きっと。読み手がわずかだ。

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いっしょにススキの秋の山へ行かない?

2024年09月26日 08時48分53秒 | Weblog

いっしょにススキの秋の山へ行かない?

って、誘える人がいたらよかろうな。

それが言えるやさしいおんなの人がいたらよかろうな。

意気投合できる人がいたらよかろうな。

秋の野山は三倍美しくなるだろうな。

でも、いない。

じゃ、一人で行くか。いつものように。

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予想は外れた。

2024年09月26日 08時33分59秒 | Weblog

老い耄れてしまったら、そこで、つまらなくなるか。

つまらなくなりそうだなと予想していたが、予想は外れた。

あるある。

老い耄れにも光がある。

韮の畑の韮の白い花飾りに秋の光が遊んでいる。静かに遊んでいる。

「数多(あまた)のそれが届いて来ている」という再確認再認識をすることができる。

老いはつまらない、なんて、なかったのだ。

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目を閉じると祈りになる。

2024年09月26日 08時29分21秒 | Weblog

目を閉じると祈りになる。

祈りは物質界を離れて、祈りの宇宙を創成する。

物質界にだけではなく、祈りの世界にも住んでいるのだぞ、ということをほのめかせて来る。

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畑のピーマンの水玉が朝の光に光る。

2024年09月26日 08時22分40秒 | Weblog

畑のピーマンの葉っぱに、水玉が、朝の光を受けて、きらりきらり光っている。

夜中に雨が降ったのだろう。

それを見ている。わたしの目の玉が見ている。にこにこして見ている。

美しく見ていないと申し訳がないという感情が、すすっと動く。

人はこの地上を去る。もうすぐ見えなくなる日が来ることを、目の玉は知っているようだ。

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ときどきふっとおにぎり(別名お結び)が食べたい。

2024年09月26日 08時16分11秒 | Weblog

ときどきふっと,朝ご飯におにぎりが食べたい。おにぎりには,握ってくれた人の、手のぬくもりがある。おっかあの胡麻塩おにぎりの中には梅干しと塩昆布、鰹節。

おにぎりの腹の中になんにもなくてもいいい。人の愛情がおいしい。おにぎりは、別名お結び。おっかあの愛情が結びつけられている。

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生きている我が人生を明るく光らせていたい。

2024年09月26日 08時09分22秒 | Weblog

いろいろ発見がある。そこでぱっと目が開く。嬉しがる。

ということは?

いままでそれを「袋綴じ」にしたままだったということになる。

封じ込めたままにしてすまなかったすまなかった、ということになる。

くらがらないでいたい。

生きているわが人生を明るく光らせていたい。

9月26日、午前8時20分、秋の日が我が庭先に届いて、跳ねている。

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