何をもって、氏は「大変な時代」と称しているのか。12ページから始めます。キャッチフレーズの得意な氏らしく、「常識破壊と大競争」と副題をつけ、政治、経済、安全と言う切り口で意見を述べます。
いつもなら、説明が煩雑なので箇条書きにしますが、今回は逆です。読みやすく、分かりやすい文章のため、そのまま転記すると、たぶらかされる人が増えそうなので、あえて文章にしません。
《 政 治 》
1. 自民党単独政権の崩壊 ( 戦後38年間続いた単独政権 )
(1) 短命内閣の誕生
細川政権 羽田政権 ・・ 自・社・さ連立政権
(2) 無党派のタレント知事の誕生 ( 平成7年 )
東京 青島幸男 ・・タレント、俳優、作家
大阪 横山ノック・・漫才師
《 経 済 》
1. 円・ドルレート
(1) 平成5年春・・1ドル110円を割り込んだと、大騒ぎ
(2) 平成7年春・・1ドル80円になるが、貿易収支は黒字
2. 景気循環、物価動向も、常識破壊
政府は「緩やかな回復」と言うが、諸物価が長期低落。特に一般消費者物価が、顕著な値下がり
《 安 全 》
1. 建物、道路等への安全神話崩壊
世界各地の事例に関し、専門家たちは「厳しい基準で建設されているから、日本は絶対大丈夫だ。」
と言ってきたが、阪神淡路大震災では、道路もビルも倒壊
2. 日本に広まる、組織盲従の危機
オウムなど、過激な犯罪集団に盲従する若者の増加は、終末思想を受け入れる素地発生の象徴
振り返りますと、目まぐるしいまでの変動でした。テレビも新聞も、連日大騒ぎし、落ち着きのない日々だった自分を思い出します。それでも当時はまだ、企業戦士の時代でしたから、満員電車に乗り、朝から晩まで会社で働いていました。もしかすると、自宅待機や休業ばかりで、気を紛らすもののない、「武漢コロナ」の今の方が大変なのかもしれません。
「この国の高度経済成長と、国際競争力強化を実現してきたはずの官僚組織と、一部の経営者とが、」「バブル景気の崩壊と円高の過程で、国庫と企業に膨大な損失を与えた。」
「偉いと思っていた、高級官僚や経営者の多くが、」「実は見通しが悪く、見切りが拙い、無能、無責任な人々だと、分かったわけだ。」
自分も高級官僚の一員なのに、よくも他人事のように批判できると呆れますが、言っている内容が正しいため、反論もなかったのでしょう。ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』や、ハンチントン氏の『文明の衝突』を読めば分かりますが、氏が述べるように、高級官僚や企業人の一部を批判すれば済むような、単純な話ではありません。だが私が疑問を抱いたのは、次の説明でした。
「このことは、有能で勇敢と信じていた、帝国陸海軍の将星たちが、」「必ずしもそうでなかったことを知らされた、終戦時と同じような衝撃を、日本人多数に与えている。」
「つまり今の世の中には、一種の、」「終戦現象が起こっているのだ。」「困ったことに、当の本人たち、」「高級官僚や、企業経営者のほとんどが、その事実に、気づいていない点である。」
私は働き盛りの社員で、妻や子供のためと、苦労も苦労と思わず仕事をしていました。終戦時と同じような衝撃など、周りの誰を見渡しても、そんな思いはありませんでした。氏が言う「衝撃を受けた日本人多数」とは、どこにいたのでしょう。私の会社は山奥の過疎地にあったのでなく、東京のど真ん中にありましたから、終戦時と同じ衝撃を受けた人間が多数なら、当然私も目にするはずです。と言うより、私自身がそう思うはずです。
こう言うところが、飾り物の知識をちらつかせる、魂の抜けた元東大生の見本です。別次元の話を、同じものとして語るまやかしですが、私のような捻くれ者でなく、善良な読者は、なるほどなるほどと読み進むことでしょう。捏造の説明を鵜呑みにさせる巧みな文章なので、息子たちに読ませたくない悪書と言う由縁です。
「いつの時代でも、世の中は変わる。」「そう言う意味では、時代は常に不連続だ。」「何時の時代、どんな世の中でも、人は本音と建前を使い分ける。」「だから世の中のことは、何時も分かりにくい。」「ましてや、不連続の彼方にある未来ともなれば、」「不透明なのも当然だ。」「それにもかかわらず、今が特に 〈 大変な時代 〉 と感じられるのは、」「この不連続と不透明の先に、」「夢と面白さが、期待できないからだろう。」
由緒正しい左翼なら、こう言う文章は書きません。マルキストたちには、不透明な時代という認識がなく、科学的に歴史を見れば経済活動の変遷が、必ず階級社会を産む・・と、使う言葉が決まっています。
「大変な時代」に関する説明が、明快だったため、分かったような分からないような叙述も、読者の心を捉えます。西部開拓時代のアメリカのように、「夢と面白さ」ばかりを期待する人間が、今の日本にどのくらいいるのか。乱世は出世と金儲けのチャンスだと、夢と面白さを感じるのは、氏や竹中氏みたいな野心家たちくらいでしょう。
堅苦しいテーマを述べていても、くだけた叙述の面白さに読者は惹かされます。自分は騙されないと、オレオレ詐欺を警戒するように身構えますが、氏の分析の的確さもあり、つい納得させられます。
次は「時代予測」ですが、スペースがなくなりましたので、本日はここで一区切りとします。堺屋節とでも言うのでしょうか、読者を惑わす、講談師の語り口に要注意です。