ねこ庭の独り言

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日本人とユダヤ人 ( 山本七平氏への違和感 )

2019-03-03 18:43:38 | 徒然の記

 イザヤ・ペンダサン著『日本人とユダヤ人』( 昭和45年刊 山本書店 )を、読了。

 若い頃古本屋で買った本を、そのまま本棚に並べていました。秦氏はユダヤ人だったと私を驚かせた、田中英道氏の動画を最近はよく見ます。戦う保守を標榜する氏は、どの動画でも似たような話をしますが興味を惹かされます。

 「世界を動かしているのはユダヤ人です。」「陰謀説でもなんでもありません。」「表に出ませんが、世界の金融と思想界を握り、世界の動きをリードしているのですから、そんな彼らを無視するのが間違いなのです。」

 「皆さんは知らないでしょうが、日本人とユダヤ人は、昔からとても深い関係があるのです。」「民族としての共通点もありますので、もっと彼らのことを知らなくてはいけません。」

 反日左翼思想と反日左翼学者への、強い否定に、私は惹かされます。日本神話の話には難渋していますが、少しずつ理解が進んでいると感じます。最近は総理以下、自民党の議員に期待を裏切られてばかりですから、明快な反グローバリストの氏に、気持ちが傾きます。

 日本人とユダヤ人が、そんなに関係が深いのかと考えていたら、本棚に眠っいてる『日本人とユダヤ人』を、思い出しました。若い頃は野次馬根性がありましたから、ベストセラーだったこの本を衝動的に買いました。だがサッパリ理解できず、関心も感動もせず、そのまま本棚の飾りにしました。日本の神話も知らなかった当時の私に、キリスト教やユダヤ教の話が分かろうはずがありません。

 ということで今回は二度目ですが、昔の記憶を喪失し、初めて読むのと同じ新鮮さでした。裏扉に、著者のイザヤ・ペンダサン氏の略歴が書いてありますが、これは架空の略歴で、本当の著者は山本書店店主の、山本七平氏だと言われています。真偽のほどは今も知りませんが、どうしてそんな面倒な細工をするのかと、嫌な気分になります。

 自分を正直一本の人間だと、夢にも思っていませんが、それでも私はこうした虚構が気に入りません。本を放置してきた背景には、そんな気持ちがあった気がします。今回は山本氏へ敬意を表する意味で、イザヤ・ペンダサン氏の、虚構の略歴を紹介します。

 「大正7年、神戸に生まれる。」「昭和16年渡米、在住。昭和20年、来日。」

 「昭和22年、離日。イスラエルへ行く。テル・アビブに在住。」

 「昭和23年、イスラエル共和国誕生( 51月4日 )。 昭和25年、来日。」

 「昭和30年、渡米、以後商用その他で度々来日。」

 次に著者とおぼしき山本氏の略歴を、別途調べましたので紹介します。

 「氏は大正10年に生まれ、平成3年に、69才で逝去。」「山本書店店主、評論家として、戦後の保守系マスメディアで活動した。」「ペンネーム イザヤ・ペンダサン」

 何ということはありません。ペンネームが「イザヤ・ペンダサン」と、ちゃんと書いてあり、『日本人とユダヤ人』が、氏のデビュー作だったことも明らかにされています。そうなると私にも、何故ユダヤ人の名前で出版したのか、なんとなく理解できます。

 「日本人の名前より、外国人の名前で本を出す方が、世間に注目され売れるから。」

 恐らくこんなところでしょうか。

 前回ブログにした司馬遼太郎と、山本氏の経歴を並べますと、面白い発見があります。司馬氏は戦争末期に召集され、戦車隊の将校となりましたが、山本氏も似たような道を歩いています。

 司馬氏より2才年長の氏は、徴兵のため学校を繰り上げ卒業し、陸軍近衛砲兵隊に入ります。甲種幹部候補生となり、少尉としてルソン島の戦闘に参加し、敗戦後マニラの捕虜収容所に入れられ、昭和22年に帰国しています。

 司馬氏はペンネームを、中国の歴史家に引っ掛けており、山本氏は本名ですが、作品の著者にユダヤ人の名前を使っています。二人とも保守系の人物と言われながら、少しばかりひねているのは、軍隊経験から来るのでしょうか。

 蛇足のついでに言いますと、『日本人とユダヤ人』は、山本氏とユダヤ人ジョン・ジョセフ・ローラー(メリーランド大学教授)と、その友人ミンシャ・ホーレンスキーとの共著だそうです。

 日本でキリスト教が普及しないのは何故なのかと、3人が帝国ホテルのロビーで話し合った内容を、山本氏が一冊の本にまとめたのだと言います。しかし私は、昔も今も、このような出版方法をする日本人が好きになれません。

 「イギリスでは、こんな考え方が常識です。」「アメリカ人は、こんな風に合理的です。」「フランス人は、日本人とここが違います。」などと、他国を引き合いに出し、日本人の思考や生活習慣を批判する文化人や批評家が、戦後の日本で、洪水のように日本蔑視の本を出しました。

 彼らは自分の名前で出版していますが、山本氏は外国人の名前を前面に出し、日本を批判しました。自信喪失していた敗戦後の日本人が、こうした比較論に飛びつき、本が売れました。若かった頃の私もそうした劣等意識の人間の一人でしたから、いっそう苦々しい思いがします。

 山本氏は、著者の名前をユダヤ人とすることで、遠慮ない日本人批評が可能となり、本も売れたのでしょうが、氏への違和感は同じです。今回は、著書の中身に言及せず、周辺の状況だけでスペースがなくなりました。次回から、本題に入ります。

 古きを尋ねて新しきを知る・・・すべては「温故知新」です。

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