ケネディ空港からNYのホテルに着いてわずか1時間後、オペラ「西部の娘」の ライブ・ビューイング収録があるというので、駆けつけた。
メトで生で体験したあと、日本に帰ってから映画館で同じ公演を今度はライブ・ビューイングで。
この感想を。
生公演はGrand Tierのセンター付近で観たので、音響は良い状態。
当然だが、音のなめらかさ、歌手の声と演奏の分離具合が非常に良かった。
ライブ・ビューイングでは、演奏の音量が実際より大きく、両方が一気に押し寄せるイメージ。
(その迫力もまたライブ・ビューイングならではの魅力なのだが。音に溺れる感覚)
一方、ライブ・ビューイングが素晴らしいのは、大きく3点。
1.生と違い、良く歌手がみえ、演技・発声がよくわかる
2.何と言っても日本語訳があるので、理解度が遥かに違い、歌にどのように様々な感情が歌い込まれ、多重に展開しているかがわかる。
(劇場では、前の手すりで英語字幕が一応流れるが、読みにくい)
そして、
3.幕間に行われる舞台裏紹介やインタビューが最高に楽しい。
今回は、S・ラドヴァノスキーが狂言回しとなって、案内する「西部の娘」の舞台裏。
会話の中で理解したのが、この演目は今年が100周年。
初演はMETでプッチーニ立ち会いのもとで、トスカニーニが指揮(ヒャ~!)
主演の2人 D・ヴォイドとM・ジョルダーニが1幕終了否や、ラドヴァノスキーにとっ捕まえられインタビュー。
狙いでやっているのは承知だが、ライブ感満載!
その後西部劇らしく、動物トレーナー(この演目は、馬がたくさん登場する)、闘振付師(及びエキストラ)などを次々紹介。
またL・ガッロ(好演! 写真中央)やD・クロフトのインタビューも当然のように。
その余り時間は、次の幕までの秒読みとともに、舞台セッティングの様子がいかにもライブで展開しているが如く。
オペラのセットの凄さ、そしてそれがいかに多くのスタッフで切り盛りされるか、に圧倒される。
作品自体についてふれると、アメリカの西部の話を、プッチーニがイタリア語で作ったオペラなので、その違和感がなんとも面白い。
幕間でも、周囲の会話を意識せずにいても、この点についての議論が盛んだったのが良く聞こえた。
ただ、あとで思った。
この演目のこの違和感があるからこそ、「オペラでしか表現できない領域」があることをはっきりと認識した。
特にラストのクライマックス。
1曲にどのように様々な感情が歌い込まれ、多重に展開しているか、を知ってしまうと、他のどの芸術でそれを表現できるのだろうかと......
| Trackback ( 0 )
|
|