~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

考えない人

2009年12月27日 00時50分51秒 | 雑感
なにかと忙しい年末、物事が進まないわりに気忙しいこのごろです。
こういうときこそ、「真空の時間」みたいなものをつとめて作りたいと思っているのですが・・・。

「真空の」というのは、私が勝手に言っていることで、一般にこういう言い方はないんじゃないかと思うのですけど、要するに何にも考えてない一瞬ということですね。
「『ボーっと』なら得意だけど」とおっしゃる方がおられるかもしれませんけど、「ボーっと」じゃないんです。見かけ上「ボーっと」というとき、実は頭の中はさまざまな物に支配されていて、ほんとはグルグル状態だったり、あるいはそこまででないにしても「あれはなんだろう?どうなっているんだろう?」となにかの疑問やある気分でいっぱいだったりすることがあります。

そういうことではなくて・・・「なにもない」状態です。
なにかをしたいという欲求もなく、なにかをやらなくちゃという焦りもなく、だからといって眠いわけでもなく・・・ええっと説明難しいですね。


もともと、ボッーっとしたり、なにもない時間を過ごしたりすることが苦手なタイプで、ヒマだとなんとなく目に触れるそのあたりの活字を読んでしまったり、なにかを考えてしまったりしてしまうのですけど、そういう時間貧乏みたいなものをどこかでリセットする瞬間が必要だと思っています。

「そりゃ専業主婦でヒマだろうから何も考えずにいられるでしょ」と思われるかもしれませんが、ヒマであればあるほどグルグルいろんなことつい考えてしまう、ということもなきにしもあらず。ということで「真空の時間」というのはちょっと意識しないとできないことだし、必要性を感じない場合には、なんら意味もないかもしれません。



なぜそんなことを考え始めたかというと、やっぱりもともとは「演奏」なんですね。
みなさんそんなものだと思うのですけど、練習にしろ本番にしろ、直前までなにか全然別のことをやっているケースが多く、ひどい時は洗濯の合間にちょっと弾くとか、裏方のついでにステージでも弾く、みたいなことがあるわけです。
で、よくレッスンのときなんかゼーゼーいったまま駆け込んで「生活臭しますねえ(笑)」とか、「日常の続き」だとか言われてしまいます。いまだにそんな感じです。
自分はそんなつもりはないのだけど、弾き始めてしばらく時間がたつと「ああ、やっぱりさっきは日常の延長だったなあ」とわかってきて、最初の一発の録音なんかをきいてみるとどこか集中に欠けるものなんですね。
じゃ、日常のことからいきなり音楽モードにするようにしたら・・・という考えもあるだろうし、実際そういう人もおられると思います。瞬時に音楽に入れるというタイプ。
残念ながら私にはこれはムリなんですね。またよく本番演奏の前に自分の録音なのかなにかの音源なのかわからないですけど、ウォークマンで聴いて集中されている方がおられますけど、これも私にはどうもできないです。一つにはイヤホンやヘッドホンが苦手というのもあるのですけど、なんとなく少しずつ音楽モードに入っていくのよりは、なにもない時間を作ってひどい時には楽譜もなにもない真っ白な状態(これはある意味かなりコワイです)にして、最初の音に入るのが私としては性に合う気がします。

言ってみればリセットということでしょうか。
気分的なものもなにもかも含めてこれをやるのはかなり難しいです。直前に腹立たしいことがあっても、次の瞬間は慈愛に満ち溢れた音楽をやらなければならないこともあるわけで、こんな瞬間芸ができるのなら、世の中から恨みは争いはなくなるのでは?(笑)とも思えるわけです。

なんだかなにかの修行みたいな話になってしまいましたけど、「なにも考えないのは得意」になりたいもんです。