アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

「カップヌードル」は、粗食…?

2020年08月23日 | Weblog
 久しぶりに「カップヌードル」を食べました。なぬ?「ずいぶん粗食だな」って?粗食なのでしょうがぁ…私にとっては、「ちょっぴり贅沢」。もっとも、塩分の摂り過ぎというか…体にいいとは思ってはおりませんがね。「あこがれ」みたいなものがありまして、年に1回は、食べたいもの。
 あと、「粗食」の解釈ですがね、例えば「麦飯」って粗食でしょうか?団塊世代は、「米が高価でしたから、水増しのために麦を入れてご飯を炊きました」。子ども心に、「貧乏くさいなあ」「麦の入ってない白いご飯を食べたいなあ」と、思ったものでした。「雑炊」しかり、「おじや」しかり…。貧乏の産物というか、「不味いもの=粗食」でした。しかし、現代はどうでしょう?少なくても私が感じていた粗食は、むしろ、「健康に良いもの」、そうなると、粗食と表現するのは、間違いですね。
 「カップヌードル」は、粗食か?と問われると、粗食中の粗食でしょう。しかし、これが、あこがれなんですよ、今もなお。
 なぜあこがれか?団塊世代は、おそらく皆さん同じだったと思いますが、発売当初のカップヌードルは、高価すぎてとても庶民の口に入るものではなかったのです。根ざすところは貧乏…これ、全ての事象に共通かも。「いつかは、カップヌードルを食べてみたい」あこがれでしたね。
 昭和47年に、あさま山荘事件が起り、「寒い中で機動隊員がカップヌードルをすするシーン」が全国に、流れました。うらやましかったですよ。
 もう、何年も前になりますが、NHKの朝ドラで、「まんぷく」というのをやっておりまして、主人公は萬平さん。モデルは、日清食品の呉百福さんでした。百福さん、「サンシー殖産」という会社名で、チキンラーメンを売り出した。この会社名じゃあ、売れませんよね。怪しいもの。「サンシー」は、「イチニイ」の次だし、「殖産」も、食品会社というより高利貸しのイメージ。そこで、会社名を「日清食品」に変更した。たちまち、売り上げがぐんぐん伸びたという。
 日清製粉の傘下に入ったのかって?そ、それがぁ、自主的に、「日清」を名乗ったみたい。それが許される時代だったのですね。
 当時は、正田美智子様が皇太子殿下と婚約されたことでした(昭和33年御成婚)。その美智子様の父親の正田英三郎氏は日清製粉の社長でした。そんなわけで、日清製粉は宮内庁御用達みたいなもの。「日清」を冠すれば、何でもうまくいくような雰囲気さえありました。萬平さんじゃなくて、呉百福さん、そこに便乗しましたね。
 社名変更と機動隊員が食べたことで、カップヌードルは、飛ぶように売れたということです。私の口に入ったのは、それから何年もあとのことでしたがね。