アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

ドン・キホーテの風車 失業してました

2013年10月31日 | Weblog
 25歳以上の失業者が50%ということはすでに書きました。失業により、親子の絆が強まることも書きました。失業も悪いことばかりじゃないってことで…。

 スペインの若年労働者層は、この現状に満足しているのか?
 もちろんそんなことはないわけで…今、優秀な若年層に、「ドイツ語ブーム」が広がっているという。
 その理由は、「ドイツ語を覚えると、仕事にありつける」「ドイツへ行けば仕事がある」と、信じられているからなのだそう。実際にドイツへ行って成功した人がいるのでしょう。EU圏では、ドイツの一人勝ちですから。さすが、日本の同盟国です。

 すでに、海外のスペイン語圏への若年層の出稼ぎは、4万人。スペイン語圏以外へも行き出すと、深刻な頭脳流出となっていく。スペイン政府も頭が痛いところ。

 マドリッドを南に下ると、「ラ・マンチャ地方」を縦断します。ラ・マンチャといえばもちろん、「ドン・キホーテ」。セルバンテスの小説の主人公。従者はサンチョ・パンサで愛馬はロシナンテ。雷波少年(らいはしょうねん)のロシナンテはロバですが、ドン・キホーテのロシナンテは、れっきとした「馬」。ただぁ、ロシナンテを直訳すると、「元駄馬(もとだば)」なのだそうで…だったら、今はなんなんだ?モト冬樹を思い出しましたよ。モト冬樹、今はなんなんだ?

 ラ・マンチャ地方の小高い丘に、風車を発見。まさしく、ドン・キホーテが突撃した風車と同じ時代のもの。風車小屋に表札が付いており、もともと一基づつ個人の所有だったことが分かります。現在は、粉挽きには使われておらず、朽ち果てるに任せている。
 ドンキホーテの風車に代わって、風力発電の三枚羽根の風車を見かけました。ラ・マンチャ地方の味わい深い風車は、とっくに失業していました。

スペインは休みが多い

2013年10月30日 | Weblog
 スペイン、ドイツ、フランスの勤労と給料の状況ですが…
 1 11か月働いて12か月分の給料をもらう
 2 11か月働いて13か月分の給料をもらう
 3 11か月働いて14か月分の給料をもらう
 どれがどこの国のことでしょうか?正解は、1がフランス、2がドイツ、3がスペイン。スペインの勤労者は、有給でたっぷり3か月休むことができるわけです。スペインの学校(小中高大)は、おおむね6月21日~9月10日までが休み。2か月と20日休むわけです。

 これだけ休みがあると、木陰でノンビリしたい。そんなわけで、マドリッド市内の樹木は、5万本という。誰が数えたかは…明らかにされていない。言えることは、確かに緑が多いということ。
 マドリッドの「目抜き通り中の目抜き通り」である「プラド通り」の街路樹は、「アーモンド」。

 スペインがアーモンドの産地というのは知りませんでした。ミハス(町のなまえ)では、露店で大鍋にアーモンドとキャラメルを入れてかき混ぜた(コーティング)菓子を作っている。その場で作っているので、出来たてを試食出来る。もちろん買える。1パック(150gぐらいか)で、300円ぐらい。
 注意しなければならないのは、「固い!」。アーモンドで歯を折った人が結構おられるという。私は、たっぷり口の中で、「ふやかして(柔らかくして)」から、おそるおそる噛みました。旅行中に歯を折っちゃ困ってしまいますから。

 マドリッドのタクシーは1万5千台。それがどうしたって?台数の問題ではなく、その1万5千台の全てが、「個人タクシー」なのです。「行ってみて初めて分かるこの事実」タクシーの車種は様々なのですが、プリウス(トヨタ)の台頭が目立ちました。

スペインの親子…仲の良さは世界一か

2013年10月29日 | Weblog
 マドリッドの印象は、住宅地へ入ると「公園が多い」ということ。滑り台などの遊具がある公園がワンブロックに2~3箇所の割合で存在する。サッカー場(フットサルのコート大)もいたる所にある。夏時間のため、夜は8時半頃まで照明無しでサッカーができるので、どのコートも大盛況。ボールはフットサルのボールを使わず、普通のサッカーボールでした。

 散歩しているうちに、サッカー場が二面とれる立派な競技場を発見。マドリッド五輪招致にあたっての施設の目玉として整備されたものでしょう。とにかく広い。この競技場の半分はサッカーの練習で使っておりました。サッカーの練習をしているチームはおよそ10チーム。残りの半分は、「(金網で仕切った)サッカー」「ローラースケート」「クリケット」「ホッケー」「卓球(本当です。屋外なのに卓球台が設置されておりました)」・・・午後7時でこの大盛況。スペインのスポーツの底辺ここにありってところでした。
 特筆すべきは、スポーツに勤しむ子ども達に保護者が付き添ってきているということ。学校の登下校もそうなのですが、放課後のスポーツクラブの送迎も保護者がする…確認はしていませんが、法令で決められていることは間違いないでしょう。

 まったく野次馬なもので、私たちも競技場へ入ろうとしました。しかし、ダメでしたぁ!野次馬は入れないように、しっかりロックされていました。何日かけてマドリッドへたどり着いたと思ってるんだ!テロリストじゃないことぐらい、顔を見りゃわかるだろうがぁ!

 家族の仲がいい!これ、スペインの一番の特徴かもしれませんね。
 放課後、学校へ保護者が迎えに行く。そして、一緒にスポーツクラブへ行く。保護者は、観客席で我が子が走りまわるのを見守る。スポーツクラブでの練習や試合やらが終わり、ああでもない、こうでもないと話ながら帰宅する・・・いいですよねぇ・・・。
 日本では…このような状況を作ることができるのは、ほんの一部のお金持ちでしょう。

 スペイン人はそんなにお金持ちなのかって?大卒初任給が10万円そこそこですから(7万円という説もあり)、お金持ちの括りには入らない。では、どうして、「親子の時間をたっぷりとる余裕があるのか?」。
 25歳以上の50%が失業者。これがスペインの現状。つまり、仕事がないから親子の時間をたっぷりとることができる…。そりゃないだろうって?いえいえ本質的な話ですよ。現地ガイドがいみじくも言っていました…。
 「スペイン人は、今日のパンがあれば楽しく暮らせるのです」
 そ、その日暮らしの国民性だった…!でも、子どもを大切にするんですよスペインは!

マドリッド 学校の始業時刻は

2013年10月28日 | Weblog
 マドリッドでは、ホテルに荷物を置いて早速散策。小学校の近くを通りかかりました。グラウンドや公園では、保護者と子ども達が楽しそうに遊んでいました。スペインではおそらくどこの街でも同じなのでしょうが、「小学生の登下校は必ず保護者が付くこと」と、決められている。保護者の範囲ですが、両親である必要がなく、祖父母、中学生以上の兄姉でもよい。

 で…!午後6時過ぎ、中学生の姉が小学6年生の弟を迎えに来ていました。そのことがどうして「!」なのか?
 日本の場合、午後6時過ぎまで小学生が学校に居るのは考えられない。これが、スペインでは普通のこと。なぜそういえるかって?午後4時過ぎまで校外学習に出て居るんですよ!(←10月25日に書きました)帰宅が午後6時過ぎになっての何の不思議もない。
 だったら、一体、何時間学校に居ることなるんだって?この質問については曖昧な答えしかできなせんが…
 現地ガイドですら、「そんな質問を受けたことがないので…午前8時半ごろ始業でしょうかぁ…(スペインの法に基づいてツアーバスに乗り込んでいたスペインの国家資格ガイド、早い話がスペインの外貨稼ぎのガイドとなにやら相談したあと)学校によって違いがあり、早いところでは8時40分、遅いところでは9時50分だそうです」

 この説明で、私はほぼ納得。この時期のスペインは(10月末日まで夏時間、日本との時差は7時間)、朝の9時でもまだ薄暗いのです。ですから、日本のように始業が8時20分前後だとしたら、暗闇の中を登校しなければならないのです。いくら保護者が付いていても、危険なんてもんじゃない。
 学校に居る時間は、「9:00~17:00」が一般的なんじゃないかな。

 現地ガイドの関係で、混乱する人がおられると思いますので整理しますと…
 ツアーバス一台に乗り組んでいる乗客と運転手以外の人は…
 1 スペイン政府のガイド(←日本語はできない)
 2 (現地のツアー会社などの)現地ガイド(←日本語ができる)
 3 (ツアーによっては)添乗員(←日本人であり、日本語ができることが多い)
 以上3名が乗り込んでいます。なお、「1、2」は、マドリッドとかバルセロナとか、つまり観光する都市で入れ替わります。ツアーに同行することはありません。

クエンカ

2013年10月27日 | Weblog
 「クエンカ」…「喰えんか?」「九円か?」日本語に似た響きですが、スペインの町の名前。マドリッドの東、317キロメートルの所にある。
 世界遺産になっている町で、宙吊りの家が有名。宙吊りというからには、空中にぶらさがっている家を連想しますよね。しかし、残念ながら本物は宙吊りではなく、断崖絶壁に建てられた家でした。「宙吊り」と、翻訳した人ってとんでもないホラ吹き!「崖の上の家」と「宙吊りの家」では、全然違うでしょうがぁっ!

 宙吊りの家は期待しないほうがいいですが、大きな崖の上にできた街並、大聖堂、美術館等の文化的遺産は楽しめます。我々日本人がどうしようもないもの、それは歴史です。それが、クエンカに普通にある。そのむかしは、崖の上に築かれたイスラムの難攻不落の砦だった。15~16世紀、繊維産業により町の人口は爆発的に増加、崖の上の限られた土地にはもはや余裕はなく、建物は上に伸びるしかなかった。と、いっても4~6階建てですがね。世界遺産、崖の上の中世建築群はこうして誕生した。

 クエンカでも、校外学習の小学生に会いました。口々に、「オラ、オラ!」と挨拶してくれる。子ども達の挨拶が素晴らしいのがスペイン。ところが…奴らの中の数人が、両手で目尻をつり上げるしぐさ!つまり、「あんたら日本人だろ!キツネ目だろ!やーい!キツネ目!」と、いうわけ。私も家内も、キツネ目ではない。むしろ、ドングリまなこ。それでも、彼らにはキツネ目に見えるらしい。これって、「人種差別」ですよ。小学生がこのような実態ですから、大人でも、「日本人=キツネ目」なんでしょうねえ…。

 クエンカは、「日本人が最も行きたいスペインの町」のナンバーワンに君臨する。それについては文句はないが、行けば拍子抜けするかもね。キツネ目はともかく、お目当ての旧市街は、崖の上なので広くないから散策がすぐに終わってしまう。あっけない。バルのテラスでのんびりする分には、凄くいい感じですがね。
 
 ここで、バルの料金についてのクイズでーす。
 Q:バルで飲食するにあたって、「カウンター席」「屋内テーブル席」「屋外テーブル席(テラス)」の3カ所のうち、最も料金が高いのはどこでしょう?
 正解は、「屋外テーブル席」。その理由は…
 1 日光を浴びることができるから。日本人にとって、「日光」はガンの元であり、あらゆる病気にスイッチを入れる仇のような存在。スペインの場合は(ドイツ人も特にその傾向が強いのですが)、日光を浴びるのが大好きということらしい。ところが、テラス席だとウエイターが歩く距離が長くなる。よって料金を上げている。(カウンター席だと飲み物や食べ物を用意するオヤジのほかに、テラスまで持っていくウエイターをやとわなければならない)
 2 テラス席は公共の道路を使用しているので、「道路使用料」を市町村に支払わなければならない。その分を料金に上乗せしている。

 私の場合は、顔に日焼け止めをしっかり塗り、半袖の両腕にはアームカバーをつけて屋外でのビール&ワインを楽しませていただきましたがね。小皿料理はとらなかったのかって?もちろん、いろいろいただきましたが、いかんせんしょっぱい!よって、「果物をカットして大きなカップに詰め込んだもの」を肴にしました。おかしな東洋人と思われただろうって?イベリコ豚のハムも食べましたから、それはないと思いますよ。

スペイン人長寿の秘訣は

2013年10月26日 | Weblog
 スペインの素晴らしさは…
 1 街がきれい・・・この意味は、紀元前~中世の建造物の美しさではなく、「ゴミが落ちていない」という意味の、「きれい」。これは意外でした。二度も経済破綻した国ですよ!エジプト並みのゴミの街があっても不思議がない。それなのに、ゴミが落ちていない。その理由はすぐに分かりました。清掃係が、常時パトロールして片っ端からゴミを拾う。ゴミ箱も、軽自動車大のものが街のそこここに並ぶ。ゴミが落ちていないはずです。
 
 2 高速道路網が完璧・・・都市部は、時間帯により渋滞も発生しますがね。二度も経済破綻したのに、どこに道路整備のお金があったのでしょうか?

 3 オリーブ畑が!素晴らしいなんて生やさしいものではない・・・見渡すかぎりという言葉があるが…先の先のその先の山のてっぺんまでずーっとオリーブ畑!しかも、一本一本のオリーブの木の根元が耕耘機で10cmほど耕されている。つまり、雑草が生えていない。オリーブオイルの生産が世界の過半数という面目躍如。

 スペインの良くないところは…
 1 トイレ、特に女子トイレが異常に少ない・・・観光バスが止まる度、女子トイレには長蛇の列ができる。男子トイレにある個室へも女性が侵入してくる。私など、のーんびり用を足したいのに、ガンガンとドアをノックされる。それが、男ではなく女なのですから…!「入ってるよ」の合図のノックはできません。なぜかって?便座からドアまで、2mもあるので…。手が届かない…。
 2 料理がしょっぱい!・・・どれもこれもしょっぱい。なぜこれほどしょっぱいか?私が考えた理由は…
 歴史が古い。食糧の保存は、「乾燥」か「塩漬け」。その流れで、現代でもしょっぱいのが普通になっている。

 そんなに塩分を摂取しているのならスペイン人は短命だろう!いや、きっと短命だ!
 スペイン人男子の平均寿命→79歳(世界第14位)
 スペイン人女子の平均寿命→85歳(世界第4位)
 男女合わせると、平均寿命→82歳(世界第6位)、なんと長寿国でしたぁ!これにはたまげた!そこでまた、私が考えたスペイン人長寿の理由は…
 オリーブオイルと、バルサミコ酢のなせる技ではないか?!食事の度に、信じられない程多量の、オリーブオイルとバルサミコ酢を摂取するのですから。

スペインでは学校を飛び出す学習が盛ん

2013年10月25日 | Weblog
 バルセロナでは、「バルのハシゴをするように!一軒で長居をするな、ハシゴをしろ」。これ、ヨーロッパ滞在歴11年のジャンボ氏からのアドヴァイス。私は、バルの人気者になるべく、バルで使えそうな「スペイン語会話カンペ」を作成して乗り込みました。 
 さて、バルセロナ到着が、18:30。バルへ行く時間としては申し分ない。空港から、バスでホテルヘ…あれ?あれれ?バルセロナを抜け、タラーサという田舎町へ…その田舎の大草原の真ん中にホテルはありました!「バ、バルはどこじゃ!」
 ホテル内にバルが一軒。ホテルを出ると大草原で…バルゥ…あろうはずもない。仕方ないので、ホテルのバルで一杯。ハシゴ?ほかに客がいなかったので、座席のハシゴは、やりたい放題でしたよ。
 翌朝は、8:15ホテル発。バルは…。

 バルセロナには「サグラダファミリア」のほか、「カタルーニャ音楽堂」という世界遺産がある。この音楽堂、名前の通りコンサートなども行われるが、外観及び内部が豪華絢爛であることで世界遺産に。設計したのは、ガウディではなく、「リュイス・ドメネク・イ・ムンタネー」長すぎるって?通称、「ドメネク」。20世紀の初めに建設された。

 で、スペインの学校教育なのですが…薮から棒になんなんだって?カタルーニャ音楽堂へ校外学習に数校が来ていたのです。サグラダファミリアにも、沢山の小中高校生が来ていました。スペインでは、校外教育を異常なほど重視している!
 
 バルセロナをあとにして、「タラゴナ」という田舎町へ行きました。ここには、これまたありがたい世界遺産の、「ラファレラス水道橋」がありまして。何と、アウグストゥス帝時代(紀元前27年~紀元14年ごろ)に建造されたものだという。
 二層のアーチ構造。今は水を流していないが、水路、つまり水を流していた…幅およそ1m、深さおよそ1m、全長249mは、観光客が歩くことができる。もちろん私も歩きました。それが目的でわざわざ、タラゴナまで行ったのですから。

 そして、ラファレラス水道橋でも校外学習の小学生達が!不思議ではないのですが、その時の時間が午後4時を回っていました。どう見ても、校外学習の小学生が帰宅するのは、午後5時過ぎ…。

 これだけ校外学習をするからには、国際学力テストでは、高い順位にいるのでしょう…。
 読解力・・・33位
 数学的リテラシー・・・34位
 科学的リテラシー・・・36位
 あ、あれあれ?ごくごく平凡な順位…。校外学習と学力は相関がないらしい。

サグラダファミリア

2013年10月24日 | Weblog
 スペイン、ポルトガルから、なんとか生還しました。危なかったのかって?ジプシーに、「カネをくれ!」と、つきまとわれたぐらいで、身の危険は皆無でした。ただ、毎日、昼食・夕食でワイン、ビールをガバガバと飲むので、大腸が悲鳴をあげて…。前半は絶好調でしたが、さすがに9日目から腹が張る(膨満感)ようになり、正露丸様のお力に頼りました。スペイン、ポルトガルというトイレ稀薄地帯にありながら、最悪の事態を回避できたのは日頃の鍛錬の賜でしょうか?腸の鍛錬をしているのかって?ヨーグルトを毎日200g摂取している…これ、腸の鍛錬。

 見てきましたよ、「サグラダファミリア」。バルセロナオリンピックの主会場だった、モンジュイックの丘からバルセロナ市街地を展望しましたが、街の中央付近に写真等で見慣れた、「サグラダファミリア」がありました。
 「サグラダファミリア」は、「桜田さん御一家」かと思いきや、「サグラダ」は、「聖」。「ファミリア」は、「家族」。つまり、「聖家族教会」ということなのだそう。

 1882年3月19日に着工。当初300年かけて完成させる計画だったのですが、途中で大幅に早まり、あと10年ほどで完成の予定。その通り完成できたとして140年がかり。しかし、BUT!現地ガイド氏の説明では、「完成は、どんどん引き延ばされるでしょう」とのこと。理由ですか?よく聞き取れなかったのですが、「予算面で、完成してしまうと支障をきたす…」まあ、現状で暮らしている人が困らないためには、現状を維持するのがいいということでしょうか。観光客は多い年で、300万人。
 私は、「サグラダファミリア入場の前売り券」を、買っていたので入場できました。しかし、当日券を求める人は長蛇の列。並んでも入場できない人が多数出るのだそうで…!前売りを買っておけばいいのに。大きなお世話かな。ちなみに、「9:30A.M.」現在で、当日入場券の販売は、「14:30入場分」でした。

 「サグラダファミリア」の感想は…、スペインナンバーワンの観光地を見たので「よかった」ということでしょうか。ミーハーで申し訳ないが、皆さんが「感動した」と、いうものには一応、「感動した」ってことに…。早い話が、それほどのものではない。
 中へ入りましたが、意外に狭い。スペイン国内のカテドラルには、サグラダファミリアよりさらに大きいものが少なくない。
 あとぉー、「建設中」であり、確かに、クレーンやらゴンドラ(コンクリート搬送用か?)が稼働しておりました。だけど…観光客用に動かして見せているようにしか思えないんですよ。「人の臭いがしない」のです。杞憂であればいいのですが。
 まあ、そんなわけで「サグラダファミリア」の評価は…5段階評価で、「4」というところですね。「4」なら悪くないだろうって?評価がやや高い要素は、1882年から造りはじめて現在なお未完成というインパクトの強さですね!そういう発想すら湧きませんよ常人には。

大航海時代を偲びに行ってきます

2013年10月12日 | Weblog
 ノーベル賞の発表たけなわですが…マララさん残念でした。過去のノーベル平和賞受賞者に「フリチョフ・ナンセン」がおります。いつの話かって?チョット前の話です。1922年なんですがね。功績は、戦争難民の帰国および飢餓難民救済活動。杉原千畝(すぎはらちうね)さんのようなことをしたのかって?まあ、そのようなことですがね。杉原さんは、6千人を救ったといわれておりますが、ナンセンさんの場合は、45万人を救いました。とんでもない人物です。

 そのナンセンさん、政治家になる前は、探検家で…そちらの方が有名かな?どこを探検したかといいますと、「北極」。
 北極点遠征(1893年)では、特別に設計され船に8年分の燃料と6年分の食糧を積み、12人の乗組員とともに出港。12人の6年分の食料というのが…!北極点には到達できないうちに食料がなくなり、「セイウチやホッキョクグマ」を食べた。6年分の食糧を3年で食い尽くした計算。大食漢が乗り組んでいたらしい。

 今日は、ノーベル賞の話なのか北極の話なのかどっちなんだって?ホ、北極の方なんですけどね。
ナンセンさんの頃の北極海は、航行不能でした。航行を可能にしたのは地球温暖化による海氷の減少。いいのか悪いのか。で、日露両政府が北極海航路での商船の本格運航に向けて調整を進めているという。今の南回り航路よりも距離で約4割、時間で約2週間短縮できる。海賊などの危険を避け、地域紛争などに際して代替ルートとしても利用できる。2017年には実現しそうだというから、4年後ですよ。

 その昔、北極海の奥には凍っていない海が広がっていると思われていました。噴飯ものですが、「夏の間、太陽が沈まないので極地には陽があたり気温が高い」という話が信じられていた。気温が高いから海が凍らない。
 この説についてナンセンさんは、「そんな幻想も人々の海洋や極地への関心を高めるうえで役立った(フラム号北極海横断記)」と。プラス思考の元祖?

 さて、北極海航路ができあがると、中継基地としての北海道の港、日本海のシーレーン化など、日本も変わりますよ。

 大航海時代の見果てぬ夢、「北極海航路」。黄金の国ジバングの復活なるか!黄金までは行かないってかぁ?
 
 で、大航海時代の15世紀は、ポルトガルとスペインが海洋の覇権を握り、欧州以外の世界を分割する協定を結んだ時代です。
 野次馬最前線としましては、北極海航路開通記念としまして、ポルトガルとスペインを視察することにしました。えっ?北極海とリベリア半島は関係ないって?う、海で繋がっている…。
 本日これから行ってきます。ブログ再開は、早ければ今月の23日かと。生きて還ってきたらの話ですがね。

狐につままれた?化かされた?

2013年10月11日 | Weblog
 夜中にトイレヘ行きました。トイレは我が家の道路側にあります。
 そのとき、かぼそい声が・・・
 「たーすけてっ…だぁーれかぁ…」
スーッと血の気が引き、脈が速くなるのを感じました。女性が路上でトラブルに巻きこまれている。夜間頻尿のオヤジとしては、何をすべきか?!
 まず、警察に事情を聴かれたときのことを想定し、トイレの時計を見ました。午前3時でした。そのあと、トイレの電気を消さずに出て、ソーッと寝室の鏡台の陰から木刀を取り出しました。なぜ電気を消さなかったかというと、消してしまうと犯人が「トイレに人がいたな。悲鳴を聞かれたかも知れない。この家のやつらの口も封じておかなければ」などと考えて、玄関のドアを叩き出すのではないかと考えたからです。怖いですよ。
 
 パジャマ姿というのが情けないが、木刀を持って玄関ドアに耳をくっつけて外の物音に聞き耳を立てておりました。
 10分経過…物音一切無し。車が走り去った気配無し。自転車の気配無し。徒歩あるいは疾走の気配無し…。
 20分経過…全く気配無し…。

 そーっと玄関を開けて外を見ました。夜景があるだけ…。胸の鼓動は治まっておりませんでしたが、とりあえず布団に潜り込みました。目が冴えて眠られたものじゃなかったですがね。
 午前4時30分。朝刊が配達されました。と、いうことは、路上に女性が倒れているようなことはないらしい。
 午前6時。自分で路上を点検。異常なし…。

 何だったんだろう?音もなく歩く女性が何者かに襲われた。女性は…
 「たーすけてっ…だぁーれかぁ…」
と、言ったあと音もなく消えた。襲撃した何者かも音もなく消えた。

 幻聴だろうって?それはないです。
 で、結論ですが…「狐だったのではないか?」。狐は、ほぼ毎日我が家周辺を散歩していますから。狐が、人間の言葉を話すかって?狐にはそのつもりはないのでしょうが、声が似ているんです。
 このところ、女性が犠牲になる事件が続いているものですから狐の声が、
 「たーすけてっ…だぁーれかぁ…」
と、聞こえてしまったのでしょう。

 ボランティアの職場でこの話をしたところ…
 「狐は人間に化けますからね!」
 そ、そーゆー話じゃないのに…。